43、祈りの塔にある石碑
驚くことに祈りの塔は二階建てくらいの大きさで、円柱状の建物だった。
「塔っていうから、高い建物かと思ってたよ」
「ああ、一応高さはあるぞ。地下に向かってだが」
「地下!?」
祈りの塔には専門の管理者がいて、神王様を祀る神官のような立ち位置の人が各地にある塔を守っているそうだ。多くの塔は世襲制だけど、ここの管理者は外から希望して塔に入ったらしい。
「祈りの塔の管理者になるのは難しいが、簡単になれる」
「どういうこと?」
「塔に入れば分かるんだ。神王の恩寵『祈り』がもらえるからな。本人の管理者になりたいという、強い思いの答えが恩寵となる」
「それは子供に受け継がれるの?」
「多くはそうだ。だが受け継ぐ子供が心から管理者になりたいという気持ちにならないとダメだ」
「簡単だけど、難しいのね……」
塔に入る人間は私とキラ君くらいで、他の人たちは外にある石像の前でお祈りしている。賽銭とかどこに入れるのかなって見てたけど、そういうのはないみたい。
「あの石像は何?」
「神王様らしい」
ギリシャ彫刻のような筋肉ムキムキな体に、布を巻いただけのイケメンの石像だ。あの時に聞こえた声からは想像できない外見だなと考えていると、キラ君が眉間にギュッとしわを寄せる。
「おい、アレは想像のものだ。実際は誰も見たことがない」
「そうなんだ。でも男だっていうのは分かっているのね」
「後で石碑を見れば分かることだが、本来『四季姫』とは『神王様の嫁』として神に捧げられたことが始まりなのだ。その時に神王は、四人の姫の中から一人を嫁として選んだらしい」
「え? そうなの?」
なんかそれって……と、モヤモヤ考えたところで祈りの塔の神官さんが来て一礼した。灰色の貫頭衣に同色の袴のようなものを身につけている、金髪の優しげなイケメンお兄さんだ。本当にこの世界の人って顔が整っている人が多いよね。いや、普通の人もいるけどさ。
ぺこりとお辞儀を返すと、にこっと微笑んでくれた。イケメンお兄さんの笑顔は目の保養です。
なぜか少し苛ついているキラ君と塔の中に入ると、少し冷んやりとした空気が流れる。どこかで感じた空気だと思ったら、春の塔にある儀式練習室と同じだと気づく。これも神王様の創った特徴なのかな?
何もない部屋に通され、神官さんが奥にある扉を開けると地下に続く階段が現れた。
「結構明るいね」
「薄暗かったら危ないだろう」
「あ、うん、いやそうなんだけどさ」
なんとなく薄暗いのを想像してたから、予想外だったんだよね。なんとなくだから上手く言えないんだけど。
神官さんが口を開く。
「石碑をご覧になりたいとか」
「案内を頼めるか」
「もちろんでございます。春の騎士様」
うやうやしく一礼した神官さん。するとキラ君が眉間のシワを深めていく。そんなにシワ寄せてると、戻らなくなっちゃうよー?
「……兄上、そういうのはやめてもらえるか」
「いやいや我らがブライトナー家の悲願である、四季姫様の騎士となった弟に敬意を表しただけだよ。もっとも二人とも家名を捧げてしまったがね」
「え!? キラ君のお兄さん!?」
思わず声をあげた私は、慌てて自分の口をふさぐ。
前髪を下ろしているとはいえ、一般人に扮している私がキラ君に同等の言葉を使ってたらおかしい。ちなみにアサギは専用リュック(セバスさんが用意してくれていた)の中でスヤスヤ寝ている。
「この子は……ふふ、キアランもずいぶんと趣味が変わったものだね」
「黙れ。このお方に妙なことを吹き込むな」
「分かっているよ。ふふふ」
クスクス笑いながら、キラ君のお兄さんは階段を先に降りていく。私も降りようとすると、キラ君が目の前に立った。
「手を取ろうか」
「え? 大丈夫だよ? 私の恩寵は『身体能力強化』だから、一日中歩いてても疲れないよ」
「そ、そう、か……では、先に降りろ」
ぎこちない動きで先に降りるよう促すキラ君。ありがたく先に階段を降りていくと、前を行く神官のお兄さんが盛大に吹き出した。
塔の前で祈りを捧げている人達の理由が分かった。
「長いね、この階段」
「そうなのです。敬虔な方は神王様の石碑に祈りを捧げるため、皆さん必死になって階段をおりていくのですが、さすがにこの段数は辛いものがありますからね」
「だから塔の入り口に石像がある」
「なるほどー」
螺旋状になっている階段をくるくる回るようにして降りて行く。これ、本当に恩寵あって良かったやつだよ。階段酔いってあるのか分からないけど、前の私だったら目が回ると思う。
キラ君も神官のお兄さん平然としているけど、やっぱり鍛え方が違うんだろうな。
階段を降り続けて一時間くらいだろうか。階段の終わりが見えてきて床に描かれた魔法陣が見える。
「四季の塔の関係者なら起動する魔法陣ですが、今日は我が弟の頼みとして神官の私が起動しましょう」
お手をどうぞと差し出されるお兄さんの手を取ろうとしたら、キラ君に横から掴まれた。
「娘、私の手でも問題はない」
「ふふふ、嫉妬する男は嫌われるよ」
「やかましい」
ぷりぷりするキラ君がなんだか可愛い。お兄さんの手を取るのって、キラ君にとっては嫌なことだったのかな? 若い男性ってデリケートなのね。
そこで私は何か天啓を得たような、ピカーンと思いついたことをそのまま口に出してしまう。
「キラ君、お兄ちゃんを取られるような気がしたんだね!?」
「そんなわけがあるか!!」
顔を真っ赤にして怒られた。解せぬ。
最初に闇があった。
闇から光が生まれて、闇は光を愛した。
光も闇を愛したけれど、それ以上に闇は光を愛していた。
愛しすぎて光を閉じ込めようとする闇は気づく。
このままだと愛する光を失ってしまう、と。
闇は光と離れて過ごすようになった。
寂しいと泣く光は歌を歌った。
光の歌は風を生んだ。
光の落とした涙は水を生んだ。
泣き疲れて眠る光を包むために、風と水は大地を生んだ。
ある時、闇は光の様子を見に行く。
光は風と歌い、水と踊り、大地に眠る。
幸せそうに眠る光に闇は安心する。
風は気持ちよく、大地を見るとそこには水が流れている。
光から生まれたものは全てが愛おしい。
闇は水面を覗き込む。
覗いた闇が見たものは、水に映った己の闇であった。
突如生まれた全てを無にする火。それは闇を燃やし尽くそうとした。
生まれたばかりの火だったが、闇の狂おしいほどの愛を知っていた。
火は助けを求め、その叫びに風と水と大地は応えた。
水は火を宥め、風は歌で闇を眠らせ、大地は眠る闇を包み込んだ。
目覚めた光の見たものは、闇のいない世界だった。
闇を愛する光は悲しみ、一人の子を生むと眠りに落ちていった。
光の子は悲しむ者たちに役割を与えた。
そして眠る光と闇を見守るとともに、世界に始まりと終わりの理を定めた。
移り変わる世界、そこに『四季』が生まれた。
『四季』は己の全てを捧げる。世界のために。光の子のために。
お読みいただき、ありがとうございます。
ちょっと長くなってしまいました。