正直者のサスペンス
息抜き
登場人物
・橘雫:齢300歳を超えるぱっと見小学生の人間(?)。魂を操る。
・四矢倉綾:主人公。学校で史上初めての赤点を取るほどのバカ。元気はつらつ!そしてバカ。
高速で車が走っている時に扉を開けて粉々に吹き飛んでみたいという欲求がある。どれほど危険であり体と車がグチャグチャになるのかを、身をもって理解したいという危険な好奇心。誰も理解してくれないけれど、私は理解したいんだその身に余る速度と衝撃を。もし理解できたのなら日常の速度に対する考えの変革が起きるに違いない。危険のその先にある進化に手を掴めるはずなんだ。奇は気であり危でもあり機ともなる。
だから私は車の扉を勢い良く開けた。
〜1時間前〜
「本当に現れるのかなぁ、その[夜のオーケストラ]。」
「知るか。嘘かもしれないし本当かもしれないしジャンクかもしれん。確認しなきゃ分からんだろ。」
いつものごとく夜の学校に忍び込み、今日の昼に仕入れた情報を頼りに私達は音楽室へと向かっていた。
「夜のオーケストラねぇ……音楽室にまつわる怪談話って結構あるよね。飾ってある絵の目が動くとか、ピアノを弾く音が聞こえるとか…………なんかそこらへん。」
「なんかそこらへんって大雑把だな、もっと具体的に言えよ。事象を端的に表現できることが動物と違う人間の強みだろうが。だからお前はいつまで経ってもバカなんだ。」
「本当そう言うところだよね!人として最低だよ!」
「そう言うところってどういうところだよ。具体的に言ってみ。」
「人の人間性をバカって言って否定するところですぅ!あれこれ言うだけで伝わる人間の素晴らしい理解力に期待してるんですぅ私は!分かるかなこそあど!?」
「俺がわからねーわけねーだろタコ。俺がどんだけお前に指示しまくってると思ってんだよ。」
「………なんで唐突に指示なんて言うんだよ。こ、こそあど言葉と関係ないじゃん。」
「知識がない人間ってのは惨めだな。こういう人間は一生誰かに指図されながらこき使われていくんだろうな、かわいそうに。俺ほどの人間が同情するほどとはまことに憐れだ。」
いいじゃん無知だって!そんなんどうとでもなるじゃん!知らないことよりも憶えることの方が大切なんじゃないの!?
「音楽室が怖いのは聞こえないはずの[音]が聞こえてしまい、人の存在を認識できてしまうからだ。いるはずのない人間を聴覚によって確認してしまい虚影に恐れているだけなのさ。………恐怖なんてものは存外、自分の心が産んだまやかしなだけだったりするもんだ。」
………なにハイソぶってんの。あんたはバカバカ言ってりゃいいんだよ。
「実際、[夜のオーケストラ]の内容もあやふやなもんだ。夜の音楽室から演奏が聞こえてくるだとか、大量の人間が音楽室から出てきて廊下を徘徊するだとか、話し声が聞こえるだとか、楽器が1人でに浮くとか、机に落書きされるだとか、その姿を見た人間は行方不明になりオーケストラの一員になるだとか…………」
「…………なんていうか怪談っぽくないよね。」
怪談っていうのは[これがこの理由でこうする]ってのがセオリーだ。口裂け女は自身の容姿にコンプレックスを抱いており、小学生に「私は可愛いか?」と問いかけ襲いかかって人を殺す。二宮金次郎像は前世の記憶か分からないけれどグランドをただ歩き続ける。………彼らの行動はシンプルであり設定された通りの行動をする。簡単に言うと彼らは[一つの物語]なのだ。生き物というよりかはシンプルな物語。そこから逸脱することはない。
「ああ、怪談というよりかは1つの存在だな。1つの存在が行動を起こした結果、怪談のようなものが生まれたみたいなんだよなぁ。[夜のオーケストラ]は俺からすればジャンクって線の方が濃い。」
「ジャンクが音楽室を根城に何か行動したから、[夜のオーケストラ]という階段が生まれたと?」
「…………それか[夜のオーケストラ]という怪談が元からあって、後から来たジャンクが何かしらの行動を起こしたせいで怪談がグチャグチャになったか………そのどちらかだ。」
「なるほどね、よくわかったわ。」
実はフワッとしか分からなかったけど。なんていうか……うまく説明できないけれどわかった気がする。
「………怪談はシンプルでジャンクは複雑だ。んで今回の怪談は?」
「よく分からないってことがよく分かった。」
「複雑ってことだな。真実を探りに行くぞ。」
私達は真っ暗な廊下を歩いていく。………真っ暗なはずなのに、昼みたいにはっきりと見えてしまってるんだけどね。この体になってから夜目が効きすぎる。まるで化け物だ。…………私が力を引き出し切れていないだけで化け物なんだろうな、この身体は。だって………
「化け物は憐れだ。消えることもできずに生きている者に恐怖を与え続ける。伸びた影が物を覆うように……だろ?」
「…………雫はなんなの?人なの?それとも………化け物なの?」
私は雫の力を与えられて甦った。体を硬質化させ、鎌を生み出し、魂を喰らい、人を超えた身体能力で化け物を狩る存在。人というにはあまりにも逸脱している。
「化け物さ、理性のある化け物。人はそれを人間と呼ぶ。…………なんてな。」
雫は目を細めた。いつもそうだ、雫は自分のことになるといつも悲しい目をする。達観というには物寂しく、諦めというにはしがらみのあるような………狭苦しいまなこ。
「いずれわかるさお前が力を引き出していけば。俺が何を見て何を想い、何の為に力を使うかを理解できれば…………俺が化け物なのか人間なのか、はたまたそれ以外の何かなのか………きっと分かるだろうよ。」
夏の夜の蒸し暑さはまるで水の中にいるみたいだ。中途半端に温い水の中に押し込められたような…………汗がひとつ、垂れ落ちた。
ガシャーーン!!!
上の階から物が壊れるような音が響いた!この音は………4階からか!
「音楽室って4階だよな?」「うん!」「はぁ………いくか。」
私達は4階の音楽室に向かって走った!
[夜のオーケストラ]と二宮金次郎像は仲が悪かったみたいなんだ。昼間の学校ってうるさいでしょう?だから集中して読書をしたい彼は、夜にのんびり本を読むのが大好きだった。そうさ、うちの二宮金次郎は歩くのではなく夜な夜な本を読んでいたんだ。ペラっペラって紙を捲る軽い音を立てながら、その時々の本を読む。夏は羽虫と人の声にあてられたように青臭い本を、秋は沈みゆく熱を憂いたラブロマンスを、猛然と吹雪ながらも白くどこか綺麗な冬には人の慎ましい希望を讃えたエッセイを、変態が多い春にはなんかもう色々と…………彼は本を読み続ける。そうだと言うのに夜な夜なオーケストラが演奏して騒音を出すっていうんだ。それが上手ければ確かに読書のためにはなるが、まるで弦を引き裂きドラムを叩き割りトライアングルを捻じ曲げるような酷いものなのだから、二宮金次郎が怒るのも無理はない。だからいつも彼らは喧嘩していた……………今回二宮金次郎像が壊されたのも、そういうのを知っているオカルト好きからすれば[夜のオーケストラ]のせいだと思っちゃうよね。
昼間に聞いた話を思い出す。今の物を壊したような、闇夜を切り裂くような音がもし演奏だとしたら…………
「………妙だな。」「な、なにが」「すぐ分かる。」
階段を駆け上がり廊下をひとっ飛びで走り抜けた私達の目の前にあったのは死体だった。
「なっ………殺人?」
「…………多分な。」
フルートというのだろうか?楽器には詳しくないのだけれど、縦笛の一種が折れた状態で死体の近くにある。そして死体は頭から血を流してうつ伏せの状態だ。背後から笛で後頭部を殴った………そんな感じ。
「しかし問題があるとすれば、この学校にはいままで人の魂の反応がなかったってことだ。」
そう言いながら雫は死体に手を置き、3秒後に立ち上がると周りを見渡した。
「やはりな。」
「つ、つまりどういうことなん?」
「この死体は今死んだものじゃない。死後かなり経っているな。」
「……………ん?」
「はぁ………つまりだ、誰かが古い死体の頭を縦笛でぶん殴ったんだ、縦笛が折れちまうほど強力な力で。」
え?え?………いや、え?何その無駄な行為は。殺人とかじゃあなくて名誉毀損?
「でも新鮮だよこの血。死んで放置されてたんなら血は酸化してるもんでしょ。」
「よくそんな知識あったな、バカなくせに。」
「元運動部だからね。怪我に関することはちょっと詳しいのさ。」
まるで今死んだみたいに頭部から血が溢れ出して廊下を赤く染めていく。昔の死体だなんて信じられない。
「血を酸化させないだけなら方法はいくらでもある、さして重要な部分じゃない。古い死体の頭を殴った………重要なのはここだ。」
「…………これに一体何の意味が?」
「さぁな、そこまでは俺にもわからねぇよ。」
意味がわからない………雫が来てから変なことばかりだ、何が起こっているんだこの学校で。
「元から変だったのさ、ここは。それを俺が暴いているだけだ。俺をまるで不吉をもたらす死神のように言うんじゃねぇ。」
…………死神にしか見えないけれどね。
「ひとまずこの死体は放置して夜のオーケストラの調査するか。」
「えぇえ!?これ放置するの!?」
「死体の1つや2つぐらいどうでもいいだろ。見慣れただろ?お前も。」
「見慣れてないけれどね!?アイアム一般人!並大抵のことしか受け入れないからね!?」
「あーはいはいはい、後で俺が綺麗に処理してやるから今は無視しとけ。すり潰すぞ。」
もっとマシな脅し方あるだろ!すり潰すってあんた……
雫は私を無視して音楽室に入っていく。私もしょうがないから後をついて部屋に入ったのだが………なんか…………
音楽室の中が変だった。いや別に何か荒らされていたりするわけじゃないんだけど、なんていうか………入った感じが気持ち悪いんだ。曰く付きの建物に肝試しで入った時みたいな悪寒が身体中を駆け回る。………まぁ、肝試しなんてしたことないんだけど。
「ね、ねぇ?なんか変じゃない?ここだけまるで別の空間みたいなんだけど…………。」
雫は私の言葉に頷くことなく、無言で教室を眺めていた。私と違って雫なら何かヒントになるようなものを感じ取れるのかもしれない。仕方ないから私も黙ってやるか。と思っていたら、一言、雫が呟いた。
「まさかこんなところにお宝が埋まってたとはな。」
「…………宝?」
「ああ………やべーぞこの学校。お前が思っている以上にな。」
通学している生徒に対してそんな恐ろしいこと言わないでくれる?てかやべーのなら宝って表現すんなよ。
「もしかしたら俺の想像すらも超えるかも…………」
「どうした雫?いきなり口ポカーンと開けて呆けるなんて………口が寂しくてしょうがない生まれたての赤ちゃんみたいじゃん。」
「………出入り口に誰かいるぞ。」
なっにぃー!?私は急いで振り返り音楽室の出入り口を見るとそこには人影が…………!!
「逃げんなこの野郎!」
逃げ出した人影を走って追いかける!
「お前がいきなり振り向いたからバレたんだよ。責任持って追いかけろや。」
うるさーい!!いきなり人が後ろにいるだなんて言われたら怖いでしょうが!!誰だってすぐに後ろ振り返って状況確認したくなるでしょうが!!
ていうかはっや!この不審者はやすぎてみるみる引き離されて行くんだけど!人間じゃないのか!?それに夜でもしっかり働くこの私の目が相手の人相を捉え切れない!何か変なものが顔を覆っているんだ!覆面マスクとかじゃあなくて何か異質なものが…………
パリーン!
そして不審者は窓のガラスを体当たりでぶち壊し外に飛び出した!ここ4階ですけど!?
「お前も大丈夫だ!飛び降りろ!」「っってぇええいい!!」
私も別の窓ガラスを突き破り外に飛び出す!4階から飛び降りる経験をした人など少ないだろうが、落ちるのが遅い遅い!飛び散る窓ガラスなんか視界に入らない。ただただ迫り来る地面が視界いっぱいに広がり、次にどうすればいいかという思考で埋め尽くされる!死or重傷?NO!!
「サバーイヴ。」
私は空中で一回転して軽やかに着地すると先に走り出していた不審者を追いかける!!
今回の[夜のオーケストラ]は分からないことだらけだ!ひとまず怪しいやつは片っ端から捕まえて問いたださないと真相に近づけない!やると決めたらやる女!それがわたくし四矢倉綾なのだ!!
ブオーーン!!
くっるっまっ!車!不審者が車乗って行っちゃったよ!ダッシュだけで追いつけるのか!?この身体能力ならワンチャンあるのか!?やるか!?やっちゃうのか!?………えーーいやったるわ!!
「どこまで脳筋なんだお前は!車で追うぞ!」
私の走路を車が塞ぎ、運転席の窓から雫が怒鳴りつけてきた!
「車運転できんの!?」
「俺は300歳だぞ車の運転ぐらいわけねーよ。ほらのれ。」
私は急いで助手席に乗り込むと、車が発進した。
「そう言えば300歳らしいね、サラッと言ってたから忘れちゃってたよ。」
「バカだからしょうがねーよ。」
「老害だからそんな言葉遣いが悪いんだね、納得した。」
「事実を言ってるだけだ。それをちゃんと受け止められないようなガキにこれ以上の言葉はない。」
ぱっと見小学生のガキが何言ってんだぁ!
雫が運転する車は、不審者の後をピッタリと同じ距離を保ったまま追いかける。車が発明されてから何年かなんて知らないけれど、その時から雫は運転し続けていたのだろう。まるで自分の手足のように車を乗りこなしている。
「ていうかこの車どうしたの。」
「俺のだ。学校の来客用の駐車場に置きっぱにしてんだ。」
「へぇー…………まぁまぁ頭おかしいこと言ってるけれど無視するわ。」
「ようやく学習したか。俺を常識ではかるのは無駄なんだよ。」
夜の街を暴走族みたいな速度で駆け抜ける2台の車。しかもそのうちの1台は小学生にしか見えない高校生が運転しているのだから、警察のお世話になったらマスコミを賑わすことになるだろう。さっさとあの不審者を捕まえないと…………
「止める手立てあんの?」
「…………ないねぇ。ただ追ってるだけだ。」
…………どうすんだこれ。
「そうだいいこと思いついた。俺が奴の隣に並走してやるから、お前、あの車に飛び乗れ。」
「…………もっといいこと教えてやろう、私がお前をぶん投げて前の車に突き刺すってのはどう?」
「お前の今の力じゃあ無理だろうなぁ。逆ならできるけどな。どうだ、投げて欲しいか?」
「しょうがないなぁ、私が飛び乗ぅううっ!?」
私の言葉を待たずに雫がアクセルを踏み込んだ!タイヤとアスファルトが擦れ合い熱と大きな音を出しながら加速し、車が並走する!
「飛び出す一瞬だけ扉を開けろよ、空気抵抗があ………ふん、バカにそんなアドバイスはいらないか。」
私は扉を開けてすぐに飛び出すと車の屋根に飛び乗った。そして雫の車の扉とこの車がぶつかり、激しい衝撃が車を大きく揺らす!吹き飛ぶ扉はアスファルトに何度もぶつかり火花を散らす!顔面に叩きつけられる風の衝撃はとても凄く、体が後方に飛ばされそうになる!必死にしがみついてはいるけれど、この状態が長く続いたら握力が保たなくなる!
「…………叩き壊す!!」
私は右拳を硬く握り固めると振り下ろし、車の屋根を貫いた!!