鼻塩塩
「どうぞ。」
「あ、ありがとうございます……」
女の人はお茶淹れてくれると、テーブルの上に差し出した。
私達は彼女に促されるまま、家の中に入ってこの、リビングと思われる場所に来ていた。部屋の中には、コップや写真立て、テーブル、ソファー、棚………普通のものしかない。
………でも、なんだろうか。時間が少し変だ。流れというのかなんというか………砂時計を見ている感覚に近い。時間が流れるんじゃなくて、[落ちていく]感覚。ずっとここにいたら時間に押しつぶされる………そんな気がしてしまう。
「それで……お嬢さん方は学校の方かしら?」
クリーム色のした髪をした女の人は、私達の前に座って微笑みかけた。落ち着きのある大人の女性………一緒にいて安らぎを感じる。
「は、はい。」
「そう……学校の人………本当にそれだけ?」
顎を一回、摩り、女の人は聞いてきた。
………?
「……どういうことですか?」
「ああ、今のなし。忘れて頂戴。」
私達が顔を見合わせて困った顔をすると、女の人は慌ててごまかした。
……それだけって、なんだ………昨日のあれとかが絡んでいるのか?
「しかし、転入2日目で早くもお家がバレるなんて初めてだわ………好奇心が旺盛なのね。」
「あ、……いやぁーーそれ程でもないですよ。」
「危機感に鈍感なだけなのに何いってるんだか………」
私が照れていると智子がツッコミを入れる。
ど、鈍感じゃないし!!過敏だから!!虫飛んできた時の超反応を舐めないでくれる!?
「ふふっ………面白そうな人で良かった。」
女の人は口元を手で隠して笑った。安堵が見える……それほど嬉しいことなのだろうか?
「………あの、もしかして貴女は雫君のお母さんなんですか?」
彼女のあの反応………我が子を心配する母親のようだった。だから私は聞いた。
「ああ、違う違う。母親なんてそんな大層なものじゃないわ。」
「………それじゃあ、彼女さん?」
「…………ぷっ、あははは!!彼女……あーーいいわね彼女!!くふふふふ…………」
女の人は自分の足を叩いて大声をあげて笑った。
………あの、最初のキャラが崩壊しているんですけど…………
「あ、…………」
私達が驚嘆の目で彼女を見ていることに気づいたのか、彼女は姿勢を正して柔らかく笑顔になった。
「……すいませんねぇ。あまりに面白くてつい。いつもはこんな感じではないんですが………」
「そ、そうですか…………」
これ以上詮索したら痛い目にあう。そう判断した私達はこの話題を追求しなかった。ただぎこちない笑顔を向けることしかできなかった。
「どうしたー夢華、大声で笑った……り………」
ガチャッ
雫が奥の扉を開けて中にこの部屋に入ってきた。片手にコーヒーを持ち、黒色のTシャツと白色の短パン。完璧に家着。ライフスタイルって感じ。
「ブフーーッッ!!」
雫が思いっきり吹き出した。コーヒーが手元から吹っ飛んだ。
「アッツ!!あんた何やってん……」
「なんでお前らがここにいるんだよ!!撒いたぞ俺は完璧に!!………夢華ぁぁああ!!てめぇだなぁああ!!!」
雫が夢華さんに詰め寄った!
ああ、あいつ昨日の通りなら夢華さんが危ない!
ギュゥウウウッッ
しかしそんな私の心配をよそに、夢華さんは雫の頰を思いっきりつねりながら立ち上がった。
「いでででで!!やめろ離せ!!伸びる!!」
「………夢華?」
「!!……夢華さん………」
雫が急に黙った。あの意地悪な笑みが消えた。
そして対照的に夢華さんは笑顔だが、言いようもない狂気を感じる。確実に怒らせてはいけない人間の1人だ。
「あんた300年も生きてるんだから落ち着きってものを覚えなさい。赤っ恥かくわよ……と言うかいまかいてるわね。」
夢華さんは雫から手を離すと、再度座り直した。そして、変わらず笑顔を向けてくる。
………怖い!この人は完璧に怒らせたらいけない人間だ!今わかった!
「ごめんなさいね、このバカが暴れてしまって。ひねくれているのよねぇ………」
「そ、そうですね………」
私は夢華さんに笑いかけながら、チラッと雫の方を見た。
「俺のサンクチュアリが……」
頬っぺたを押さえ、涙目で打ちひしがれている。あの雫がだ………夢華さん怖っ!
「さっきも言った通り私は雫のお母さんじゃないの。彼にも色々と複雑な家庭があってね……引き取っているんです私が。」
唐突に夢華さんは寂しい顔で話し始めた。
「それに私の事情で各地を転々としているせいで、ろくに友達も出来ない。……そのせいだとおもうんです、性格が捻じ曲がったのは。」
複雑な家庭………この男のことになると、その家庭というのがどれほど複雑なのかが想像できない。
奇妙な空間に作られ時間の流れが違う家、昨日の化け物、それを狩る雫。家庭にまでその疑いの目を向けてしまっている。
「………そうだ、えーっとあなたたちの名前は……」
「四矢倉です。」「智子です。」
「そう、それじゃあ四矢倉さんと智子さん、この子の友達になってあげてくれないかしら?」
ええ……友達ぃ?
「いやー……その、………私がここまで雫を追ってきたのは[復讐したるわ!]という意気込みからだから………えーっと…………」
「雫……謝りなさい。」
「はぁ!?何で俺がこんな奴の為に謝んなきゃなんないんだよ!!全部自業自得で」
「謝りなさい?」
「………すまん。」
「うふーー良いんですよぉ別にぃ。私そこまで気にしいてませんしぃ………寛大ですからぁ。」
「てめぇ!!いい気になりやがっ」
「雫?」
「……………すまん。」
オッホッホッホッホッ!!!その悔しそうな目つき最高!!!私のパンツ見て徹夜をさせようとした罰だ!!!しかと受け止めよ!!!
「雫も謝ったことだし、どうですか?友達になってくれませんか?」
「いいですよ勿論!!こんな情けない男ですけど友達になってあげますよ!!器が広いから私!!」
「…………割には胸ねーな。」
「「アァア!?!?」」
私と夢華さんが雫を睨みつけた。
「…………すまん。」
ペッ、これだから目の肥えてない男は嫌いなんだ。
「…………私は嫌です。」
私と夢華さんの2人で雫を睨みつけていると、智子が口を開いた。
「正直、未だに信じることはできないのですが、昨日のことがあって、私はなるべく彼に近づきたくないです。」
昨日のこと……化け物に襲われた奴か。
「何が何だか分かりませんけど、いままであんなことはありませんでした。それなのに、彼を尾行したら…………根拠も何もありません。でも、雫君と関わったらまた同じような目に合う気がして………」
「そうだそうだ、俺と一緒にいたら同じ目にあうぞ。だからささっと……」
夢華さんが雫の方に顔を向けると、彼は押し黙った。
「………確かに、彼とずっと一緒にいたらいずれあの怪物と出会うことになるでしょう。」
「やっぱり………それじゃあ……」
「でもそれは、昨日あなた達が向かった[廃墟]や、[廃れた場所]でしかあり得ません。そこ以外だったら、彼と一緒にいても何も起こりませんよ。私が確約します。」
「…………普通に生活していたら何も問題ないと?」
「そういうことです。普通にしていれば危害はありません。」
「……………」
なるほどぉ………しかし、そう言えばずっとひっかかってたんだけど…………
「あの怪物ってなんなんですか?それに、雫君のこともずっと気になってて………彼と付き合う以上、私達はそこら辺のことを知りたいです。」
「………そうですねぇ、何から話せば良いのやら。」
夢華さんは首をもたげ、顎を摩った。
「それじゃあ怪物の話からしましょう。お茶、なくなってますね。淹れてきましょうか?」
「淹れてください!」
夢華さんは笑いながら、この部屋を後にした。