115、理(ことわり)
恩寵の『未来視』によって、ジークリンドさんの心が壊れてしまい、命を失うという未来があると知ったヒルデさん。
それらを回避するために、亡くなる直前まで必死に祈ったそうな。
「誰に祈ったんですか?」
「もちろん、あの方……神王様に向けてです。私の外見だけでもいいから、どうにかして残して彼の興味をひきたかったのです。現世に未練を残せば、あの子が間に合うと思って」
「あの子って、ジャスターさんのことですか?」
「はい。あの子なら気づいてくれると思っていました。私に興味を持つことで、ジークリンドの死期を遅らせることができましたから」
「でも、あの神王様がヒルデさんに協力するとか、驚きです」
言っちゃ悪いけど、人の生き死にがかかっていても、あの神王が動くとは思えない。
神様だからっていうよりも、もっとこう、人間を部品のひとつとして見ているような……。
いや、部品なんて、そんな優しいものじゃない。あれは要望どおりにシステムを構築して、いざ納品というところで「え?そんな機能が必要とか言ってないけど?」とか訳のわからないことを言い始めるクライアントと同じような目をしている。
こっちがどれだけアンタの要望に応えようと、毎日残業に残業を重ねたか……うん、話が盛大にずれた。
ヒルデさんは祈った。
彼女いわく、神王が反応する祈りをしたそうな。
「創世記、ですか?」
「ええ、あれを正しく読み解けば、あの方が何を求めているのかが分かります。特に四季の姫様たちについて語られている部分を」
「祈りの塔で、序文だけ読んだことがあります」
光の子は悲しむ者たちに役割を与えた。
そして眠る光と闇を見守るとともに、世界に始まりと終わりの理を定めた。
移り変わる世界、そこに『四季』が生まれた。
『四季』は己の全てを捧げる。世界のために。光の子のために。
「ここでいう『光の子』は神王様のことです。つまり『四季』は、世界のためでもあり、あの方のために存在するものでもあるのです」
「神王様のためって言われても……」
「歴代の四季姫様は皆、お役目を終えたあと嫁いでいかれます。ですが、春の姫様だけは別です」
そう言いながらヒルデさんは、どこから取り出したのか重そうな本を何冊もテーブルに積んでいく。
全部、歴代の春姫の本らしい。
人様のプライベートを覗くようで、申し訳ないと思いつつも手にとってみる。
そんな私に、ヒルデさんは薄らと微笑んだ。
「初代の春姫様は、偶然にも異界から落ちてきた乙女だと聞いております」
それから。
レオさんたちと合流した私は、早く塔に戻りたいと提案をする。
私の要望は、あっさりと受け入れられた。
「アサギは、レオさんにべったりだね」
「姫君は元気がないと、誰よりも筆頭に甘えますからね」
「へっ!? いやいや、そんなことないですし!」
馬車の中にはジャスターさんがいて、御者席にはキラ君がいる。
右にはレオさん、左にはジークリンドさんが馬に乗って並走している状態だ。
レオさんの頭の上に、アサギがモフモフの尻尾を風になびかせ、ご機嫌な様子がうかがえる。可愛い。
「管理人は、おばあさまでしたか?」
「うん。ジークリンドさんが死にそうだったから神王様と交渉して、大図書館の管理人になったらしいよ」
「やはり、そうでしたか」
「ジークリンドさんも知ってるんですよね?」
「確証は得てないようです。ただ、この謎が解けない限りは、おじいさまが自ら命を落とすことにはならないでしょう」
「なにせ、春の騎士様ですからね」
「ふふ、その通りです。老人だろうと容赦なく、働かせてやってください」
「よろこんでー!」
馬車の窓から見えるレオさんは、アサギがペッタリと顔に貼り付いたから、息ができないって怒っている。
それを見て笑っているジークリンドさんにつられたのか、ジャスターさんも笑みを浮かべた。
「姫君、自分たちは大丈夫です。ゆっくりでもいいので、信じてください」
「え?」
「何があっても、絶対に姫君をお守りします。騎士は、姫のために在るものですから」
「姫の、ために?」
ここに『四季』があるのは、世界のためであり、神王のため。
でも、姫が選んだ騎士たちは……。
「もちろん、塔の関係者たちも同じです。彼らは皆、姫君のために日々努力しております。ゆめゆめ忘れることなく……」
「はい! 絶対に忘れません!」
サラさんをはじめ、塔で働いている人たちには感謝しかない。
森からやってくる動物たちの世話から、異界の食べ物を再現してくれたり、色々な本を揃えてくれている。
セバスさんは、塔のお膝元にある町の人たちにまで気を配ってくれているから、世間に出回っている『春』についての悪評も減ってきているらしい。
『ハナー、あのね、つよいのがアサギをぺいぺいってするのー』
「顔に貼りつくなと言ってんだろが!」
開いている窓から飛び込んできたアサギを受け止めると、仏頂面で怒鳴るレオさんが見えた。
あの部屋で自分どころか、過去の春姫のことまで知ってしまった私だけど、レオさんたちは自分の本を読んで何を知ったのだろう?
「筆頭とアサギは元気ですね」
レオさんのことを眩しげに見ていたジャスターさんは、不意に私を見て、ふわりと微笑みかけてくれる。
「大丈夫ですよ。何でも聞いてください」
「え?」
「姫は己が騎士の、すべてを知る権利がありますから」
「いやいや! 話したくないなら、無理に話さなくても!」
知りたいけれど、こういうのはしっかりと時間をかけて……とかあるでしょ!?
「筆頭は、きっと姫君にしか話さないと思います。聞いてあげてください」
「え、あ、はい?」
もし、全部話してくれるのならば、私も話さないといけないよね。
なぜ私がこの世界にいるのか。
そして。
私がこの世界で、何を成さなければならないのか。
お読みいただき、ありがとうございます。




