出来ることと鎌かけ
雫が振り下ろした鎌をかわし私は急いで距離をとる!なになになに!?どうしたのいきなり!?
「とうとうとち狂ったか雫!」
性格悪いとは思っていたが、まさか唐突に襲ってくるとは人格を疑うレベルだ!
「狂ったわけじゃねぇ。特別訓練だって言ってんだろうが。」
鎌を振り回しながら雫は近づいてくる。かろうじて軌道が見えはするが………それよりも、その武器捌きの鮮やかさに目を奪われていた。
「今度の敵は銅を軽々とひしゃげるパワーの持ち主で今のお前じゃあ勝ち目はない。………生き残りたきゃこの鎌を力で壊しな。」
か、鎌を力でぶっ壊せだって!?いやだって……鎌って金属じゃん!?金属を壊せって何言ってんだこいつ!
「知るかそんなこと!私は力になんか頼らずともあんな敵ケチョンケチョンにしてやるっての!」
ピタッ
振り回されていた鎌が雫の肩の上で静止した。そのまま雫は腰を割って私に鋭い眼光をぶつけてくる。
「バカかお前。ねーんだよお前には。」
次の瞬間、雫の顔が私の目の前にあった。
「拒否権はな。」
そしてまた次の瞬間には雫は私の背後にいて、鎌を振ることでそれを濡らしていた赤い血を払っていた。
ボトンッ
私の両腕が地面に落ちた。切断面から噴き出る大量の血液が地面を赤く濡らしていく。その状況がよくわからなかった私は呆然とその様を眺め……しかし、ようやく整理がついてきた情報と、共に遅れてやってきた痛みをもって私は現状を理解した!
なんだなんだなんだ!?腕……斬られ!?いや出血止まる!?ひ、拾わないと!!
脚から大量に血を流して倒れている私の姿が、私の過去が、脳裏によみがえる。違う!私は変わっている!あの時とは違う!
身体の中から何か別のものが生まれるような………それはまるでこみ上げてくる嘔吐感のようでもあるし、日に日に露出してくる親知らずのように、切断面から腕を再生させ雫に対峙する!
「ほー………なんとなくで腕を再生させたか。やっぱセンスあるぜお前。」
「うるさい!いきなり斬りかかりやがって!おん、お、おんん?」「温厚?」「温厚!温厚な私を怒らせやがってただじゃ済ませないよ!」
「そうかいそうかい。それじゃあ早く来るんだな。こんなの簡単にへし折ってみせろ。」
言われなくても!
地面を蹴り飛ばし雫との間合いを詰める!そのまま右腕をガムシャラに振り下ろした!
しかし右腕は鎌に切断され、血を噴き出しながら空中に飛んで行った!
「バーカ。力任せでなんとかなるわけねーだろうが。」
「でも私ができるのなんてこれぐらいだもん!」
腕を再生させながら雫になぐりかかり、その都度私の腕は斬り飛ばされていく!
「もっとイメージしろ。強い自分を、金属をへし折る自分を。」
地面を思いっきり踏みしだき、大きく振りかぶったパンチを雫の顔面めがけてぶちかました!メシィッという音が夜のグラウンドに響き渡り血が夜を彩る。
「こんなもんだと自分を決めつけるな。」
雫を殴ったはずの右手が、粉々に砕けていた。指と前腕の骨は開放骨折し血が流れ落ちていく。まるで50階建てのビルに向かってパンチしたみたいな硬さだ………本当に人間がだせるのかこの硬さを!?
振り払われた鎌を身を引くことでかわし、私は急いで距離をとる!雫が言った通りだと、イメージをするだけであれほどの硬さを手に入れられるってことでしょ!?…………いや、人間の硬さじゃないよあれ!あれを想像した程度で…………
「…………もっとバカだと思ってたんだけどなお前。」
「は、はぁ?何いきなり人のことバカにし」「夢も見れないなんてかわいそうだ。」
………………
「………………」
「俺達の武器は魂だ。想像することで魂に働きかけ力を振るう。お前、超人に憧れたりしねーの?バカのくせに。」
「………………」
一体いつから私は変わってしまったのだろうか。……そんなの決まっている。あの日だ。3ヶ月前のあの日に、私は知らず知らずのうちに変わってしまっていたんだ。夢を追いかけられなくなったあの日から………私は…………
「バカはバカらしく夢を追えよ。夢も見れないバカに価値なんてねーんだからよ。」
「………ふふっ、確かにそうだね。」
はぁー…………私って本当にもう、バカなんだなぁ。
「ありがとう雫。」「………そうか。」
雫は鎌を放り投げた。空中で回転しながら月の光を反射する刃。血と脂でギラつくその刃を私は跳躍し………
パキン!
蹴って粉々に砕いた。
「追っかけてみるよ、私なりの夢を。」
10メートルもの高さから着地したというのに、衝撃を何も感じない足腰を私はすんなりと受け入れていた。
「はぁーー………四矢倉さんかぁああ。どうすっかなぁ。」
四矢倉アヤの補講を受け持つことになった飯田狩虎が自室で頭を抱えていた。
いままで勉強もなにもせず、ただ無意味に生きてきた程度の人間が相手なら俺も軽くあしらうつもりだった。でも四矢倉さん相手にそれをするのは……流石に不誠実だ。
「スポーツに人生をかけている弟妹を持つ身としては見過ごせないんだよなぁ。」
俺は生徒の情報が載った資料を机に投げ捨てた。
四矢倉アヤ………学力重視のこの学校に、運動能力のみで特待で入学することができた異例の存在だ。
彼女が怪我さえしなければ…………
「………頑張ってみるか。勉強に少しでも興味を持ってもらうのが今の俺の仕事なんだからな。」
俺は弟妹達を呼んでメモを始めた。
次の日学校に来るとグラウンドの二宮金次郎像の残骸が撤去されていた。血痕の方は私達の力で隠したから大事にはならなかったけれど、それでも学校の備品が壊れたのだ。職員会議では結構な議題になったらしい。(狩虎情報なのでそこまで詳しくない)
「つまりあれでしょ?カッコでくくれば答えが出るわけだ。」
「そういうことです。呑み込みが早いですね。」
そして相変わらず補講を受ける私は頭を抱えていた。
「ねぇちょっとー。二次方程式なんてやらずに先に進もうよー。」
「仕方ないじゃん私できないんだもん!」
「えっ………中学生レベルだよこれ。」
ごめんねユリユリ!でも私いままで勉強してこなかったからこんなこともできないのよ!
「しょうがないですよ。今までバスケ一筋で頑張ってきた人なんですから。」
「えっ、マジ?じゃあ夏休みとか練習が大量に入ってるんじゃないの?こんな補講休んじゃえば………」
「…………入ってないんだ、部活。」
空気が一瞬引き締まるのを感じた。ああまったく……だからこの話はしないようにしてたのに。
「正確には入ってたけどやめたの。怪我しちゃってね、脚を………」
脚の怪我のせいで踏ん張ることができなくなってしまった。跳んだり、短距離を何度も高速で往復する競技で脚の負傷は致命的だ。持ってる全てのポテンシャルを引き出せなくなった私は、監督の全ての期待に応えられなくなってしまいやめてしまった。
「だからこれから私は勉強一筋ってわけ!教えて頂戴狩虎!」
「ええ、そのつもりですよ。頑張りましょう四矢倉さん!」
「ぐはぁっ……………」
4時間、狩虎の楽しい授業を受けた私は頭の容量がオーバーしてしまい目を回しながら机に突っ伏していた。
「アダムスミス辺りの思想がピンとこないということは、世界史における産業革命付近の理解があやふやだということです。世界史の教科書にいきましょうか。」
狩虎とユリユリはそれでも授業を続けていて集中力が切れる気配がない。なんて連中だ………私の理解できない世界にいるよ。
「あ、四矢倉さんは休んでもらって大丈夫ですよ。勉強だって個人差がありますからね。」
「はぁ〜〜い………」
私は教室を抜け出し、学食へと向かう。夏休み期間中は学食はやってないが、この広大なスペースを利用することはできる。私はお弁当を開けてポイポイと口に放り込んでいく。
あーーなんできんぴらゴボウというのはこんなにも美味しいのだろうか。ご飯30杯はいけちゃう。ミニトマトも鮮やかなお色で。弁当が華やかになって心が躍るわぁ。
「………………」
ミニトマトを口に放り込みながら、昨日のことを思い出す。私の体は、[できる]と思えばかなりのことが出来るのかもしれない。10メートルを超える跳躍、身体を硬質化させ金属を叩き割ることができた。できると想像すればビームとか出ちゃうのでは?
「………………」
私は右手をなにもない空間に向けた。
いやまさかね、そんなね、ビームなんて出るわけないじゃん?でもちょっと気になるというか、可能性を潰すために試すっていうか………いやもう全然期待してないんだけどね?
「四矢倉ビーム!」
シーーン…………
誰もいない食堂に痛いぐらい広がる静寂。私は鼻で笑った後に、急いで弁当をかきこんだ。まぁ出ないと思ってたし?高校生にもなってビームがでるとか夢見てないから私。そこまでバカじゃないから私。
「ん?」
空中に何かよく分からないものが浮いていた。球体?………というには不安定で、もっとこう、なんというか…………直感をそのまま言葉にすると[エネルギーの塊]だ。
「………………」
私はそれにゆっくりと指を近づけ、チョンっと、触った。すると…………そのエネルギーの塊は指に溶けて消えてしまった。
「…………なんだこれ。」
私は首を傾げたあと、急いで弁当を………
「四矢倉ビーム!!」
「!?!?」
「どうしたのいきなりそんなことぉ〜。勉強のしすぎで頭おかしくなっちゃった?」
き、貴様はエロ本じゃない方!まさか私がビームを出そうとしているのを見ていたとは!
「わ、私はビームを出せるんですぅ。あんたがいたから出すのやめたのさ。ヒーローは身バレするわけにはいかないからね。」
「キヒヒッ、じゃあ私に感謝するんだね。なんとなくでビーム出してたら食堂が崩壊して弁償するところだったわよ。」
「う、うるさい!ヒーローは全て壊しても許されるの!…………で、エロ本じゃない方はなんでこんなところにいるの。」
夏休みだというのに学校になんかいやがって………美術部員ごときが学校に居座ってるんじゃあないよ!
「部活。私はソフトボール部も兼任してんの。」
なるほど………確かにソフトボールをしそうな格好してるね。アンダー着て、シャカシャカ着て、帽子かぶって………
「いや、何個兼部してんの!?」「5個」
バイタリティの塊かよこいつ!
「まぁソフトボールに関しては、ほとんどマネージャーみたいなことしかしてないからね。入部してるってよりはお手伝いって感じかな。友達がいるから付き合ってあげてるだけ。」
「へぇー…………」
美術部とオカルト研究部とソフトボール部の3つか………あと2つは一体どんな部活なのだろうか。ていうかこのエロ本じゃない方は友好関係広いな。他の部活もきっと友達がいるから付き合いで参加している感じだろうし……………ん?いや?
「てかなんで私が勉強してるってこと知ってるのさ。部活かもしれないじゃん。」
「この学校が創立して以来初めて赤点取ったのがあんたで、そんな奴が補講を受けないなんておかしいじゃない。結構な有名人だよあんた。」
こ、この学校始まって以来だって!?
「そ、それは誉高いね。」
「もっと素晴らしいことで誇り感じてよ。」
いやーしかし、まさか偉業を達成してしまうような天才だったとは私としては喜ばしい限りだ。いや本当に。悲しくなんてないし。
「それに………今日の朝、あの場にいなかったじゃん。」「………あの場?」
あの場?私は補講の為に教室にしかいなかったはずだけど………なんかあったのか?
「二宮金次郎像が壊されてたでしょ?だから夏休み中に学校に出入りしている部活動生が、今朝集められたの。」
ああ、なるほどね。犯人探しをしてたのか。でも犯人はジャンクなのだから、生徒の中にはいないんだよなぁ。
「補講の人達は15時には学校を出るし、夜遅くまでいる部活動生が疑われるのは当然よね。」
「なるほどねー。あの像を壊したのは誰なんだろうね。」
あの真っ黒な布に覆われたジャンク………雫を名指ししたあいつはいずれ私達の前に現れることだろう。その時に、あの隠した面を拝んでやる。
「………………」
「…………なに?」
シャケを食べていると、エロ本じゃない方が私を見つめていた。なんだ?米粒でもついているのかな?
「…………いや、なに。話してあげようかどうか迷ってたの。」
…………なんだ?
「でも雫君がいてくれた方がスンナリと話が進むんだよなぁ。」
「…………マジでなんの話?」
決まってるじゃん。
エロ本じゃない方は左手で口元を隠して目を細めた。
「この学校の怪談だよ。………金次郎を壊したのはきっと、第五の怪談、オーケストラさ。」
オーケストラ………?グラウンドで?
今まで聞こえていなかった吹奏楽部の演奏が、ふと、耳に入ってきた。