九十九語り
「なに女子トイレに入ろうとしてんのよ。」
誰もいない夜の学校で、性根の腐った男が女子トイレに入ろうだなんてとても怪しい………
「夜の女子トイレっていったらあれだろ。」「のぞき?」「殺すぞお前。」
今の時代盗撮機なんて簡単に手に入るのだから雫のようなクズならやりかねない。
「花子だ花子。トイレの花子。誰もが知ってるポピュラーなお化けがここにはいるかもしれねぇ。もしいたら驚愕するぞお前。」
そう言いながら雫は女子トイレに入って行った。
トイレの花子さんか、そんなに怖いイメージはないんだよなぁ……でもそうか、お化けではなくてジャンクなのか。魂が肥大化し欲望を満たすためならなんでもする怪物。その凶暴性には心してかからないと…………私はトイレに踏み込んだ。
ピチャン………
水が一滴はねた。蛇口から垂れ落ちる水滴の音がやけにクッキリと耳に入ってくる。ちゃんと灯っているはずの蛍光灯からチカチカと音はなり、ただ白いだけの光が壁の汚れを際立たせる。
スゥー…………
洗面台の鏡に映った影。私か………それとも。横目に過ぎる危機感。
ドスッ
いつの間にか背後に誰かがいた。それは身を屈め合掌した両手を私に突き刺した。…………お尻に。カンチョーしやがった。
「カンチョーくらってやんのだっせぇ!スギだらけかよ!」
尻から脳天へと突き抜ける衝撃に私はぶっ倒れて失神した。
「おい花子カンチョーはやめろ。お前の力でやったら最悪死ぬんだぞ。」
「お前らは何回でも死ねるから別にいいじゃーん。私の練習台になれよー。」
洗面台の上に座り、両足をぶらつかせる花子。赤色のスカートにおかっぱ頭。見た目だけは私が思っていた通りだが、口調がイメージからかけ離れている。なにより初対面の可憐なる少女である私にカンチョーかますような奴だとは思っていなかった。
「このジャンクめー!カンチョーして人を殺すのがお前の欲望か!成敗してくれる!」
「ジャンクじゃねーぞこいつ。」
「じゃあただの悪ガキ!?お仕置きだ!」
「いやお化けだぞ。お化け。魂ねーぞこいつ。」
え?いや………ん?
「幽霊だぞー。物理無効だぞー。」
首を自分で切り裂き、生首となった頭の髪を握り、ブンブンと振り回している花子さん。笑顔と血が振り撒かれていく!
「そ、そんなバカな!この世に幽霊なんているわけないじゃん!」「ジャンクがいるのにか?」「でもジャンクって人間でしょ!?改造人間的なあれでしょ!?」
それがお化けのフリをして人を殺しているのを止めるのが私達の仕事だと思ってたんですけど!なんで人外がこの世に存在してるの!?
「改造人間がいるんだ。お化けだっているだろ。」「ねーー。」「ねーー!?死人が動くか普通!?」「お前見たことあるだろ。」
み、見たことある!?この私がお化けなんて………そう言えば一昨日、轢かれた人の魂見てたわ。あっなーんだなるほどね?思ったよりも見てたわ。半身損壊した人が地面をゾリゾリ動いてるの見たわ確かに!あっはっはっはっ!!
「除霊!」
ポーチから塩を出してぶん投げた!
「や、ヤバイ溶け………いや効くわけないじゃんこんなの。」
服に着いた塩を舐めて「しよっぱっ。」と口を窄める花子さん。なんてこった………お化けに塩って効くんじゃないの?
「…………で、どうしたん?えーっと……」「雫だ。こっちは四矢倉。」「アヤでいいよ。」「もう順応してるなお前。丁度よくバカで好きだぞ私は。」「天才だから。適応能力が高いことは認めるけど。」「バカだなこいつ。」「花子にもバレるって相当だぞお前。」
う、うるさい!私は天才なの!誰がなんと言おうと私は天才なの!…………ていうかあれだな、
「雫ってさ、花子さんのことは詳しいのに互いに面識ないの?一方的に有名なだけ?」
てっきり知り合いかと思ってたのに花子さんは雫の名前を知らなかったし…………
「俺もこの世界では結構な有名人だぞ。………じゃなくて一方的に知ってるってわけではないが、互いに知っているってわけでもないんだ。そこは花子から説明してもらえ。」
「バカだから説明放棄してやんの。」「お前の頭マジで削るぞ。」
あーやだやだ、これだから性格が腐った人間は嫌いなんだ。しかしまぁ、私は寛大な人間だから雫の言う通り花子さんの説明を受けてやるのさ。
「アヤはさ、なんで私達が花子さんって呼ばれるか知ってる?」
「え、花子さんだからでしょ?なんでそんな当たり前なこと聞くのさ。」
「なんで、[私達が]、花子さんと、呼ばれると思う?」
………まるで先生に責められている時みたいに、求めているのが違うと言った感じの語調だ。でも花子さんってお化けの元の人間が花子さんって名前だったから花子さんなんでしょ?あれ?花子さん言い過ぎて何がなんだか分からなくなってきた。
「………トイレにいる幽霊だから?」「悪くない。」
悪くないと来たか。雫と同じで上から目線のお化けだ。花子さんは口角を両手の人差し指で持ち上げ、大きく笑った。
「私達は思念の集合体。人が恐怖し想像するから幽霊は存在できる。だから私は[トイレにいる幽霊=花子さん]というイメージを借りて、花子さんを名乗っているだけに過ぎないんだ。」
「へぇー………じゃあ本名違うの?」
「それを言ったら私の存在が不確定になるから言わないけどね。…………トイレの花子さんってのは、そういう、不特定多数の生者と、不特定多数の私達という死者によって形作られたイメージでしかないのさ。」
ふーーん…………よくわかったような分からなかったような。
「だからトイレの花子はいたる学校に存在しているから、俺のような仕事をしている奴は貴重な情報源にしてるんだ。」
その学校を知るにはトイレの花子さんに聞けばいいってわけか。今度から私も知らない学校に行ったらトイレでも探ってみようかな。
「それに花子さんの[さん]は3号の[さん]だからな。」
「何つまらない事言ってんの雫。冗談でしょ?」
「マジだぞ。」
え、マジで?
「花子さんってのは[学校のトイレにいる幽霊]の中で3番目に出現した幽霊なんだぞ。それがあまりにも有名になっちゃったから、他の幽霊も花子さんって名乗っているだけに過ぎない。ちなみにお前何番?」「99番だよ。だから九十九花子って呼んでくれてもいいよ。」
えぇぇ…………私の花子さんのイメージが壊れていくんだけど。
「あの名高い雫が来たってことは、この学校に巣食っているジャンクを倒してくれるってことじゃん?期待していいのかな、ここのジャンクは結構手強いよ。」
「誰にもの言ってんだ、残さず食らってやるから安心して教えろ。」
雫は本当に有名人なのか………それだけジャンクを倒しているってことだろうなぁ。
「んじゃ頑張ってもらおうかな。……校庭にいるよ、奴ら。」
「あんがとな、九十九。」「礼には及ばないさ。」
私達は女子トイレから出た。
「そういえばさ、私って魂を食べたほうがいいの?」
今思い出したけど、雫はいつもジャンクの魂を食べていた。私は雫の力を受け継いだのだから、やはり彼に倣って食べたほうがいいのだろうか?魂を食べる……一体どんな味なんだろうか、気になるなぁ。
「お前は食うな。お前と他人の魂が混ざってしまって価値が下がってしまう。」
「えー………でも魂食った方が強くなるとかないの?そうた………そうてい量?」「相対量か?」「それ。魂の相対量が増えた方がいいとかありそうじゃない?」
雫は無表情のまま私の顔を見た後、天井に目を向ける。
「無い知恵絞って頑張って考えたんだな………お前と違って俺は特別なんだよ。他人の魂を取り入れられるのは俺だけ。お前は経験でも食ってろ、食っても消化する頭がなさそうだけどな。」
「また私のことバカにするー!私だって頑張ってんだよこれでも!」
ハイハイと雫は私の言葉をかわして先へ向かう。
もぅ…………まぁ、いいか。たくさんのことを成長……そう、昇華してギャフンと言わしてやればいいのだ。昇華と消化をかけた言葉遊びをしちゃうだなんて………私ってば天才?
「学校の校庭って言えば二宮金次郎か。…………今のお前じゃあ倒せないだろうなぁ。」
「な、なにさ!私の力を持ってすれば簡単なんだけど!?」
「無理に決まってんだろ。銅像を叩き壊すなんてお前の腕力じゃ…………」
ギギィインン!!!
校庭に出るとすぐに、金属をひしゃげたような金切音が耳をつんざいた。地面に散らばる金属の塊達。
「………………」
その金属達を見下ろし、右手に二宮金次郎の顔を持つ人影。男?…………いやそれにしては、人としては、それはあまりにもあやふやで………まるで幽霊のようで………
「次ハお前ダ。」
雫を指差し風に乗るように消えて行った。残ったのは粉々に砕け散った二宮金次郎の銅像と、風に巻かれて積み上がった砂の山だけ。
「雫……………」
私は静かな横顔を見た。そしたら、雫は……
「…………くくくっ、」
いつもの無表情が消え………
「ひっひっひっ………はーっはっはっはっはっ!!」
右手で顔を掴むように覆いながら、手のひらから溢れた口角を釣り上げ笑った。
「俺に挑むバカがまだいたなんてなぁ!ふぃひひっ、くふっ………あーーーーー………………おい四矢倉ぁ。」「な、なに……」
スラン………
左手に構えた鎌。それは薄らと赤く輝き私にその刃先を向ける。
「予定変更 特別特訓だ。死にたかねぇだろお前。」「えっ………」
タンッ
雫が一瞬で間合いを詰めた。
「鋼を超えてみせろ。」
そのまま鎌を振り払った!