閑話、とある奉公人に訪れた春
その日は朝から、お屋敷中が騒がしかった。
長いこと……本当に長いことお屋敷の主だった初代様が体を壊され、当主の座を本家の長男に譲られた。
それから数ヶ月、火の消えたようだったお屋敷が、にわかに活気付いている。
自分だけ事情を知らないということは、よくあることだった。
当主の遠縁であり、初代様に起用された俺は、今の主に雇われた人たちに嫌われている。
実家の生活が苦しいのと「もしかしたら初代様が回復されるのでは」という淡い期待を抱きながら今日まで勤めていたけれど……。
古参の人間は俺を含めて三人しかいない。
庭師のゼル爺さんと、成り上がり料理長のルイデンだ。
爺さんは来月に引退するって言っていたから、俺もキリのいいところで辞めようかなと思っている。掛け持ちで仕事すれば仕送りは続けられるだろうし。
ルイデン? 料理の腕はたいしたことないくせに、今の当主におべっか使って成り上がったヤツのことなんか知るかって話だ。俺たちが食べている「下っぱが作るまかない料理」のほうが、まだマシだ。食べれるからな。
そんなことを考えていたら、ちょうど目の前を走る(自己紹介されていないから名前は知らない)中年女が、立ったままでいる俺に気づく。
「こんなところでボヤッと立ってるんじゃないよ! アンタも手伝いな!」
いつもなら嫌味のひとつも言われそうなものだけど、女にそんな余裕はないらしい。
「あの、今日は何かあるんですか?」
「何を呑気なことを言ってるんだい! このお屋敷に『四季姫様』が来られると先触れが入ったんだよ!」
「ええ!?」
「いいから早く手伝いな! 人手が足りないんだ!」
手伝いといっても、何をすればいいのかいまいち分からない。古参の人間は雑用くらいしか仕事をもらえなかったせいで、現状何が足りないのかが分からないのだ。
それでも先輩たちから仕込まれた「仕事の進め方」は体に染み付いている。他の人から怒られない程度に、俺は動くことができていた。
それにしても、四季姫様がここに来られるような儀式や行事があっただろうか?
小太りの現当主と、やたら派手な奥方は満面の笑みで玄関ホールで出迎える準備をしている。
そりゃそうだ。四季姫様がご訪問されるということは、貴族界の中でも名誉なことなのだから。
屋敷の者全員が門の前に並ぶ中、青色の馬車が止まる。
並走していた騎士様たちが馬からおりて、馬車のドアを開けて四季姫様を出迎える。エスコートするのは銀髪の騎士様だ。
あれ? この人、どこかで見たような……。
「出迎え感謝する」
凄まじいほどの美貌をさらし、宝石のような紫の瞳を煌めかせている騎士は、誰でも見れば分かるくらい初代様の血を色濃くひいているのが分かる。
現当主夫妻が息を飲むのに気づいたけど、俺はそれどころじゃない。
(……ジャスター兄さん?)
遠縁の親戚で、幼い頃よく遊んでもらって兄のように慕っていた。そして、初代様がよく話を聞かせてくれていたジャスター兄さんが、騎士服を着て四季姫様をエスコートしている。
よく似た別人な訳がない。きっと兄さんのことだから、ちゃんと知らせは出していただろう。それを放置していたか忘れていたか……。
初代様が後継者に悩んでいたのを思い出し、俺はため息を吐きそうになったその時。
周囲に咲き乱れる花と、風にのって鼻腔をくすぐるのは『春の花の香り』だろうか。
屋敷の者たちが皆うっとりとした表情になる中、銀の騎士につき従われる愛らしい少女が歩いてくる。
いや、少女のようだけど、歩く姿勢や騎士に手を置く仕草はどこか大人びて見える。
「なんと……儚げで愛らしい姫なのか……」
「青の色をまとってらっしゃるということは、この方が異界の姫様なのね!」
「騎士様、かっこいい……」
初代様を知らない者たちが騒つく中、なぜか動かない当主夫妻を素通りした春姫様は、ジャスター兄さんと他の騎士を引き連れて静々と屋敷に入っていく。
え、ちょっと、なんで誰も先導してないの!?
慌てて姫様たちを応接室へと案内しようとすると、ジャスター兄さんに止められる。
「アレを動かしておきなさい」
紫に光る目線を辿れば、あんぐりと口を開けっぱなしの当主夫妻がいた。
初代様から当主が代替わりして最悪な毎日だったけど、なんだか面白いことになりそうだ。
この流れに乗って、特等席で面会の様子を見学させてもらおう。今の(真っ白になっている)当主夫妻にならバレないだろうし。
ところでこの間抜けな二人の口、どうすれば閉じるんだろう?
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