117、暴走する騎士
あははーと笑っている場合じゃない。
まさか異世界に、神王の嫁として呼ばれたなんて笑えない話だ。
でもよく考えると、今までの春姫たちって、神王とどうこうなった感じじゃないよね。元の世界に帰ることもできてたみたいだし。
つらつら考えていたら、不意に耳鳴りがした。
耳鳴りなんて、この世界に来る前、仕事の過労で倒れそうだった時になった以来だよ。すっかり健康になったからね。
あれ? レオさんの様子が……?
「……姫さん」
「ひゃい!」
まるで地獄の底から響くような声に、思わず噛んでしまう。
無表情なのに目だけギラギラとしているレオさん。
そして心なしか室温がグングン下がっているような気がするよ。いや、これはもう、気のせいじゃないよ。寒いよ。マジで。
「神王の、嫁、だと?」
「あ、そう本に書かれていただけで、本当にそうとは……」
「そう、書かれて、いたんだな?」
「ひゃいん!」
噛んだうえに、痛くて鳴く犬みたいな返事をしてしまう。
ふぉぉ、だれかきてぇぇ、レオさんがめっちゃこわいぃぃ!!
私の心の叫びが通じたのか、部屋のドアが音を立てて開く。
「筆頭! 何がありましたか! 敵襲ですか!」
「騎士様がた、春姫様、ご無事ですか!」
「なにごとで!?」
「なにがあったってんだ!?」
飛び込んできたのは、ジャスターさんと執事のセバスさん、料理長のモーリスさんと庭師のアークさんだ。
皆さん武器を手にしているけれど、なぜかアークさんだけピンクのモフモフにまみれている。どうやらウサギたちの毛を刈っていた途中だったみたい。
あ、仔ウサギがポッケに入っちゃってる。よーしよしよし。
『ハナ、モフモフしている場合じゃないの。つよいのがこわいの』
「レオさんが怖いのはわかるけど、何があったの?」
仔ウサギをモフり現実逃避していたら、頭に飛び乗ったアサギが容赦なくてしてし叩いてくる。地味に痛い。
レオさんを落ち着かせようと、元傭兵仲間のアークさんが話しかけているけれど、室内の空気は張りつめたままだ。
珍しく焦った様子のジャスターさんが、私を見る。
「敵襲ではないようですが、筆頭の殺気が塔の外側に放たれています。姫君、何があったのですか?」
「ジャスターさん、私、ただ『春姫』について話していただけで……」
「それは、姫君のことですか?」
「はい。この世界にきたのは、その、神王様の嫁になるためって……」
「……ふざけるなよ」
「ひゃっは!?」
ガラリと口調が変わるジャスターさんに驚いて、どこの世紀末みたいな声が出てしまう。
いやだから、ちょっとぉぉ、セバスさんたちも無表情にぃぃ!?
「俺が直接ぶった斬るが、手数は欲しいな。ジャスターは魔法も使えよ」
「了解。執事殿も補助を」
「はい。姫様の守りは私とモーリスにお任せを」
「料理だけじゃなく、毎日しっかり鍛えているからな。任せてくれ」
「俺も戦うぜ。傭兵団の戦鬼って言われてたのは伊達じゃねぇからな」
ちょっと待って!
まさかこの人たち、神王と戦うつもりなの!?
「うわーん! どうしようアサギー! レオさんたち、神さまにケンカ売ろうとしているよー!」
『控えめに言って、おバカなの』
「そうだよね!? やられちゃうよね!?」
『まぁまぁいけると思うの。でも、神王様を倒したら世界がなくなっちゃう』
「ダメじゃん!!」
『そもそも、神王様はお嫁さんとか考えてないない』
ピタリと動きをとめるレオさん。
「おい、ちっこいの。そりゃどういうことだ?」
『だから、神王様はハナをお嫁さんにするとか、考えてないない』
「ああん?」
なぜかふたたび荒ぶるレオさん。え、どうして?
「あの野郎、好き勝手に異世界から呼んだくせに、うちの姫さんを嫁にしたくないだと!? 天元突破した姫さんの魅力が分からないたぁ、どういう了見だクソ神王ゴルァー!!」
「嫁関係なく怒るんかい!! いいかげんにしろゴルァー!!」
私はセバスさんからさりげなく手渡された木製のサンダルで、レオさんの頭を思いきりスパコーン!!と引っ叩いてやった。
もう、レオさんのバカ……!!
モーリスさんとアークさんは「いつもの筆頭の暴走か」と言いながらあっさり仕事に戻り、セバスさんはお茶をいれてくれている。
やれやれ人騒がせなと呟きながら、ソファーに座るジャスターさん。
え? これっていつものことなの?
「姫君は気づかれていないと思いますよ。筆頭はわりと暴走しますから。ただ、今回のは規模が大きかったので」
「規模?」
「はい。いつもは塔周辺の動物が一時居なくなるくらいですが、今回は世界の全てを敵にまわすくらいのものでした。理由で納得しましたが」
当のレオさんは、後頭部をポリポリ掻いている。私に叩かれた所がくすぐったいとのことだ。ちくしょう。
「ちなみに、いつも暴走する理由は?」
「ええと、まぁ、色々ですね」
「色々の理由は?」
「姫君にまつわる、色々ですね」
「レオさん、そこに正座」
「なんでだよ。俺は何も悪いことしてないぞ」
そう言いながらも、床に正座する素直なレオさん。か、かわいく上目遣いしたって、許さないんだから!
『ハナ、許してあげてー。つよいのは、いつもいっぱい守ってくれているのよー』
「でも……」
レオさんの頭をテシテシ前足で叩いたアサギは、私の膝の上にぴょんと飛び移ってきた。
うん。かわいい。
紅茶のよい香りが漂う中、セバスさんがお茶と一緒にお菓子を出してくれる。
ドライフルーツたっぷりなケーキを前に、上機嫌になる私をチョロいと言ってくれてもいいのだよ。ふへへ。
「レオさん、次はちゃんと最後まで話を聞いてから怒ってくださいね」
「善処する」
それは肯定なのか否か。
正座で痛かったのか、足をさすりながらソファーに座るレオさん。
まぁいっか、とケーキを頬張っていると、ジャスターさんがアサギに問いかける。
「アサギ殿は、なぜ神王様が嫁を欲しがっていないと知っているのです?」
『神王様がアサギを造ったの。だから、気持ちも分かるの』
「人の心が読めるのですか?」
『なんとなく分かるのは神王様とハナだけ。他の人のは嬉しいとか悲しいってくらい』
「おい、なんで神王が嫁をいらないと思っているのに、姫さんはここに呼ばれたんだ?」
『世界が呼んでるの。神王様が寂しいからって』
「なるほど。それが世界の『理』ということですか」
ジャスターさんには分かったみたい。レオさんは眉間にシワが寄っているけど、黙ってお茶を飲んでいる。
そう。この世界で生きているかぎり、私たちは『理』に縛られている。
たとえ神王であっても、それは同じなのだろうか。
お読みいただき、ありがとうございます。




