104、真実はひとつなのだろうか
勝手知ったるといった様子のジャスターさんについていく。
昔はジークリンドさんから屋敷に呼ばれて、勉強とか教えてもらっていたらしい。
幼い頃から、知識の宝庫であるエルフにマンツーマンされちゃうとか……。元々頭のいいジャスターさんが受けているんだから、そりゃ最強の頭脳を手に入れるわけだよ。
「ふむ。下品な調度品が増えましたね」
「今の当主って、さっきの人たちですか?」
「そうですね。昔はあそこまで贅沢な厚みはなかったのですが……」
ジャスターさんは細身だし、ジークリンドさんはレオさんほどじゃなけれど筋肉の厚みがある。
貴族ってキラ君兄弟くらいしか見たことないけど、細身の人が多いイメージだった。でも、騎士みたいに運動するわけでもなく、贅沢していたら太るよね。
今、心から『身体能力強化』の恩寵があることを感謝しているよ。神王様ありがとう。
痩せないけれど太らない体っていうのは微妙だと思っていたけど、現状維持が一番難しいんだね。あの人たちを見て、強く思ったよ。
「あ、さっき銀に近い金色の髪の男性がいましたね。ジャスターさんの血縁者ですか?」
「おや、気づかれましたか?」
「イケメン……とても整った顔をしていて、どことなくジャスターさんに似ていました!」
「ええ、彼は遠縁の子なのです。とっくにここを辞めたと思っておりましたが、彼のおかげで色々とやりやすくなりましたね」
「ふふ、ジャスターさん楽しそうですね」
楽しそうというか、ちょっと悪い顔しているというか。そんなジャスターさんも魅力的なんだけど。
妙な動物の置物が置いてある応接室で、サラさんが持たせてくれた水筒から冷たいお茶を飲むことにする。
身内に毒を盛るようなところで出されたお茶なんか、飲む気にならないし。
レオさんとキラ君は周囲を警戒していて、二人揃ってドアを見たところでノックする音が聞こえた。
おお、部屋の外の気配を察知するとか、さすが騎士様だ。
「失礼いたします。現当主夫妻をお連れしました」
「どうぞ」
入ってきたのはジャスターさんの親戚の若者と、ぽっちゃり夫妻だ。
若者の物言いは「こちら側」を感じるものだったけど、当主たちはそれどころじゃないらしい。
「あ、あの、そこの騎士様は……」
「お久しぶりですね。ここに来ることを止められてから長いこと経ちますが、おぼえてくださっていたとは光栄です」
挨拶もせず、ジャスターさんに話しかけるぽっちゃり当主。
まったく温かみのない微笑みを浮かべているジャスターさんは、彼らに向かって丁寧に一礼した。
「本当のことだったのか……お前が、姫の騎士になったなどと……戯言かと思っておったが……」
「相変わらずですね。おじいさまから『人の話をよく聞くように』言われていたでしょうに」
「な、なにを!?」
さすがに馬鹿にされたことが分かったのか、顔を赤くして声を荒げる当主に、ジャスターさんは畳み掛けるように話を続ける。
「ああ、そういえば、おじいさまが体調をくずされたようで……」
「そうだ。あのジジィ……初代様は今、別邸で療養されている」
「え? 別邸ですか?」
「あの場所なら静かで、療養するのにいいと思ってな。私がすすめたのだ」
「へぇ、優しい子に育ったみたいで、じぃじは嬉しいよ」
「!?」
いつの間にいたのか、ジャスターさんの隣に美しき老エルフの男性が立っている。
波打つ銀色の髪と紫の瞳、美しい顔立ちはそのままに老いたとはいえ、鍛えられた体と立ち姿はひとつの芸術作品のようだ。
はぁ、騎士服を着たジークリンドさん、めちゃくちゃかっこいい。
「なっ!? なぜ、ここに初代様が!?」
「なぜと言われてもねぇ。体調悪いし、これが最後だと思ってジャーたんに会いに春の塔へ行ったんだよ。そうしたら、恩寵の『鑑定』で、毒を受けていることが分かってねぇ」
「ど、毒を……」
心当たりがありまくりな当主は、真っ白な顔になっててまるで餅みたいだ。そしてプルプルしている。プルプル餅。
「ジャーたんは元々優秀だろう? だから普通の『鑑定』とは違っていて、どんな毒を盛られたのか、どういう経緯で毒を受けたのか……そして、誰が毒を盛ったのかまで分かるみたいなんだよ。すごいよねぇ」
「犯人が、分かったのですか?」
「もちろんだよ。毒は料理に入っていたんだ。自ずと答えはでるだろう?」
「は、ははは、なるほどそういうことですか。ははは」
乾いた笑いを浮かべる当主は、ほっとひと息吐く。そしてジークリンドさんの姿を見ると驚いて「ぴゃっ」みたいな声をあげている。
「しょ、しょ、初代様、その青色の服は、もしや……?」
「気づいちゃったかな? なんと、ここにおわす春姫様の騎士として、光栄にもお仕えすることになったんだよぉ。エルフの長い生のおかげで、豊富な知識を持っているからと言われてね。すると神王様のお力か、体を蝕んでいた毒が消えたんだ。不思議だよねぇ」
ふむ。確かに「神王様からもらった恩寵」で毒は消えたから、ジークリンドさんは嘘を言っているわけじゃないね。
「神王様が、毒を消した?」
「そうだよぉ。すごいよね神王様って。ところで料理長の……」
「ルイデン、ですか?」
「うんうんルイデンね。彼、ちょっと呼んでもらえるかな? 食事に入れた毒のことで聞きたいから」
「ちょ、ちょ、待ってくだされ! なぜ彼が毒のことを知っていると!?」
慌てる当主に対し、ジークリンドさんはきょとんとした顔で言葉を返す。
「なぜもなにも、ジャーたんの鑑定に出ていたからねぇ」
「しかし! 証拠がありませんぞ!」
「教会で鑑定の結果を写した紙を出してもらってもいいよぉ。でも、そうなると君の立場が危うくなると思うなぁ」
「た、立場?」
さっきまで楽しそうだったジャスターさんそっくりの笑みを、ジークリンドさんは浮かべて言う。
「鑑定に出ていたんだ。『料理人ルイデンは現当主の指示でジークリンドに毒を盛った』ってねぇ」
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