118、世界が安定する裏で
「お姫様は、団長……じゃない、筆頭のことを嫌ってんのかい?」
「え? いえ、嫌ってないですよ」
先ほどの騒ぎで、ピンクの仔ウサギを預かったままなのを思い出した私は、アークさんのいるウサギ小屋へ来ていた。
ピンクのぽわぽわな毛が飛び交うウサギ小屋で、元傭兵のアークさんはムキムキの体を所々ピンクに染めながらウサギの世話をしてくれている。
ウサギを抱き上げ、ブラッシングする手つきも繊細で丁寧だ。
「そうか。なら、筆頭がお姫様を嫁にするってこともあるんだな」
「いやそれは、どうかなーって感じで、あはは」
どこか真剣な目で私を見るアークさんに、気づかないフリをする。
だって、レオさんとはそういう感じじゃないし。
確かに側にいれば安心するし、なんか強いし、絶妙な筋肉バランスだし、いい匂いするし……って何を考えているのだ。おちつけ私。
「お姫様、手伝ってくれるのはありがたいが、毛はこの箱に入れてくれないと」
「え?」
いつの間にいたのか、膝に乗っていた親ウサギをモフモフしすぎて、毛が周囲に飛び散っている。
こんなに簡単に取れていいのか。チョロすぎるぞウサギの毛。
「相手を選んでるなら、筆頭も入れてやってくれよ」
「はぁ……」
「俺は他の仕事をするが、お姫様はゆっくりしていきな」
「はぁ……」
ぼんやりと返事をすると、アークさんは苦笑して頭をぽんぽんとして去って行った。
この世界で誰かと恋愛したり、ましてや結婚するとか考えることはなかった。
そもそも、前提として嫁にいけるような年齢じゃないっていうのがあるけど。
「レオさん、結局『理』のこと教えてくれなかったなぁ」
ぼんやりウサギをモフモフしていると、頭に小鳥が数羽のってきた。
やることはたくさんある。でも、もやもやした気持ちのままじゃ動けない。
「こういう時は、アレが一番だ!」
ふんぬっと立ち上がると、近くにある魔法陣を使って自分の部屋へ飛ぶ。
「こういう時は創作するに限る!」
最近、手に入りやすくなった紙とインクを手にサラサラと描いていくのは、神王によく似た男の子と柔らかい雰囲気の黒髪の青年……。
あれ? なんでこんな絵を描いているんだろ?
「姫様、よろしいですか?」
「あ、はい、どうぞ」
入ってきたのはサラさんで、腕には寝ているアサギがいる。
「筆頭レオ様の頭に乗って寝ていたのですが、魔獣討伐に出られるということでこちらにお連れしました」
「魔獣討伐?」
これまでレオさんは町の傭兵団を訓練するため、定期的な巡回をしていた。
最近になって魔獣の数も減っているという話をしていたのに……。
「以前、姫様も立ち寄った所です。王都へ向かう途中にある町から救援要請がありました」
「なっ……!?」
立ち上がった拍子にインク壺が倒れて、紙に黒色が広がっていく。
白い紙が染まっていく様は、まるで私の中に芽生えた不安のように見えた。
ジャスターさんが、せめてジークリンドさんたちが戻ってからと言っていたけど、魔獣の襲撃は待ってくれない。塔やその近くの町とは違って、手練れの傭兵団のいない町は魔獣の標的になりやすいのだ。
大発生の予兆ありとのことで、救援に塔近くの町の傭兵団と、念のためにレオさんも出ることになった。
青を基調とした防具と騎士服を身につけているレオさん。いつもなら格好いい!と心がピョンコピョンコするのに、なぜか今回は笑顔で見送ることができない。
「レオさん、気をつけて……」
「おう。いつも通り、ちゃちゃっと倒してくる。いい子で待ってろよ」
そう言って馬上で微笑むレオさん。
大丈夫だって分かっているけれど、なぜか不安が抜けない。まるで小さな子どものようにぐずってしまいそう。
馬に乗った傭兵のおじさん達と一緒に、遠くなっていくレオさんの背中を見送る私に、ジャスターさんは笑顔を向けてくれる。
「大丈夫ですよ。筆頭なら、すぐに魔獣を掃討しますよ」
「はい。でも、こういうことってあまり無いんですよね?」
「そうですね。ここだけの話『儀式』の回数が減ってきたというのが原因ではないかと」
「私だけじゃなくて、他の四季姫様たちの行軍が減ったから、ですか?」
「ええ、行軍があるからこそ、国は騎士団を派遣して魔獣狩りをしていました。回数が減れば、それだけ魔獣が放置されることになります」
「どうしよう……私は、どうすれば……」
「おじいさまが戻ったら話し合いましょう。大丈夫ですよ」
「でも、でも……」
私のせいじゃないって頭では理解していても、心がついていかない。四季姫が揃っていることは良いことのはずなのに、それで魔獣が増えていくのは良くないことで。
「姫君」
ジャスターさんのいつになく強い声に、思考の沼にずぶずぶ沈んでいた私は一気に浮上する。こんなことを考えていてもしょうがない。
私は、私のできることをやるし、やりたいようにやる。それだけだ。
「ジャスターさん、手伝ってもらえますか?」
「自分は姫君の騎士です。如何様にもお使いください」
よし、やるぞ!
思いっきり!
漫画を描くぞ!!
お読みいただき、ありがとうございます。




