107、行かない理由
数日に一回くらいは、チコちゃんとルーくんがいる書庫へ行く。
サラさんと一緒に、お茶とお菓子の差し入れを持っていくのだ。
「あの二人は真面目だから、お菓子で釣って休ませないと」
「ジークリンド様がいらっしゃれば、二人を気づかってくれるのですが、行軍中はなかなか難しいと夫が言ってました」
「モーリスさんも、料理を作っているだけじゃないものね。もっと塔に人を増やさないとダメかなぁ」
「無理に増やすことはありませんよ。私たちも良い人材を探しておりますので、もうしばらくお待ちくださいませ」
「ありがとう。サラさん」
扉を開けようと手を伸ばすと、先に開かれる。
銀色の長い髪をさらりと伸ばした美老エルフ、ジークリンドさんだ。
「やはり春姫たんは、ここに来たねぇ。さすがレオ君だ」
「あれ? もしかして私に用事がありましたか?」
「うん。ちょっと『神界大図書館』について、話しておこうと思ってね」
「大図書館!」
「神様の知識!」
書庫から飛び出てきたチコちゃんとルーくんが、興奮気味にジークリンドさんを取り囲む。
「いってみたい!」
「学んでみたい!」
「うーん、ごめんね。二人があそこまで旅するのは、まだまだ早いかな」
「えー!!」
「えー!!」
確か、ジャスターさんが小さい頃に連れて行かれたけど、道中魔獣を退治しながらだったとか言ってたよね。
エルフの血を持つ彼だったから耐えられただろうけれど、普通の人間である双子ちゃんには無理だろう。
「だいじょうぶ! がんばる!」
「だいじょうぶ! 泣かない!」
「せめて、塔の周りを二十周くらい、息を切らさずに走れるようにならないと。二人はいつも部屋の中にいるから、体力がないでしょ?」
「むー!」
「うー!」
「春姫たんなら、その倍を走っても息切れしないよ?」
「!?」
「!?」
ものすごく驚いた表情で私を見る双子ちゃん。
うん。こっちに来てから、やたら丈夫な体になっちゃったからねぇ。
「がんばる」
「はしるよ」
そう言ってチコちゃんとルーくんは外へ飛び出していった。ジークリンドさんは上手いこと誘導していくなぁ。
「二人はもっと子どもらしく、外で遊んだり駆け回ったりしないとねぇ。春姫たんの恩寵があるとはいえ、不健康な生活を送るのはどうかと思うから」
「ふふ、さすがですね」
「ジャーたんも、放っておけば部屋にこもって勉強しているような子どもだったからねぇ」
ほんわかした空気をまとうジークリンドさんは、スッと表情を引き締める。
「以前、春姫たんの恩寵や、この世界の理について知るのに、大図書館に行くことを提案したでしょ? ちょうど儀式も終わったところだから、どうかなと思ってね」
「ちょうどいいかもしれません。それに、ナジュム君も連れて行けそうですし」
「ああ、彼はビアン国の王族の血を持っているからね。一緒に行っておいで」
穏やかな笑みを浮かべるジークリンドさんに、私は問いかける。
「ジークリンドさんは? 一緒に行かないんですか?」
「うーん……そうだねぇ……。春姫たんには話しておこうかな」
そう言って胸ポケットから取り出されたのは、手のひらサイズの板のようなもので、そこには女性の絵が描かれていた。
長い黒髪に象牙色の肌、美しくもエキゾチックな顔立ちは、どこか懐かしさを感じる。
「奥様、ですか?」
「そうなんだ。どこか春姫たんに似ているだろう?」
「こんな綺麗な人に似てるなんて、喜ばせないでください」
「おや、春姫たんは自覚がないのかねぇ……。まぁ、それはそれとして、彼女はもう亡くなってだいぶ経つんだけど、どうやら今は大図書館にいるみたいなんだよ」
「へ?」
「だからね、行けないし行かないのだよ」
大図書館に行く道すじなどを教えてもらい、レオさんとジャスターさんにも伝えてくれるというジークリンドさんにお礼を言った私は、ひとり塔の外にあるウサギ小屋まで来ていた。
子育てに落ち着いた親ウサギたちは、仔ウサギたちを私に預けてくれる。
「わぁ、フワフワだね。ありがとう」
しゃがみこんだ膝の上には、たくさんの仔ウサギたち。足元には親ウサギたちがモフモフ取り囲んでいる。
私は今、ピンクのモフモフまみれとなっている。至福だ。
「えへへ、慰めてくれているのかな」
『そうだよハナ。元気がないから皆が心配しているの』
ぽふんと肩の上に乗ったアサギは、そのまま頬に顔をすり寄せてくる。くすぐったくて、ちょっと泣きそうになってしまう。
でも、しょうがないことなんだ。
ジークリンドさんはエルフで、奥さんは人間だった。寿命の違う二人が一緒にいられる時間は限られている。
それでも、私は悲しくなってしまった。
「なんで、ジークリンドさんは奥さんに会いに行かないのかな」
『大図書館にいるのは管理人だけなの』
「え? アサギは大図書館を知っているの?」
『ハナから伝わってきたから、頭のなかから出てきたみたい』
びっくりした拍子に、膝から数匹仔ウサギが転がり落ちてしまう。でも下には親ウサギたちがいるから、うまいことクッションになってくれていた。ごめんね。あぶなかったね。
「ええと、その管理人って?」
『管理人は管理人。オクサンって人じゃないの』
「えっと、ごめん、いまいちよく分からないんだけど……」
『だーかーらー。管理人は管理人なの。神王様が作った人のようなものなの』
うむ。
やっぱりよく分からないぞ☆
でも、何となくアサギが言いたいことは分かる。
彼女に会えば、きっと分かるんだろうってことが、ね。
「よし! 大図書館へ行くよ!」
『えいえいおーっ!』
盛り上がる私たちと一緒に、ピンクのウサギたちもぴょんこぴょんこするのだった。
やばい!! めっちゃかわいい!!
お読みいただき、ありがとうございます。
活動報告に、もちだ作品『オッサン(36)がアイドルになる話』の最新情報を載せています。
なんと、電子書籍のみの発売だった小説4巻が、紙の本で出ることとなりました。
皆様の応援に感謝です。
本当にありがとうございます。
これからもがんばります。




