103、挨拶(戦闘)準備をする姫
お茶を堪能している私に、ジャスターさんからSOS。
せっかく見ないフリをしていたのに……。
「我が愛しの姫君……どうか、この阿呆爺エルフの話を聞いてもらえますか?」
「お断りします!」
「姫君ぃぃぃ……」
だってジークリンドさん、すごく幸せそうな顔でジャスターさんの胸元にスリスリしているんだもん。
うん。わかるよ。
ジャスターさん意外と胸板が厚いよね。あといい匂いするし。
自分の血……特にエルフの血を色濃くひくジャスターさんが、かわいくてしょうがないんだよね。
わかる。わかるよ。
「ジャスターさん、孫を可愛がるおじいちゃんの愛情は、プライスレスなのですよ……」
「ぷらいすれすというのが何かは分かりませんが、絶対に本来の意味で使ってないでしょう?」
「え? そんなことないよ? お金に換えられないっていう意味だから、それが真実だよ」
「なおさらタチが悪いですね」
ジークリンドさんに抱きしめられてスリスリされながらも、冷静にツッコミを入れてくるジャスターさん。
うん。カオスだね。
「わかりました。お二人の話を聞きますので、いったん落ち着いてください」
何があったか、だいたいは分かりますけど。
私は断腸の思いで、手にとったマドレーヌをお皿にそっと戻した。
「ジャーたんだけじゃないよぉ。春姫たんも一枚噛んでいたんでしょ?」
「ええ、そうですね。噛んでいるというよりも、私が提案しました」
ふくれっ面がやたら似合う美老エルフを目の前に、私はすっくと立ち上がって仁王立ちになる。
そう。私は怒っているのだ。
「私はこの世界において、騎士や塔の関係者は皆『家族』だと思っております!」
「は、春姫たん?」
「ここに、ジークリンドさんのご家族はジャスターさんしか居ないかもしれません。ですが、勝手ながら私も貴方を家族だと思っております!」
「それは……すごく、光栄なことだねぇ」
「いいえ! ジークリンドさんは、分かってないのです!」
スタスタと歩いてジークリンドさんとの間を詰めた私は、そのままガバチョッと抱きついてやる。
このエルフおじいちゃんに、思い知らせてやるのだ。
「え、ええええ!? ちょ、離れて!! レオ君に殺されるぅ!?」
「ふははっ、騎士は姫に抵抗することはできないと、レオさんから教わってますからね! 逃げられませんヨ!」
「何を教えてるんだよぉ!! レオ君!!」
老いたとはいえ、しっかりと鍛えられているジークリンドさんの胸板を堪能しながら、私は早口で話し続ける。
「家族が嫌な思いをしたり、辛い思いをしたら、なんとかしようと思うでしょう?」
「……そう、だねぇ」
「ましてや毒を盛られたなんて知ったら、家族の危機に動かないなんて、ありえないと思いませんか?」
「……」
抵抗しようとモゾモゾ動いていたジークリンドさんだけど、私の言葉に動きを止めていた。
「姫君、自分はずっと、お側におりますからね」
「ジャスターさん……」
「春姫たん、じぃじだってジャーたんと一緒に側にいるよ。孫娘みたいに愛らしい春姫たんを、絶対に泣かせないと誓うからね」
「……ありがとうございます!」
美麗エルフ男たちに負けないように笑顔でお礼を言ったところで、ふわっと体が宙に浮かぶ。
「よーし、話は終わったな! さっさと行くぞー!」
「ちょっとレオさん! おろしてくださいー!」
湖の向こうに見える山に、私の叫びは「やまびこ」となって響き渡るのだった。
山の麓に広がるのは高地で、酪農が盛んであるという。
傾斜のある土地に寄り添うように、家々が建ち並ぶ町が見えてきた。
「わぁ、ヤギが歩いてる!」
「街で家畜が放し飼いにされているようですね。姫様、馬車を出るときは、敷物をしいてもらいましょうね」
どこのマハラジャだよ。別に動物の落し物があっても気にしないのに……もしや、サラさんは潔癖症なのかな?
あ、でもこれ……。
「敷物、よろしくねサラさん」
「かしこまりました」
この靴はお気に入りだから、できれば綺麗にしておきたいやつだった。あぶないあぶない。
「あれ、領主様?」
「違うよ、あのかたは元領主様だよー」
「それにしては若すぎる!」
「まさか、青い騎士服を着てらっしゃるのは……」
「ありえない……!!」
噂をしているのは若い子たちなのだろう。
他の大人たちは、私のいる馬車に頭を下げながらも、けして関わろうとはしない。
いや、関わるとか以前に、馬車と並走する、馬に乗ったジャスターさんを見るその目はひどく怯えているようだ。
「閉鎖的、なのかな?」
『ハナ……』
「アサギ、起きたの? 最近ずっと寝てたね」
ジークリンドさんの知識によると、アサギは数年ほど「生まれたて」状態らしい。長いと数日寝ていることもあるから心配していたけど、どうやら成長するために必要なことみたいで安心している。
『変な気配を感じたから、起きたの』
「変な気配?」
『ハナを守るの』
寝起きでフニャフニャしながらも、私のことを心配してくれるアサギがかわいい。
レオさんたちもいるから大丈夫だと思うけど、何が起こるか分からないし一応警戒しておこう。
「騎士様たちにお伝えしてきます」
「うん。そのほうがいいかも」
アサギの動物的?な何かがあるかもしれないからね。
今、身に付けているのは訪問着だ。
公式行事に参加するものの簡略化された姫用の服とのこと。
ちなみに歴代の『春姫』が、公式行事に参加したことはない。
しばらくすると馬車が止まり、ジャスターさんが扉を開けてエスコートしてくれる。
「姫君、本当に顔は隠さなくてもよいのですか?」
「はい。ちゃんとご挨拶したいので」
傭兵のおじさんたちは、すでに宿で酒盛りタイムに入っているらしい。まだ日は高いのに。
私の顔、おじさんたちには知られても構わない気がする。
でも先のことを考えると、病弱姫の存在はまだまだ必要なのだ。
さて、いきますか。
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