42、煌めく騎士の恩寵
キラキラ騎士キアランこと、キラ君が塔に来て一週間がたった。
その間、セバスさんとサラさんが揃えてくれた楽譜を読みながらこの世界の音楽を勉強したり、絵の具を使って風景画を描いたりした。
運動や筋トレも欠かせない。姫だからって守られてるだけじゃなく、自分でも動けるようにならないとだからね。あの時、魔獣の群れに迷いなく立ち向かったレオさんとジャスターさんは本当に格好良かった……。
もちろん、あんな風にはなれないけど、少しでも彼らと一緒にいても恥ずかしくない『姫』になりたいって思ったんだ。なんていうか、もっと強くなりたいって思ったんだよね。
「楽譜を読むのに問題はないのか?」
「うん、大丈夫。恩寵の『言語能力強化』って楽譜にも発揮するみたいだから」
「……そうか。言葉が通じるだけでなく、記号などの意味も読み解くか」
今日の護衛はキラ君だ。塔の中は安全といわれているけど、いつも必ず一人は騎士が付いている。姫と騎士とは、そういうものらしい。
楽譜を読む私の横で、キラ君は眉間にシワを寄せている。
「筆頭も知っているのだろうな」
「うん。なんか暗号とかも読めちゃったから、絶対誰にも言うなって」
「……はぁ、まったくもって娘には驚かされる。私を回復させたときもそうだが、規格外にもほどがあるだろう」
「でしょう?」
「褒めてはいないぞ」
ドヤ顔した私に、キラ君はうんざりした顔でため息を吐く。
うん。こうやってやり取りしていると、やっぱり似てるなぁ……向こうの世界で唯一やり取りのあった弟に。あの子も何かというと私につっかかってきてたけど、なんだかんだ「ちゃんと食べているのか」とか「金は足りているのか」とか言ってくれてた。ツンツンしてたけどね。
「そうだ。キラ君、ちょっとお願いがあるんだけど」
「なんだ?」
「姫学校の授業って、見学できないもの?」
「……なぜだ?」
「だって姫学校は四季姫に選ばれるようにいくところでしょ? 私もちゃんとした『姫』になりたいから、ちょっとでも学びたいんだ」
キラ君の眉間のシワが深くなっていく。あれ? 騎士学校は見学できたのに、姫学校はだめなの?
「姫学校は……あまり『姫』とは関係ないものだ。見学したところで、娘の求める知識は得られぬだろう」
そうなんだ、残念。ちょっと見てみたかったんだけどな。
そういえば四季姫は「清らか」じゃないとダメなはずなのに、レオさんを女生徒さんたちが囲んでいたっけ。花嫁修行とかする学校なのかもしれない。
うんうん考える私を可哀想に思ったのか、キラ君が提案してくれる。
「それならば、神王様を祀る祈りの塔へ行くのはどうだ? そこには『姫』と『騎士』について書かれた石碑があるのだ」
「神王関連の本には載ってないの?」
「神王様の創られたものは複製や複写ができないから、その場所に直接行くしかない。ここからだと町の外れにあるぞ」
え? そうなの? 前に町を探索したとき、それらしいのは見かけなかったけど……。
「行ってみるか? 筆頭が許せばだが」
「うーん、そうだね。せっかくだから行ってみるよ」
キラ君と二人で初めてのデートだね!と言ったら、ものすごく怒られた。キラ君に。
まったくもって、長い反抗期で困ったもんだ。やれやれ。
「あれ? 剣持ってるんだね」
「接近戦で弓は使えないからな。今は恩寵の『命中』が使えるし、剣でも人並み以上に戦える。前のように遅れを取ることはないぞ」
「なんで剣を使って『命中』使うと人並み以上なの?」
「例えば恩寵の『命中』を使い、剣を持ち狙いを定めて攻撃する。それは、その攻撃が確実なものになるということだ」
「え……『命中』って、狙ったもの全てに適用されるってこと?」
「武器に関係なく使える。普通は遠距離攻撃に使うものだと筆頭も驚いていた」
いつものように、動きやすい普段着のワンピースを着ている私は、青い騎士服を着たキラ君と一緒に馬車に揺られている。祈りの塔まで辻馬車が出ているらしいけど、さすがにそれはレオさんが許してくれなかった。
そんなレオさんはジャスターさんと塔の雑務をしていて、セバスさんとサラさんは塔で働く人材の確保に忙しい。モーリスさんは厨房を一人で切り盛りしているし、必然的に私と新人騎士キラ君はあぶれてしまうのだ。
祈りの塔へ出かけると言ったら心配されたけど、どうやらキラ君一人の護衛でも大丈夫だと思われるくらい、この一週間で認められたらしい。頑張ったんだねキラ君……お姉ちゃん嬉しいよ……。
「なんだその目は」
「なんでもないよ。キラ君は偉いなって思って」
「……訳がわからん」
そう言いながらそっぽ向いたキラ君だけど、耳が赤いから照れてるんだと思う。こういうところも弟そっくりで可愛らしい。キラ君もレオさんくらいに高身長だから、あまり可愛いという感じじゃないけどね。
「そうだ。もう一つの恩寵『支援』ってどういうもの?」
「これは……説明しづらい。対象の動きを『支援』するものだ」
「動きを?」
「例えば、そこの動物がその場で飛び上がるとする」
私の膝の上で寝ていたアサギが、ピクリと耳を揺らして顔をあげた。なぁに?と首を傾げる仕草が可愛くて、つい音速でモフってしまう。
「娘が今、凄まじい速さで撫でさするその動物が飛び上がろうとするその力を『支援』すれば、動物はより高く飛び上がることができる」
「へぇ、キラ君すごいね!」
「そうか? 私はそうは思わんが……」
「キラ君らしい、優しい恩寵だと思うよ。だって『支援』って、自分以外の人を支えて応援するってことでしょ?」
「……娘は、変わっているな」
「そう?」
「武力の劣る騎士を求める姫なぞ、聞いたことがない」
「そう? 塔を管理して運営していくのなら、武力だけの騎士よりも色々できる騎士の方がお得だと思うけど……それにレオさんとジャスターさんは、傭兵として経験豊富だし。色々と。だから騎士になってほしいってお願いしたし」
「色々……」
「どうしたの?」
そこは期待に添えられないと顔を真っ赤にして呟いたキラ君に、私は首を傾げるのだった。
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