燃えるゴミと安全な高台
「あの、人間のなり損ない。人を裂いて食う奴ら……端的に言えば化け物はな、元は人間なのさ。」
にん……げん?あれが?人を食べてるのに?え?いや………そんなのありえちゃだめだ。
「あり得るんだなこれが。奴らは元々人間なのさ。………魂が感化されて、あんな化け物になる。」
「感化?」
「ああ、外側からとある刺激を受けるとな、奴らの魂が肥大化するんだ。そして……肉体が、その魂の重圧に耐えきれなくなって、願望に叶った肉体に変化していくんだ。」
あの鉤爪は……人を裂きたいという願望が生み出したというの?あの異様に長い手足は、逃げる人間を捕まえやすくする為?………全ては、人を壊したいという願望から………
ブルッ
寒気がした。夜とはいえまだ夏なのに……毛が逆立つ。元々人間だった彼らが、その真っ黒な願望を膨らませたせいで殺人鬼と変わった。貪欲で底のない、ヘドロのような思惑があれを形成したんだ。………私も、あれになり得るってこと?
「魂が全てを支配するんだ。肉体という檻は武器となり、願望というものはエネルギーとなる。濃くて強い願望はさらなる力を生み出す………あの夜倒したジャンクは小物だった。欲が少なくて不味かったなぁ。……まぁ、肥大化されてる分、普通の奴よりは腹持ちは良いんだが………」
「…………………」
私は、彼の話を無言で聞いていた。
油みたいに噴き出す汗が、なんとも気持ち悪くて私は言葉を出さずにいた。
どこまでも落ちていく陽の光。隠れてしまってもう見えないが、私の心も多分あれと同じように落ち込んでいるに違いない。
「………人間なのに、よくジャンクなんて言えるね。」
ずっと無表情で喋り続ける雫を見て、私は苛立った。まるで人の命をゴミみたいに………許せなかった。
「まぁなぁ……ああなっちまったらゴミだからな。燃えるゴミとなんら変わりはねぇ。」
パァン!!!
私は思いっきり雫の頬っぺたを殴っていた。もうとっさに、勝手に手が出ていたんだ。
「……なんだ、怒ったのか?」
「怒らない方がおかしいでしょ!!元は人間なのにっ!!」
ジャッ……
ヒリヒリ痛む拳を振り上げ、私は再度雫の顔めがけて振り下ろす!!
パシッ!!
しかし、雫はそれを容易く掴み、私の動きを抑えた。
「離してよ!!このっ……」
「………ふん。そうかい。」
パッ……
雫は少し笑うと、私の腕を掴んでいる手を離した。
「ここまで救いようがないなんてね!!見損なったわ!!」
「………別に見損なってくれて構わねーよ。」
なーにチビのくせにすましてんのよ!!このゲス!!外道が!!
「ただよ、お前だってあれが人間だって知らなかったら、どこまでも毛嫌いしてたよな。まるで人ではない、化け物みたいに………」
「うっ……そ、そうだけど!!」
「ジャンク……お前はその言葉に納得していた。それは紛れもなく、お前はあれをゴミと認めていた証拠じゃねーの?」
「つっ………」
………否定ができない。確かに私は、その言葉に寂しさを覚えるも、納得をしていた。人間のなり損ないで、死んでしまった方が嬉しいとまで思っていた。………でもっ!!でもでも!!
「…………はっはっ!!なーに、落ち込むことはねーよ。人間そんなもんだ。殺そうとしてきた正体不明なんてのは快く歓迎できないもので、お前は正常さ。」
雫は笑いながら、私を励ましてくれる。
正常………多分そうなのだろう。知らなかったとはいえ、あの反応をするのは当たり前なのだと思う。………でも、知ってしまったら…………
「………知っちゃったら、認めてあげないと……………」
「…………………」
元は人間なら………否定ばかりしていられない。元は同じなのだから………
「………はぁ、25人だ。」
不意に、彼が口を開いた。ビルの上の赤色の光を眺めながら………
「お前みたいに甘ったるい言葉を吐き捨てて、結局、奴らを憎むようになった人間の数だ。」
「そ、そんなのやってみなくちゃ!!」
「分かるよバカでも。……実害が出てからが本番だ。良いか?これ以上深く関わって、奴らを人のように扱い続けたら、お前は確実に死にかける。もしかしたら、お前の友達も酷い目に合うかもな。」
………智美が?……まさか、智美は私よりも賢くて危険には首を突っ込まない人間だ。私ならともかく彼女が被害に遭うなんてそんな………
「………お人好しは安全なところから手を差し伸べる。なぜなら危険に踏み込んだら、そいつは善人ではいられないと知っているからだ。………もし善人でいたいなら、俺から離れることだな。もう一度言うぞ。実害が出てからが本番だ。」
「………誰があんたの思い通りになるかバーカ!!」
私は舌を出して雫をバカにした後、急いで屋上の出口に向かった。
「………その言葉も、25人目だな。」
「つっ!!」
ガシャーン!!
私は急いで扉を閉めた!!
「なーにが25人目だよバーカ!!私はやると言ったらやる人間だ!!そこらへんの偽善者達と同じにするなよアホンダラ!!チビ!!偏屈!!なんかこう……言葉にできないけど生意気な髪型!!」
私はプリプリ怒りながら、暗くなった廊下をズンズンと歩く。
ふん!!腹が立つ!!
大体あれだ!まだ本当に自殺しているかどうかなんて分からないじゃないか!ええ!?本当にそんなことが起こってたら、情報通の私や智美の耳に入っていないわけがない!!女子の情報網なめんじゃないわよ!!スパイダーよスパイダー!!素通りしようとした情報を絡め取っちゃうんだからね!!
タタタッ…………
「………ん?」
なんだ………足音が聞こえたような…………
ヒュゥーー………
チカッ……チカッ……
思い出した。今、夜の学校に一人でいるんだ私。
新しいとはいえない校舎の隙間から風が漏れ出し、口笛のような音を奏でている。蛍光灯も古いのだろうか……両端が黒ずんでて、点滅とはいえないまでも、明かりにむらがあった。モワモワっモワモワって感じ。
「……………」
急に怖くなった。とてつもなく怖くなった。
いや、だって、こんな時間帯に足音って……部活動?………いやいや、下校時間もうとっくに過ぎてるし…………それに、化け物のことも………
「…………ふっ。」
私は両手を腰に添え、地面を見つめながら鼻で笑った。
「あははははははは!!!」
そして高らかに笑った。もう、肺がはち切れんばかりに。
「……………」
おーし、大丈夫だ。問題ないよぉ。何も問題ないよぉ。夜の学校に一人いるだけだ。何も焦る必要はないよぉ。
こう、深呼吸して前を見ながら歩けば………そう、家にご馳走が待っていると思うんだ。例えば…………
「おい、何もたもたして」
「北京ダック!!!」
パシーーン!!!!
「ウォォォおおおお!!!私はジャンボジェット!!!誰よりも速く!!!」
私は後ろを振り返ることなく全力で走って逃げた。
ふんっ、お化けめ。不意打ちで1発かましてやったわ。人間様に恐れひれ伏すがいい!!あっはっはっはっ!!!………もうやだぁぁあああああ!!!
「………やっぱバカだな。」
雫は一人、アヤが走り去っていくのを眺めていた。
………しかし、あそこには嫌な臭いが残っていた。
雫は屋上の事を思い出しながら、天井を見上げている。
体液、血液、尿……吐瀉物。拭い去ろうとしても、俺の嗅覚はごまかせない。あそこで確実に首吊りがあった証拠だ。
首は切れてないから………かなり太め。荒縄?………学生が簡単に手に入れられる物なら………バスタオルを何枚も重ねたものだろうか。
どっちみち、こりゃあ化け物の仕業だ。しかもよりにもよって[思念型]か……犯人探しが難航しそうだな。
雫は考え込みながら、その場を後にした。
「………………」
「………………」
「………………」
「…………どうしたのアヤ。」
翌朝。私は登校するとボンヤリと黒板を眺めていた。それを見かねた智子が尋ねてきた。
「………怖くてねれなかった。」
「……………」
「夜の学校怖い………」
「子供かお前は。」
あの後怖過ぎてねれなかったんだよぉお!!だって夜の学校に響く足音だよ!?肩叩かれたんだよ!?……死ぬわそんなの!!
「………………」
なのに!!雫は淡々と授業の準備をして筆箱からボールペン取り出して真面目を装っている!!私と同じように怖がって寝不足になっちまえ!!
「もう本当夜の学校怖いぃぃい!!!もう絶対一生あんなところ行きたくないよぉおお!!!」
「ああはいはい。怖かったねー。慣れてないことはするもんじゃないよー。」
「………子供かよ。」
「子供ですけどぉ!?」
「じゃあ夜更かしなんかせずに寝てろ。」
「怖かったんだよもぉぉおお!!!チビ!!勘違いチビ!!頑固一徹!!」
私は智子に抱きつきながら、雫に思いつく限りの罵声を浴びせる。
「………ねぇアヤ。もうあんな危険なことしない方が………」
危険なこと………
昨日の言葉が蘇る。化け物のこと……元は人だったこと………ここで逃げ出したら、雫に笑われてしまうじゃないか。「結局偽善者じゃないか」と、笑われてしまう!
「絶対やだ。雫をボッコボコにして私を認めさせない限り諦めない。」
「!!!」
「ん?なに驚いてるの智子。私の性格知ってるでしょ?私はやるって決めたらとことんまでやるんだよ。」
「そ、そうだけど…………」
「危険だろうとなんだろうと、私は自分の信じた道を行く。私は偽善者じゃないとこいつに認めさせるんだ。」
「………………」
無言の智子を尻目に、私は授業の準備を始める。
今に見てな……そのすまし顔をギャフンといわせてやる!!
「うぅっ……気分悪い。」
「どうした。もうノックダウンか?」
全ての授業が終わり、帰宅時間になって私はグッタリとしていた。
それもそのはず。そもそも私は勉強が苦手でついていくのですらやっとなのに、この連日の徹夜だ。もうね、授業で起きているのがやっと。ノートなんてもう………うわーー。「アリの歩行の方がまだ綺麗な軌跡を描くよこれ。」って言いたくなるぐらいグチャグチャだ。
………これも全てあの男のせいだ。泣かせたる。
「家帰ってちゃんと寝るんだな。」
「なっ………どこ行くのよ!」
教室から出て行く雫の後を急いで追って並んで歩く。
「情報収集。」
それだけ言うと、雫はのんびりと歩いて行く。