119、黒髪の青年
「本をたくさん売りたい、ですか?」
「そうです。本がたくさん売れれば、以前ジャスターさんが開発した印刷技術も広まると思うんです」
「嬉しいかぎりですが、我が姫君は、どのような本を売ろうとしているのです?」
「漫画です!」
今の私に何が出来るか。
それはサラさんを始め、他の四季姫たちからも喜ばれていた、私の特技「漫画を描くこと」だ。
この世界ではトーン処理とかできないけれど、意外とペンだけで漫画っぽいものが描ける。アナログ時代に一生懸命に練習した「点描」とか「効果線」とかが役立っているよ。やっておくもんだよアナログ。
ちょっと恥ずかしいけど、今までに描きあげた原稿をジャスターさんに渡す。
「ふむ。姫君が新聞で描かれている文字付き絵ですね。まんが……ですか?」
「前の世界で、娯楽として読んでいる人がたくさんいたんです。文字だけより絵が入っているほうが、子どもでも楽しめる……。だから広めたいんです」
「広めることで本が売れ、似たようなことをする人々が現れるでしょう。しかし、それだと印刷が追いつかなくなるのでは……ああ、なるほど」
そう言いながらも、たぶんジャスターさんは私の考えていたことを察していたのだろう。先を促すようにこちらを見る目は楽しげに細められている。
「そうです。印刷するための紙がインクが必要になります。でも紙とインクの材料は、森深く魔獣たちが出没するところに多くあります」
「この世界で神王様に近い存在とされる『四季姫』の本であれば、確実に国を巻き込めますね。紙とインクを得るために国は魔獣討伐を推奨するようになり、国に所属する騎士隊が動かざるを得なくなる……と」
そんなうまくいくわけがない……とは思っていたけれど、この世界での『四季姫』という存在は、すべての行動にバフがかかるらしい。
驚くことに、春の塔近辺の数カ国が私の本を出す企画に乗ってきたのだ。
ちなみに、大図書館から疲れ果てて帰っていたキラ君を、いいように使ってしまったのは申し訳なかったと思っている。
元とはいえ、王家に近い貴族だったキラ君の人脈はすごかったのだ。
本人は「この身を捧げて役立てるなら、いくらでも」とか格好いいこと言ってたけど、その日は長い時間ジークリンドさんが訓練場で稽古つけていた。おじいちゃんだけどジークリンドさんめちゃくちゃ強いからね。がんばれ若者よ。
魔獣討伐の旅に出ているレオさんからは、時々手紙がきている。
当初「ちゃちゃっと」魔獣の群れを倒したレオさんたちだけど、他の町や村からも続々と救援要請がきたため、そのまま継続で旅を続けることになった。
他の姫たちも、自分の騎士たちを派遣しているらしい。やっぱり儀式って大事なのかも。
「うーん、国の騎士たちも出ているみたいだけど、間に合っていないみたいだねぇ」
「レオさん、大丈夫かな……」
「心配かい?」
「そりゃあ、心配ですよ」
ぷくっと頬をふくらませてアピールすれば、よしよしと頭を撫でてくれるジークリンドさん。おじいちゃんって感じで、セバスさんとはまた違った甘え方をしてしまう。
いい歳してって思われるかもしれないけど、今まで甘えられる人がいなかったから、反動がすごいのかもしれない。ちょっと反省。
「今日の連絡はきたのかな?」
「まだです。でも一日一回は必ず魔法陣で手紙が送られてくるので、無事なのはわかっているんですけど……」
「うん、まぁ、だからって心配しないわけじゃないからねぇ。うちの筆頭は愛されているねぇ」
「他の騎士でも同じ、ですよ?」
「そうかい?」
意味深な笑みを浮かべるジークリンドさんに、私は再び頬をふくらませながら作業に戻る。
応接室のテーブルが気に入っている私は、何やら分厚い本を読んでいるジークリンドさんと雑談をしながら漫画を描いていた。
元の世界で流行っていたほど、クオリティの高い漫画ではないけれど、この世界で受け入れられるようなスタイルのものが描けていると思う。
今、描いているのは少年と青年が主人公の話だ。
なんとなく少年が神王に似ているけれど、青年はどこかで見たような感じだ。
「うーん、自分で描いたものなのに、誰をモデルにしているのかが分からない」
「どれどれー? ふむふむ、なんだか春姫たんに似ているね」
「え? そうですか?」
「ほら、この目元とか、鼻とか」
「そう……かな?」
描いている黒髪の青年は、どことなく日本人っぽい。
何かが足りないなぁと考えていたら、ふと思いついて目元にホクロを入れてみる。
「あれ? これって……」
瞬間、塔が光った。
室内にいても分かるくらい、壁や床、とにかく全部が光ったのだ。
「姫様! 大変です!」
「サラさん、いったい何が……」
立ち上がった私は口を開けたままになる。
応接室に入ってくるサラさんの後ろに、すらりと背の高い黒髪の男性が見えたからだ。彼の身につけている、グレーのスーツに白いシャツとネクタイ、黒い革靴も「元の世界」では見慣れたもの。
なぜ、彼がここにいるのか。
「久しぶり」
「晴彦……?」
呆然としつつなんとか名前を呼ぶ。
ふわりと微笑む晴彦だけど、すぐにくしゃりと顔を歪ませる。
「よかった。無事で」
震える手を伸ばして、私をそっと抱き寄せる。
「会いたかった。ハナ、一緒に帰ろう」
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