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106、慌ただしい日常


 暇を見つけては、ちまちま描いている落書きみたいな漫画は、サラさんという唯一にして最強の読者のおかげで成り立っている。

 サラさんは有能な編集者になれるだろう。

 とにかく褒める。そして「ここがこうなら、もっと楽しくなりそうですね!」みたいなアドバイスがもらえるし、さらにこの世界の常識も教えてもらえる。この世界のことをまだまだ知らない私にとって、サラさんは必要な存在だ。


 そんなサラさんをはじめ、町の皆さんがとても楽しみにしている連載漫画がある。


「次号の『春通信』は、何を題材にされるのですか?」


「うーん、どうしよう。新メンバーのナジュム君を紹介するコーナーもあるし、レオさんとのやりとりを漫画にしようかな」


「印刷所の人が大変なので、早めに描かれたほうがよろしいかと」


「はぁい、わかってます」


 ジークリンドさんのお家騒動?が終わって、長かった儀式の行軍から春の塔に戻った私たちを待っていたのは、日常というには慌ただしい生活だった。

 その原因となっているのが、塔の情報をあれこれ記載している『春通信』という冊子だ。


 私の騎士になったことにより、ほぼ無敵の恩寵を得たレオさんが、若い傭兵さんたちや国の騎士たちを「訓練」として魔獣討伐に引き連れて行くことが多くなった。

 それによってインクや紙の原料になるものが、春の塔周辺でのみ安価で手に入れることができるようになる。私が目指す「好きな漫画を描きながらスローライフ」に着々と近づいているね!


 ところが。

 それらを町の特産にしようかと話にストップをかけたのは、ジャスターさんだった。

 ジャスターさんが印刷技術向上のために、新聞のようなものを発行したいと言い出した。てゆか、すでに企画は固まっていて、記事を書いたり編集作業ができる人材を確保していた。おそろしい子!


 こうやって春の塔は冊子『春通信』を発行することになる。

 町で大量に刷られた冊子は塔のお膝元の町だけでなく、各国の一部書店に置かれている。

 とある号で、私がレオさんたちの訓練風景をスケッチしたものを載せたのがきっかけとなり、そこから『今日の騎士様』という連載が始まってしまったのだ。

 そう、始まってしまったのだ。(二回言った)


 儀式などの関係上、不定期で発行しているのが申し訳ないところなんだけど……。


「あ、ナジュム君は大丈夫そう?」


「はい。ジャスター様の見立てでは、少しずつ恩寵に頼らない状態になっているとのことです。今日はモーリスに付いて料理を学んでいますよ」


「そっか。やっぱり塔の関係者には、私の恩寵が効くみたいだね」


「ふふふ、私もこの時期は体調を崩すことが多いのですが、姫様のおかげで元気です」


 サラさんが元気でいてくれるのはありがたい。美味しいお茶と心の支えがなくなるのは辛いからね。


『ハナ、つよいののところにいくー?』


「あれ? アサギ、起きてたの?」


『うん。そろそろだからー』


「そろそろ?」


 なんだかよくわからないけど、つよいの……レオさんの所へは行こうと思っていた。

 今ならちょうど訓練場にいるはずだ。


「姫様、差し入れされる冷たい飲み物をご用意しましたよ」


「さすがサラさん、ありがとう。それじゃ訓練場に行こうか」


 サラさんの先導で魔法陣を起動してもらう。

 塔の中にしか移動しないものだけど、前に飛ばされたことがあるせいか、未だに慣れないんだよね。




 激しい打ち合いをしているのかと思ったら、ちょうど休憩時間みたいだ。

 流れ落ちる汗を拭いながら、談笑しているレオさんたちの姿はいつ見ても眼福ですな。はふん。


「ところで、おじいさまの恩寵は強さを調節できるものですか?」


「強さ?」


 ジャスターさんの言葉に、ジークリンドさんは首をかしげている。おじいちゃんなのに可愛らしい仕草が似合っていて、ちょっと悔しい。


「俺の『鉄壁』は小さく出したり、薄く柔らかくしたりもできるぞ。大技の方はまだ試したことないけどな」


「なるほどねぇ……ふむ、ちょっと『断罪』を弱くして使ってみようかな?」


「なっ!? あれほど使うなと言われていた恩寵を!?」


「別に悪いことをするわけんじゃないんだし、後ろめたいこととか無ければ発動しない恩寵だよ?」


「おい、まさかキアラン何か隠し事しているんじゃないだろうな」


 なぜか挙動不審なキラ君にレオさんがツッコミを入れている。それならばとジークリンドさんが満面の笑みを浮かべて、キラ君を見る。


「よーし、じゃあ、ちょっとだけ使ってみようかなぁ」


「別に、何もやましいことはないぞ!」


「それにしては、慌てていないか?」


「姫君に何かあったのです?」


 え? 私?

 なんとなく声をかけるタイミングを失っていた私は、突然話題に出されて慌てる。


「何もない! ただ昨日、あの方が持っていた籠にある花が落ちて、それを……捨てずに、もらっただけだ」


「ほう」

「それはそれは……」

「なるほど……な」


 ジークリンドさんとジャスターさんは生温かい視線でキラ君を見ていて、なぜかレオさんはじんわりと殺気を放っている。


 そういえば昨日、町の人から大量に花をもらったから、お風呂に浮かべたんだよね。

 落ちたものなら好きにしてもらっていいけど……と思っていたら、レオさんが「いい笑顔」でキラ君に訓練用の剣を渡している。

 なんだなんだとオロオロしている私に、ジャスターさんが気づいてくれた。


「お疲れ様です姫君、いつも差し入れをありがとうございます」


「ジャスターさん、キラ君どうしたんです?」


「若いっていうのは、いいよねぇ」


「ジークリンドさん?」


 どういうことか聞いても、笑って誤魔化されてしまう。

 いったいどういうことだろう?

 サラさんの出してくれた冷たい飲み物をいただきながら、レオさんの熱気溢れる訓練しごきを見学するのだった。




お読みいただき、ありがとうございます。

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