星空の物語
「………おく、屋上!?あんたバカじゃないの!?」
初見から頭おかしいと思っていたが、まさかここまでバカだったなんて!!
「バカなのはお前だ。」
「いいえぇぇ!!バカって言う方がバカなんでスゥ!!」
「じゃあなおさらバカだろお前。」
むぐぅっ!!このむっつりどすけべ野郎!!ああ言えばこう言いやがって!!性格の悪さがにじみ出てるよ本当に!!
「〜〜っ!!いい!?屋上でね、人死んでるんだよ!?それなのにわざわざこんな時間に行くなんて不謹慎でしょ!!」
「ほーう?お前がそんな漢字を使えるなんて驚きだな。頭中学生と褒めておいてやるよ。」
「高校生だわい!!」
ガンッ!!!
「〜〜〜〜っ!!!」
殴った拳が悲鳴をあげる!!忘れてたぁ!!こいつ鉄みたいに体が硬いんだった!!
「本当バカだなお前。」
そう言うと、雫は屋上に向かって歩き始めた。
「なっ、ちょっと待ってよ!」
「………なんでだよ。お前がいたら邪魔なんだ、どっか行ってな。」
「邪魔ぁ!?この私のダイナマイトバディーを見て安らぎを得てるくせに邪魔とはなんだ!!」
「ダイナマイトで更地になっちまったのか。かわいそうに。盛り土用の資金でも融資してもらうんだな。」
「…………後で泣かしてやる。」
「泣いてちゃ世話ないな。」
くそーーっ!なんだこのチビはっ!身長と一緒に心まで未発達なのか!
私はプリプリ怒りながら、雫の後を追う。
「………本当についてくるのか?」
三階の床を踏んだ時、雫が聞いてきた。
夏場だからだろうか。まだ沈みきってない陽の光が窓から差し込んできていた。少し汚れた床に影が染み込み、ブレていく。
「………そりゃあ、ここまで来たからね。」
「………とことんまでバカだな。」
カーンカーン…………
雫が立ち止まった。そして、私の方を向いて口を開く。
「おまえ、見ただろ?あの化け物達を。」
あの夜の化け物がでてきた。人とは思えないほど、目がギラついていて、樹皮みたいに皮膚が荒れていた。生ゴミが捨てられた沼地みたいな匂いと……血の輝き。
「………う、うん。」
「いいか、俺は今学生ってのをやってるが、本来の仕事はああいう化け物をぶっ殺すことだ。当然危険がつきまとう。お前なんかを守っている暇はないんだ。……ふつうに死ぬぞ?」
元から温かみのない雫の目が更に冷えていく。氷……血の通っていない人形みたいだ。
「………ふ、ふん。出るってわかってたらなんも怖くないね。走って逃げてやる。私の脚力はこの街1番だからね。」
「ふーん……俺よりも遅かったのにか?」
「………あんたが来たから2番よ。悪い?」
「…………情けねぇな。」
………後で必ず泣かせてやる。それはもう、ド派手に。………隙をついてフライパンでぶん殴ってみるか?
「まっ、それなら良いさ。後悔しても知らねーからなぁ。」
「私は前しか向かないから後悔したことないんだよ。」
「………それは、気の毒だな。」
悲しそうな顔を私に向け、雫は上へ向かっていく。
何が気の毒さ!私のこの超ポジティブをバカにしないでもらいたいね!
私も後をついていく。………ああ、でも、そうだ。
「………それに、放って置けなくてね。」
「……………そいつは、気の毒だな。」
誰に言ってるのかわからないけれど、それだけ言うと、雫は無言で駆け上っていく。
ギィィ………
何をしたのかよく分からないが、雫は鍵がかかった屋上の扉を開けた。
重たい扉を支える金属が音を立てながら、屋上への道が開かれる。
ブワッと流れ込んでくる新鮮な空気。その風圧に、私は目を細めてしまう。そして……次に流れ込んでくる夕陽の光が、私の心を刺激して…………
「はえっくしょん!!!」
馬鹿でかいくしゃみが出た。
なぜ、お日様を見ているとくしゃみが出るのだろう。凄く鼻がムズムズする。……これが鼻腔をくすぐるってやつ?………お堅い小説はよく分からないなぁ。マンガでいいじゃん。
「………手で口元押さえろよ。」
鼻からダラーンと鼻水を垂れ流している私を見て、雫は心底うんざりした顔で批判してくる。
「うるしゃい!私だってすぐに押さえようと……」
スッ……
雫がポケットティッシュを差し出す。
「汚いもの見せるな。」
「………なに?この私が、ハンカチティッシュにリィイップクリィィームを持ってない女子力ないダメ人間だとでもお思いで?」
「お思いだ。」
「まったく、これだから人間性のないガキは………ん?」
ん?あれ?家の鍵しかないぞ。………んん?
バサバサバサっ……
スカートをバサバサして、重たいものがないかどうか確認する。
「……………」
「………おら、使えよダメ人間。」
「……………」
「おら、女子力ないダメ人間。人間性のないガキから早く貰えよ。」
「……………」
「……………」
「………仕方ない、そこまで言うなら貰っておいてやろう。」
私はそれを受け取ると、思いっきり鼻をかんで、階段の方にあるゴミ箱に投げ入れてやった。
「…………で、何かあるの?ここ。」
「…………特になにもねーな。」
屋上をグルグルと歩きながら、雫がなにかを探している。
そんな中、私は街を見下ろしていた。
………発展しているとはいえ、山より高い建物はないんだもなぁこの街には………なんというか、悲しいなぁ。
誰かが自殺したという屋上。それにしては、風景が美しい。………あの太陽を捕まえようとして、落っこちてしまったのだろうか?………首吊りじゃあそれはあり得ないか。明滅を繰り返す街と、静かに影を落とす自然。自然と人工の闇が溶け合い、オレンジ色に輝いている。
………死ぬにしてはあまりにも美しい場所だと思った。
「………ねぇ。やっぱりただのデマなんじゃないの?こんな所で自殺なんて………まして、あの時の化け物が関係しているなんて信じられないよ。」
あの化け物がわざわざ人の首をくくって殺すなんて………そういう性癖にしたってあまりにもおかしいじゃん。
「……[わざわざ校舎に忍び込むリスクを冒してまで、人を自殺に見せかけて殺すのはおかしい]とでも言いたいみたいだな。」
「…………うん。さすがの私でも、それが変だってことぐらいわかるよ。」
…………あの、不気味な化け物を一度見たからわかる。あいつが人を殺したいと思ったら、そんな面倒くさいことをせずにさっさと殺すはずだ。………ある意味で直情的なんだ。
「……………」
黙って屋上の床を見つめている彼。ゴムなのかよく分からない材質のそれは、柔らかくって、なんとも居心地が悪い。
大体………おかしいじゃないか。部外者が校内に侵入するだけでも難しいのに、屋上にまで連れてきて……………
「………………」
「………………」
「…………嘘でしょ?」
「………犯人がいるとしたら、この学校の生徒だろうなぁ。」
ペチン!!!
私は雫の顔面に、思いっきりポケットティッシュを投げつけた!
「…………疑ってんの?」
「さぁねぇ………ただ、部外者が簡単に出来ることじゃないよなぁ?」
「………バッカじゃないの。本当かどうかも分からない噂の犯人を、私達だと決めつけるなんて………」
「安心しろ。お前はあまりにもバカすぎるから犯人だとは思ってない。」
………狂ってるとしか言いようがない。これならまだ、化け物が犯人だってことの方が受け入れられる。だって、私達子供が、人を自殺に見せかけて殺してるなんて………信じられるわけがないんだから。
「……化け物がやってるんじゃないの?」
「そうだな。多分化け物がやってるだろうな。」
「じゃあ校内生なわけが!!」
「化け物が生徒になりすましてるとか思わないわけ?」
「………………」
喉に氷が詰まったみたいに、苦痛と無言に苛まれた。
…………あり得ない。あり得るわけがない。あんな人間から逸脱した見た目の化け物が私達に紛れてるなんて………
「言っただろ?日中は人として紛れてるってな。誰も気づかないものさ。」
「………だ、だいたい、おかしいじゃん。あんな化け物がバレることなくこの世にい続けられるなんて………そんなに殺人を起こしてたらバレないわけが…………」
彼の発言の全てを否定したい。あり得るわけがないんだ。……いいや、あり得てはいけないんだ。だって、私達はそんな、剥がれ、ただれ、人を食っているケロイドみたいな人外と一緒に生活していたなんて………そんな…………
「……ああ、そういや言ってなかったか。」
雫は、私の心とは裏腹に、静止した水面のように淡々と口を開く。
「あいつら、元は人間なんだ。」
瞬間、私の物語は、紺碧の夜空と共に幕が上がった。