112、温かく居心地のいい場所
ここではイレギュラーだった出来事が、だいたい『神王』の仕業だという事実に、怒りというよりも「やっぱりね」という気持ちが出てくる。
あの使えないチュートリアルな『姫読本』といい、使えなさそうで反則レベルの『恩寵』などなど、目の前にいるちょっと残念な美少年が関わっていると思えば納得だ。
「何やら今、失礼なことを考えていない? 可愛いハナ」
「いいえ、特に何も」
金色の目を眇めてこちらを見る『神王』に、笑顔で返す私。
この世界に呼ばれたことや、これまでの様々な出来事について、さすがにひと言もの申したい。
なんで私が『四季姫』として苦労をしないといけないのか、こんなの理不尽じゃないかって。
でも。
傭兵さん達を取りまとめて、次代の騎士を育てる活動をしていたレオさんは、私を姫として最初から守ってくれている。
持てる知識を人々のために使っていたジャスターさんは、長年一緒にいたレオさんと同じように私を信頼して尽くしてくれている。
貴族の地位を捨てて、私を守ろうと頑張っているキラ君。
三人の騎士を支え、導いてくれるジークリンドさんは、私を家族のように慈しんでくれている。
サラさんをはじめ、塔の関係者の皆も私を『姫』と敬い慕ってくれている。
「小さくて可愛いハナ、ここに連れてこられて不幸だった? 恨んでいる?」
「そんなこと言うわけがないって、分かってますよね?」
「もちろんだよ。優しいハナ」
分かってて聞いてくるとか、性格が悪いなぁ。
「仮に、元の世界に戻りたいって言ったら、戻してくれるんですか?」
「戻すよ。ただ、この世界の記憶は消させてもらうけど」
「え!? 戻れるんですか!?」
「今までの人たちも、ここに呼んでから面談して、戻りたい人は戻していたのだけど?」
何か問題でも? といった様子の『神王』に、私は思わず食ってかかる。
「だって、『春姫』になった人は、皆おかしくなったりしてたって……」
「おかしく?」
こてりと首をかしげていた『神王』は、ポンと手を叩く。
「界を渡るというのは何日もかけて行うものなのだよ。だから、夢うつつの状態になる。元の世界で齟齬がないように時間も越えていくのだから」
「夢うつつ?」
「君の世界で行われる、全身麻酔のような?」
「全身麻酔」
そんなん気軽に行われたら、たまったもんじゃない。
「気軽ではないよ。何度も吟味して、これだという人を呼ぶのだから」
「そうは言っても、呼ばれた側からしたら迷惑しかないですけど」
「可愛い可愛いハナ、君は呼ばれて迷惑だったのかな?」
何もかもを見通すような、ガラス玉のような金色の目を向けられる。
迷惑かって言われたら、結果として今の生活は幸せだと言えるけれど。
「それとこれとは違います。現に、過去の『春姫』たちは元の世界に戻った人もいるんでしょ?」
「ふふ、まぁ、そういうことにしておこうか」
やっぱり性格悪い!
でも、歴代の『春姫』は気がおかしくなったみたいな風潮って、界を渡る時に「夢うつつ状態」になるからだと分かったのは良いことだ。
祈りの塔にいるキラ君のお兄さんとかに言ったら、うまいこと広めてくれるかもしれない。そうしたら次代の『春姫』にも、たくさん騎士が来てくれるだろう。
「あ、そうそう、次代の『春姫』にもちゃんと言語を理解できる恩寵を与えてあげてくださいね。まず意思疎通できないと、かなり辛いと思うから」
「それは無理かな。世界が選び、人に『恩寵』を与えるのだから」
「え? 世界が? 神王様じゃなくて?」
「そうだよ。世界に四季を与えるために、姫を……ああ、もう時間切れかな。本当に、嫌になるくらい優秀な騎士たちだ」
「ちょ、ちょっと待っ……ふむっ、ふむむぅー!」
急に周りの景色がぼやけていく。
ダメダメ! まだ聞きたいことがあるのに!
お湯みたいな何かに包まれて、うまく言葉が出てこない。
「可愛いハナを思う騎士に免じて、もう一度だけ力を貸そう」
その時に、もう一度だけ問おう。
何をって思ったけど、その時にならないと分からないよねって、どこか冷静な私が納得している。
凄まじい流れのお湯に揉まれながら、私はずんずんどこかに運ばれていった。
「姫さん!」
ん? レオさん?
心地よい熱さのお湯に包まれているから、なんだか気持ちよくて眠い。もうちょっと寝かせて。
「呼吸は正常ですから、もう目覚めると思いますよ」
ジャスターさん、お医者さんみたいだなぁ。
「本当に大丈夫なのか?」
キラ君は、相変わらず心配性なんだから。
「ふふ、寝ているフリをしているみたいだねぇ。春姫たん?」
なんでバレちゃうんだろう。ジークリンドさんに嘘とか隠し事はできないね。
ゆっくり目を開けると、湯気のたつ露天風呂の中みたいだ。
私はレオさんに支えられて、服を着たまま湯船の中にいるみたい。
「ん、もう大丈夫。ありがとうレオさ……ん?」
温泉。
露天風呂。
そして、湯船の中にタオルは入れちゃダメなのです。
もたれているレオさんの鍛え抜かれた大胸筋を感じつつ、その逞ましい腕の中にいる私は、信頼している騎士達の顔を順々に見ていく。
そしてもちろん。
その下も。
見る。
「ふ……」
「ふ?」
「ふっっっぎゃああああああああ!! はだかあああああああああっ!!」
この時、顔を赤くして下半身を隠したのはキラ君だけで、あとの三名は堂々とさらけ出していたことを、私は、断固、抗議したいと思うのです!
誰が「ラッキースケベ」だ! バカヤローッ!!
お読みいただき、ありがとうございます。




