閑話、筆頭騎士の知られざる能力
扉が閉まると同時に、応接室のテーブルには四冊の本が湧いて出てきた。
この本に、俺たち個人の『理』が書かれているのだろう。
「なんだ。俺らは個室じゃないのか」
「姫君は特別な存在だからでは?」
やや疲れたように返すジャスターは、自分の名を書かれてた本を手に取りソファへ座った。俺を見ているキアランに、先に読むように目で促したあと、ふとジークリンドの爺さんを見る。
興味深げに本を見てはいるものの、あきらかに普段の元気がない。
あの『管理人』とやらは、爺さんの添い遂げた相手に瓜二つだという。
俺が爺さんの立場だったら、たぶん、辛くて耐えられないだろうな……。
「爺さん、悪いな」
「んー? 珍しいね、レオ君が気をつかうなんて」
「おい、珍しいとか言うな。まったくもって失礼なジジイだ」
「そっちこそ、年寄りは労って敬うものだよぉ」
「もっと年寄りらしく行動すんなら、考えてやるよ」
カラカラと笑うエルフの爺さん。強がるのも大概にしてほしいと思いながら、俺は背中で守っている扉へ目を向ける。
彼女の「匂い」を感じとれるから、今回は管理人の言う「別の場所」ではないらしい。
「ほら、春姫たんの気配はそのままあるでしょ? 大丈夫だと思うよ」
「そりゃ分かっているけどよ……」
エルフの爺さんに慰め?られていると、早々に読み終えたジャスターが俺を呼ぶ。
「筆頭、見張りの交代をしますよ」
「おう」
爺さんは昔すでに読んでいて、付け足されたページだけを確認したとのこと。
なんで最初に教えてくれないのかと文句を言いたかったが、なんとなく爺さん特有の「学び」のような気がするから黙っておく。
案の定、キアランは文句を言って「若いのに自分で考えるってことを怠るとは、お仕置きが必要なのかなぁ?」などと返されていたが。
扉の前からテーブルの位置まで行くと、なぜか本を開いたまま頭を抱えるキアランがいる。変なことでも書かれていたのか? ジャスターは普通だったよな?
自分の名を書かれた青い表紙の本を手に取り、おそるおそる開く。
遠回りすれど 必ず運命に辿りつく
手に入れることは 叶わず
「なっ……、くそっ……」
不意に視界がぼやけ、ぐっと腹に力をいれて深呼吸をする。
俺は、俺の運命に出会っていることを理解していた。だからこそ全力で守り、戦ってきた。
彼女を害する敵から。
何より、彼女を奪おうとする自分からも、だ。
「わかっている……」
わかっているんだ。若く愛らしい彼女が「俺じゃない誰か」と結ばれることは。
思わず本を放り出したくなったその時、文章に続きがあることに気づく。
されど手をのばせば 叶うだろう
とくと見よ 己の信ずる運命を
「……どういうことだ?」
目次を見れば「道の章」とある。さっぱり意味がわからん。落ち込んでいいのか悪いのかもわからん。
とりあえず、続きを読むことにしよう。次のページからは「己の章」らしい。
「なるほど、恩寵について詳しく書かれているな。恩寵は自分の経験から得られるものと、個々の資質で世界から与えられるものがある……と」
俺の『鉄壁』は今までの使い方の他に、守るためであれば対象を指定することができるとあった。
例えば魔獣と人間が混戦していた場合、人だけに『鉄壁』を使うことができる。ただし、その間お互い攻撃をすることができなくなるようだ。
そして『千剣万花』については、攻撃した相手の血などを青い花にするというのは固定だが、花の種類や香りの変更もできるらしい。
まったくもってどうでもいい情報だから、他の奴らに報告はしなくていいだろう。
「これまでの経験から得た能力など……ああ、剣技や気配察知とかがあるな。ん? なんだこれは?」
『溺愛(対象者固定)』
その名のとおり、溺れるほどの愛を注ぐ姫が現れた場合にのみ騎士に宿る能力。
『野生の本能(対象者固定)』
意識せずとも特定の人間の位置や行動を常に把握できる。溺愛の能力を持つ騎士に宿ることがある。能力を超えた、もはやそれは本能ですおめでとうございます。
無言で本を投げ捨てたが床に落ちる瞬間に消え、何事もなかったかのようにテーブルの上にある。くそが。
「筆頭? 何かありましたか?」
「聞くな」
ジャスターには普通のことしか書いてなかったのだろうか。聞きたい気もするが、それだと自分のことも教えないとならなくなる。それだけは絶対に拒否だ。
まぁ、いつか必要な時になれば教えてくれるだろう。
そして、目の前で未だに頭を抱えたままのキアラン。
「おい、大丈夫か?」
「……大丈夫。いや、大丈夫ではない」
「どっちだよ」
キアランの本は開いたままになっているが、俺が見ても白紙にしか見えない。
「能力のところに、こう、黄色い、小さな鳥が書かれていた」
「なんだそりゃ? 黄色い鳥? ヒヨコか? ヒヨコ……ぶっふぉ!」
「ああそうだ。笑え。笑うといい」
「そう言うな。お前は若いし、これからだろ」
ヤケになったように涙目で訴えるキアラン。さすがに可哀想になって宥めてやる。
まぁ、俺の隠された能力だけは、絶対に教えないがな!
「そういえば『毒の耐性』っていうのが追加されていたかなぁ。盛られてみるものだよねぇ」
「我らは毒に対してなら、姫君のおかげで関係ないですよ。自分には『異世界の知識』というものがありました。先代と今代の姫君たちが、知識を与えてくださったおかげですね」
それで筆頭は? という空気になる。
くそが。やはりここは避けられないか。
こうなったら、かろうじて自分の出せる能力を言うしか……!
「俺には……『一途』ってやつがあった。不貞を許さない人間の能力だとさ」
「なるほど。そうきましたか」
「あ、そ、そうか」
「レオ君、色々あったもんねぇ」
うるせぇよ。
ああ、早く姫さん帰ってこねぇかな。俺は今、ものすごく癒されたい。
お読みいただき、ありがとうございます。
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バタバタしておりますが、がんばりますので応援よろしくお願いいたしまっする。




