116、春の姫である理由
塔に戻った私は、他の四季姫たちからの書簡を読んでいた。
書かれている内容は彼女たちの近況と、儀式のこと。
「儀式の回数が減った……?」
これはどういうことなのか、なにか異常の前触れかとジークリンドさんに聞いてみると、どうやら良い兆候らしい。
「四季のうち、春が抜けていたからねぇ。世界が安定しつつあるんじゃないかな」
「儀式が少ないのは、良いことなんですか?」
「そりゃそうだよ。だって春姫たんのいたところは、季節を人が変えたりしてなかったんでしょう?」
まぁ、確かにそうなんだけどさ。
異世界の事情なんて分からないから、今までとは違うことがあれば慌てちゃうのよ。
「儀式が少ないことが、悪いことじゃないならいいです。他の姫たちも喜んでいるみたいですから」
「春姫たんのところはまだいいよ。秋のところは、すごいみたいだからねぇ」
「すごいって?」
「たくさんいる見習い騎士たちが、とにかく大騒ぎしながら行軍するんだから」
うわぁ、それは嫌だと顔をしかめていると、クスクス笑うジークリンドさんに指先で額をつつかれた。あう。
「そうだ。もしキラ君と離れることを許されるなら、チコリとルークを図書館に連れて行こうと思うんだけど」
「もちろん、レオさんとジャスターさんがいれば大丈夫ですよ。儀式も、まだまだ先になりそうですから」
「ありがとう、春姫たん」
たぶん、ジークリンドさんは奥さんの謎を解きたいのだろう。
私からは言えない。何も約束はしていないけれど、これはジークリンドさんが解かなきゃいけない謎だと思うから。
でも、きっと大丈夫。
ジークリンドさんならってところもあるけれど、何よりも二人がお互いを思いあっているというのが一番強いと思う。
元の世界だったら、こんなこと馬鹿らしいなんて、笑って流していただろうな。
「司書さんによろしくお伝えください」
「うん。ちゃんと伝えるよ」
そう言って私の頭を、ジークリンドさんは優しく撫でてくれたのだった。
なぜかドナドナされる仔牛のようなキラ君を見送って、私はレオさんと二人になる。
いや、さっきまでジャスターさんが居たはずなんだ。おかしい。これは何者かの陰謀……もしくは罠ではなかろうかっ!
「なぁ、姫さん」
「なんですか、レオさん」
「最近、俺のことを避けてたりしねぇか?」
「いつも通りですよ、レオさん」
脳内で勝手にナレーションを流して遊んでいた私。レオさんからド直球な質問を受け、思わずロボのような棒読み回答をしてしまう。
いやいや、そんなことないのですよ。避けてなんかいませんよ。
「それなら、俺と二人きりでも大丈夫だよな?」
「ええ、まぁ、そうですね?」
確かに図書館から塔に帰ってきてから、なぜかレオさんとの距離感がつかめなくなった。今までどう接していたのか、なぜか分からなくなったんだよね。
あくまでも無意識……いや、レオさんにはバレバレだったと思う。ほら、彼って動物的な直感みたいなやつがあるし。
ジークリンドさんとキラ君が、再びチコちゃんとルーくんを連れて大図書館へ向かったから、私を警護する騎士がほぼレオさんになる。ジャスターさんは塔を留守にしている間に溜まった書類を、見習い騎士のナジュムと一緒に片っ端から片付けているんだって。
微妙な空気の中、レオさんが決まり悪げに口を開く。
「俺と一緒にいるのは、苦痛か?」
「そんなことはないです!」
眉を八の字にしたレオさんに、私は反射的に返してしまう。
膝の上にいるアサギの胸毛をこねくり回していたら、イヤイヤされてレオさんの膝の上に飛び乗ってしまった。ちくしょう。
「ジャスターは執務に追われているし、良い機会だから図書館で知った俺のことを話そうと思う。いいか?」
「……はい」
「ありがとうな! 姫さん!」
ふぉっ! 男らしくニカッて笑うレオさんが眩しいぜっ!
いいかって聞かれたら、いいって答えるしかないじゃない。
でも、その前に。
「すみません。レオさんのことを聞く前に、私のことを話してもいいですか?」
「姫さんのことを?」
「はい」
以前、キラ君のお兄さんがいる『祈りの塔』で、この世界の創世記らしきものにあった。
この世界は光の子が作ったものだと。
「私たち四季姫は、世界に季節を回すことによって『彩り』をつけているの。それは光の子を慰めるためなんだけど」
「ああ、それは知っている」
「光の子は世界に存在するものに、始まりと終わりを作っただけだった。だから善きことも悪いことも起こらない、何もない世界だった。でも、ある日、世界に『人』が現れる」
「現れる? 生み出されたわけじゃないのか?」
そうなんだよ。
最初の『人』って、世界に突然現れたんだよ。
「その『人』は、この世界の存在じゃなかった。異世界から偶然に迷い込んだ『女性』だった」
「まさか……」
「異世界から迷いこんだ女性は、光の子と色々な話をしたそうです。彼女の故郷には『四季』があるとか、たくさんの人種がいて国があるとか、とにかく色々」
世界を作っただけで、光の子は何もせず放置していた。始まりと終わりがあり、ただ同じことをくり返すだけの存在。
彼女は語る。世界に存在するすべてには理由、『理』があるのだと。
彼女は泣く。『理』のない存在は悲しいだけだと。
光の子は世界に『理』を与えた。
そして『理』を持った世界は、存在するすべてに『理』を持たせた。
「恩寵も、その『理』のひとつか」
「そうみたいです」
「ん? それで、どう姫さんの話につながるんだ?」
「光の子と彼女は仲良くなりました。でも、彼女は世界が作った存在じゃなかったから、世界が彼女を拒絶し始めて……」
世界が拒絶するということは、存在を拒絶されるということ。
異世界の人間であるがゆえに『理』を持たない彼女は消えようとしていた。
しかし、光の子は消えゆく彼女を世界に留めるために、無理やり『理』を与える。
彼女の名前から一字取り、『春』という役割を『理』として与えたのだ。
「光の子が、異世界の人間を世界に存在させるために、役割を与えたのか」
「はい。それが『四季姫』の始まり。そして、代々の『春姫』が異世界から選ばれる理由でもあるとのことです」
ここまで話した私は思いきり息を吸って、ゆるゆると吐き出した。
「だから私、『春姫』は、光の子の嫁候補なんですって。あはは」
あはは……ははは……はぁ……。
お読みいただき、ありがとうございます。
 




