96、騎士の心とは
呆然とした表情の美少年。
彼のピンク色の髪がふわふわ揺れている。
「おことわりします」
大事なことだから、何度でも言おう。
私はこの子を騎士にしません。
「騎士にして、もらえないのですか?」
「はい」
「なぜですか?」
「はい?」
ピンク美少年は、本当に分かってないらしい。これは責任をとってもらおうと、私は真後ろにいる(むしろ私のクッションになってくれている)レオさんをヴェール越しにジッと見る。
私の視線に気づいたレオさんは、やれやれとため息を吐きながら美少年に問いかける。
「逆に問うが、お前はなぜ春姫様の騎士になりたいんだ?」
「それはもちろん、師匠が春姫様の騎士様だからです!」
「はっはっは、そーか、そーなのか」
笑顔のレオさんは、支えていた私をそっと後ろに立たせると、跪く美少年の頭を思いっきりグーで殴った。
「いっ、痛いです師匠!! めちゃくちゃ痛いです!!」
「そうか。ここまでの愚か者も、痛みくらいは分かるものなんだな」
「……え?」
美少年は、ここでやっとレオさんが怒っていることに気づいたみたい。
うん。私も今、気づいたんだけどね!
「俺は、もう二度と四季姫様の騎士になるまいと思っていた。けどな、俺は姫さんに会って変わった。絶対に守りたいと思う人ができて、それが姫さんだった」
「守りたいと、思う人……」
「お前、なんで姫さんの騎士になるのに、俺が理由に出てくるんだよ。おかしいだろ」
レオさんの冷たい視線が美少年に突き刺さる。あれほど素質があるとかわいがっていたのに、えらい変わりようだなって思っちゃう。
戸惑う私に、そっと近くにきたジャスターさんが解説してくれる。
「かわいがっているように見えたとは思いますが、筆頭はそこまで甘い人間ではありませんよ。ましてや姫君の『筆頭騎士』として、ここに在るのですから簡単に弟子なぞ取りません」
「え? あの子はレオさんの弟子じゃないんですか?」
「師と呼ばせていても正式なものではないでしょう。筆頭は少年の恩寵に興味があったようですし」
「え……それはそれでかわいそう……」
「彼は砂漠を越えることが第一目標であり、筆頭の訓練も参加できたのです。これ以上の報酬はないと思いますが」
銀縁メガネを指でクイっと上げたジャスターさんは、なかなかに容赦ない。
そして、ジャスター解説員から説明を受けている間に、レオさんは少年を傭兵さんたちに任せて私のところに来た。
「姫さん、色々と嫌な思いをさせて悪かった」
「え? いや、別に私は何も……」
「あのちっこいの(アサギ)が、俺のところに来なくなっただろ?」
「ふぇっ!?」
ま、まさか……!? 私の美少年に対する嫉妬心がバレた……だと!?
「姫さん、怒ってたんだろ? 護衛もろくに出来てなくて、ジャスターとキラと爺さんに任せっきりだったからな」
「怒って、いた?」
「いや、俺も怪しい恩寵を持っている奴は、こっちの味方につければ悪いようにならないと思っていたんだ。けど、まさかアイツが騎士にしろって言うとは……」
「はぁ、そうですねー。怒っていたかもしれませんねー」
「アイツは根は悪くはないと思う。恩寵を悪用することはないだろうから、安心してくれ」
「はぁ、そうですかー」
思わず脱力してしまう。
だって、レオさんのことを色々考えていたのは結局、私だけってことじゃない。
楽しげに尻尾をフワフワ振っているアサギ。
懸命に光の音符を追いながら、儀式の曲を奏でる私。
知っている曲だったのか、歌で応援してくれるジークリンドさん。
「歌があると、すごく弾きやすいです!」
「今回の儀式は、かなり古い歌が出ていたね。ここで季節を定めるのも、百年単位で久しぶりなんじゃないかなぁ」
レオさん、ジャスターさん、キラ君は、それぞれ顔を見合わせている。彼らは知らない歌だったみたい。
私は毎回ほぼ初見だけどね!
「つまり、儀式の頻度で曲が決まることがあるってことか?」
「そうだと思うよ。まぁ、四季姫様の最初の儀式は必ず『はじまりの歌』になるはずだけど」
「ああ、確かに最初の姫さんは『はじまりの歌』だったな。俺らも歌ったし」
「そうですね」
ジークリンドさんの見解に、レオさんとジャスターさんはうなずく。
キラ君は途中参加だったから、知らないのはしょうがないと思うんだけど、なぜかえらい落ち込んでいる。
「キラ君、大丈夫?」
「……気にしなくていい」
アンニュイなキラ君は、さて置いて……。
今回の儀式は、すんなりと終わった。
なぜならば百年以上前の古い歌を、ジークリンドさんが知っていたからだ。
春姫の儀式で使うのは、ピアノのような箱型の楽器だ。
それをミスがないように弾くことが『四季姫』にとって必要なことだと思っている。
だがしかし!
儀式の時に騎士が歌ってくれていると、ミスしたとしても判定が甘くなるのだ。
音ゲー(音楽にのせてコマンドを打つゲーム)にもあるけれど、タイミングよく打てなくても打てたことになる、アレだよ。アレ。
馬車に乗り込んでひと息ついていると、レオさんが声をかけてくる。
「じゃ、そろそろ町に行こうか。儀式に成功したんだから凱旋しないとな」
「凱旋……」
「気になるなら、顔をヴェールで隠しておけばいい。俺らも馬に乗って馬車を隠すようにする」
「ありがとうございます!」
ひらっひらな春姫の正装ドレスだから、人前に出るのがとにかく恥ずかしい。レオさんたちの前でも着たくないドレスなんだけど、時と場合によってしょうがないと思っている。
その「時と場合」が、儀式成功時の凱旋パレードだった。(ばばーん!)
「お似合いですよ、姫様」
「ありがとうサラさん。でも、こういうのは何度やっても慣れないよう」
馬車の中とはいえ、人前に出るのだからとサラさんが化粧とかしてくれる。身なりを整えてくれる人がいてくれて、本当にありがたい。
馬車が走る通りには、たくさんの人が詰めかけている。
窓から見える景色には、遠くのほうに真っ白な塔が見えていた。
「次は、秋姫様の塔に行かないとね」
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