102、おいしい紅茶とお菓子は癒しです
この世界は、やたら山が多い。
国の境目に山があるのはなんとなく分かるけど、平地というのが少ない気がする。
「地学の研究者は、火山が多かったようなことを言っていたねぇ」
「なるほどー」
砂漠越えをせずに迂回した先に、小さな村があった。
儀式の行軍は終わりとして、村の人からの歓待は辞退させてもらっている。
毎度のことながら、春姫は体調を崩して馬車にいる設定だ。
私はサラさんとお揃いの動きやすいワンピースを着て、皆と一緒に食事をとっている。小さい規模の村に宿はひとつしかないから傭兵さんたちは野宿することになってしまった。あとで村の名物だというお酒を差し入れしておこうと思う。
必ず騎士をひとりつけてもらっている私は今、ジークリンドさんと雑談とみせかけた講義を受けている。
私は講義じゃなくて雑談がしたいです先生。
「知識は得ておいて損はないよ。春姫たんも苦手だからって逃げていたらダメだよ」
「はぁーい」
逃げちゃダメですね。
講義を受けながら、これからいく道すじを考える。もしかしたら気づかれているかもだけど、これから私たちが通る場所のひとつにジークリンドさんの家が治めている領地があるのだ。
事前に話し合っていたのだけど、ジャスターさんは傭兵団に家の調査を依頼をして、集まった情報を『鑑定』してあらかた状況を割り出していた。
ちなみに傭兵団には情報を集めることができる人材もいて、事務方だったジャスターさんはそれらの取りまとめもしていたそうだ。なんだか忍びの者みたいで格好いいよね。
「南の方には、今もなお火山が活動しているところもあるんだよ。そこには温かい水が湧いていて、体にいいからと飲む人もいる。すごく不味いって評判なんだ」
「そういう評判のものって、どれだけ不味いのか確かめたくなりますよね」
「え、不味いのに飲みたいの? 春姫たん、変わってるって言われない?」
エルフの中でトップクラスの変わり者と名高いジークリンドさんに言われるのは、解せぬ。
「夕飯が終わったら宿に戻ります。ジークリンドさんはどうしますか?」
「レオ君とジャーたんが宿の警護に入るみたい。じぃじはキアラン君とここ周辺の結界を確認してくるよ」
「見回り、お疲れ様です」
もう何度目になるだろう、外で食べるのも慣れてきた。
暗い中、焚き火を囲み皆でワイワイ食べるのは楽しいけれど……なんとなく子どもの頃にキャンプしたことを思い出して、懐かしくて少し寂しい。
「春姫たん?」
「ジークリンドさんは、どういう子どもだったんですか?」
「えー、そうだねぇ……夢見がちな子どもだったかなぁ」
目尻のシワを深くして微笑むジークリンドさん。この表情の時、亡くなった奥様のことを思い出しているとジャスターさんから教わった。
「また今度、教えてくださいね」
「そうだね。また今度ね」
秋姫のいる塔周辺ではカラッとした風がふいていたけれど、ここは森もあるせいか少し湿った空気が流れている。
宿の人が「春姫様がいらっしゃるからか、牛の乳の出もいいし鶏もたくさん卵をうんでくれた」と言っていたけど、それは関係ないと思うよー。
「それでいいのです。姫様の評判が良いに越したことはないのですから」
「んー、よくなりすぎても困るというか……実際の私を見て、ガッカリされちゃうだろうし……」
「姫様は自己評価が低すぎるのが問題ですね。どうしてくれましょう」
たくさん卵がとれたからと、サービスにもらったチーズオムレツをもぐもぐしている隣で、サラさんが不穏な言葉を呟く。いやいや、どうもしなくていいから。
「そ、それはともかく、作戦はうまく進んでる?」
「もちろんです。キアラン様が問い合わせていた件も、王都から返事がきたとのことです」
「よし。これで準備万端だね。ナジュム君の体調は大丈夫?」
「昨日よりも体調がいいです。ありがとうございます春の姫様」
こう見ると、彼はずっと本調子じゃなかったことがわかる。それなのに、レオさんから訓練受けたりしていたんだよね。ほんとこの子、どれだけ体力あるのか怖いんですけど。
「姫さん、そろそろ出発するぞー」
「レオさん、ジークリンドさんはどこですか?」
「今日は傭兵のオッサンたちと一緒にいる。最後尾にいるはずだ」
「了解です!」
「あー、気合いを入れるのはいいが、ほどほどにな」
鼻息をフンスフンスふかしていたら、ジャスターさんにクスクスと笑われてしまった。
「筆頭、今日はずっと姫君の側にいてください。こちらで出したカードによって、あちらが思わぬ行動に出る恐れがありますから」
先頭はキラ君、馬車の両脇にはレオさんとジャスターさん、最後尾にジークリンドさんという布陣をしいている。
そして地元の人たちが切り開いたという山道を進み、やがて平地に降り立つ私たちの前に広がっていたのは、大きな大きな青い湖だった
「すごい……空が映ってる……」
前の世界に湖に景色を映した「逆さ富士」とかあった。実際に見たことはないけど、もし見る機会があったらこういう感動を得られたのかもしれない。
「姫君、しばらくここで休憩としましょう。宿泊する町には夕方に入れば良いようにしておきます」
「はい! よろしくジャスターさん!」
「せっかくの景色ですから、秋姫様からいただいた紅茶をいれましょうね」
「ありがとうサラさん!」
「ふふ、姫様が元気そうで何よりです」
嬉しくて、つい返事に気合が入りすぎてしまった。お恥ずかしい。
秋の塔で寝落ちしてから、私の体調を心配しすぎるくらい心配してたサラさんだったから、これで安心してもらえたかもだよね。結果オーライってやつだ。きっと。
ナジュム君とキラ君も、楽しそうに景色を眺めている。
レオさんは傭兵のおじさんと何かを話していて、ジャスターさんはジークリンドさんに抱きつかれている。
ん? 抱きつかれている?
「姫様、お茶がはいりましたよ。お茶菓子はモーリスのマドレーヌです」
「マドレーヌ! はぁ、紅茶にすごく合うやつだぁ……」
ほのかに柑橘系の香りがするマドレーヌは、最近のお気に入りだ。
これに秋姫からもらったアールグレイっぽい香りのする紅茶が、もう、たまらない。
「おいしい……はふぅ……」
目の端に涙目のジャスターさんが見えた気がしたけど、サラさんが「もうひとつどうぞ」とマドレーヌを出してくれたから、まぁいいかってなった。
はふぅ……おいしい……。
お読みいただき、ありがとうございます!
アルファポリスさんで、ファンタジー大賞にエントリーしているのですが
なんと、現在33位に!!
100位以内という目標をキープできております!!
応援ありがとうございます!!
(初日より順位が落ちているとか、見ないふりですw)




