3口の訴え
昨日は親友が死にかけたり、化け物に首をへし折られたりと色々とございましたが、私は元気です。
「…………」
目を開けると、そこには見慣れた天井があった。いつも通り、なんの変哲も無い天井を見………
キシャァアッ
全裸のおっさんが、天井にぶら下がっていた。いつも通りの朝だ………
「よーし、どうやら疲れているみたいだぞ私。身体動かそう!」
タッタッタッ
朝ごはんを軽く食べ、学校まで走って向かう。んーーいいねぇ、肩と顔で風を切る感じが最高だぁ。
色々な人が横切っていく。なぜか朝早くから学校に向かう生徒、走っている部活動生、カッコイイマウンテンバイクを乗りこなしている社会人、右腕が足りない男、腹が開いた女、義足の犬に………
「何を見ているんだ私はぁあ!!!」
ヤバイんだって!これ以上バカになったら取り返しがきかないんだっての!
前を見ることなく、なりふり構わず私は学校へと走った!
「…………何やってんのあんたぁ!」
学校の教室では、雫が床に身体を半分だけめり込ませた男と喋っていた。
ぐわぁあ!!どうなってんだ現実!!私が求める平穏は一体どこに消えたんだぁ!!
「何って、魂と喋ってるだけだが?」
「魂と喋るってなんだよ!!その身体を床にめり込ませているおっさんが魂だっていうの!?」
ひぃい!?モゾモゾ蠢いてる!?生きてるの!?
「身体をめり込ませてる?おいおい、そりゃあ間違いだ。身体半分ねーんだよ。」
ひょいっと持ち上げると、男の体は言う通り半分なかった。本当だ、言う通り身体がない!!
「だからなんだよ!それで私が安心すると思うのか!もっとこう、心意気の効いたナイスな言い回しを求める!!」
「交通事故で半分欠損しちまったんだ。………まぁ、半分だけでラッキーだったよな。」
「半壊だろうと全壊だろうと私の心の平穏は全壊だよふざけんなよ!」
「全快?それじゃあもっと事故の状況を………」
「殺すぞてめぇ!!」
ブンッ!!
私の蹴りを片手で受け止め、雫は容赦なく私を壁にぶん投げた!背景がすごい速度で後ろに流れていく!その勢いのまま私は壁に背中からぶつかった!
いったぁあ!!こんな可愛い女の子をぶん投げるなんて!!後で絶対後悔させてやる!
「…………あれ?」
痛くないぞ?背中から思いっきりぶつかったのに、痛みが何も………
「俺の力を与えたからな。あの速度で壁にぶつかるぐらいじゃ傷もできねぇ。」
「え、いつ私に力を与えたし。気持ち悪っ。」
「俺が自分の首掻っ切ってお前に血を浴びせたろ。」
「いやいや、首を掻っ切るとか、この世のどこに首を切って死なない人間が…………」
ザプシュッドバーーッ!
雫は自分の首を切り裂き、凄まじい勢いで首から血を噴出させた!
「ファーー!?なにやってんのお前!?床が汚れちゃうでしょ!?」
「いや、俺の心配をしろよ。」
「な、なんてことを。この血を掃除するのに一体どれだけの時間がかかると思っているんだ………」
あと数十分で生徒が来るんだよ?それまでにこの惨状を片付けなくては大騒ぎだよ全く……雫は死んでるからお掃除においては戦力外だし………
「…………はぁ。」
いつのまにか傷口が塞がった首をコキコキと鳴らした後、雫は血溜まりに手を乗せた。
ブクブクブクッズリュゥアアア!!!
すると血溜まりは蠢き出したと思った瞬間、一瞬でその場から姿を消した。まるで、雫の身体の中に吸い取られたみたいに………
「もうちょっと察しが良いと助かるんだがな。」
「な、な、なななっ……」「ななななっなっなっ。」
「うぜぇえ!!リズムに乗ってんじゃねーよ!!」
ぐぁぁああ腹立つなぁ本当この男はぁあ!!
「俺の能力は魂に干渉すること。魂を見、魂に触れ、魂を食らうことができる。」
「じゃ、じゃあなんで血をなんかこう、グアーーってできたのさ。」
「血は魂の通貨だ。命に干渉できるってことは、血にだって干渉できる。………お前は俺のそんな能力を受け継いでしまったわけさ。」
今見たみたいに、首の切り傷を一瞬で治し魂を見ることが私にもできるだって?そんなこと………
昨日、首をへし折られたことを思い出した。それから今日のよく分からない存在をアホほど見るようになったことも………あれ?これもう言い逃れできないとこまで来てる?
「そういうこった。頭が更にバカになったみたいで最高に楽しいだろ?」
「………………」
あれ?これヤバくね?化け物の仲間入りか?
…………[魂を救う]。昨日の言葉を思い出した。ヤバイけど、ヤバイ以上にこれは……正義の力だ。
「楽しいかどうかは別として、最高に燃え上がっているよ。………どうすれば使いこなせる?この力を。」
別にこれといった理由はない。誰かに命を救われたとか、子供の頃に酷い目にあっただとか、そういう主人公らしい宿命が私にはない。でも私にそんなものは元からいらないんだ。私は心のままに行動する。何かを救いたいと思ったら、思った通りにやれば良いだけなのだから。
「……明日から夏休みだろ。その期間中に教えてやるよ。」
「はっ、夏休み?私は夏休み中は遊びまわるって決めてんだよ。そう簡単に………」
「四矢倉さんには明日からの夏休み、補修を受けてもらいます。」
忘れてたぁあああ!!!
授業が終わり、帰りのホームルームで私は絶望した。
赤点とったの完璧に忘れてたよ!学年最下位なのも忘れてた!
「音楽以外の教科全てが赤点なので、夏休みをほとんど使って補修をします。」
「むぅぅううっっ!!」「唸ってもダメです。」
「ぬぁぁああああ!!」「吠えてもダメです。」
「ヒックヒッック!!」「吃逆してもダメです………それでは次の話に行きましょう。」
私の夏休みが吹き飛んでしまった……どうすんのよこれ一体。
「良かったじゃねーか。これで思う存分学校に入り込める。」
雫はニヤニヤしながら教卓を眺め、近くで浮いていたオッさんをはたき落としていた。浮いているおっさんと言うのがイマイチ現実味がないが、まぁ、現実だししょうがない。
「夏休み中に学校の七不思議を潰しながら、お前に基礎を叩き込んでやるよ。丁度いいだろ?」
「………まっ、しょうがないね。補修と一緒に魂のお勉強でもしようかな。」
私は前の席を見つめる。誰も座っていない、ポッカリと空いたその席は、私の友達が座っていたものだ。
智子は昨夜の事件で気を失ったが、目立つような傷はなく無事に家に帰ったそうだ。しかし、今日は出席していない。………色々とあったからね、しょうがないよ。
…………そうだ、私が力をつければ、智子のような人が増えることは少なくなるはずだ。またあんな目にあう人を増やすわけにはいかない、もっともっと正しく生きられる世界を作るべきだ。
「やったろうじゃないの、勉強も魂も。」
「いや勉強は無理だろ。」
「出来るから!!」
未来を見たことがあるか?
私はないわね、そういう超能力者ではないのよ。
俺はあるよ。3度。
ふーーん、どんな時に見たのかしらね。
1つは生まれた時、俺がビッグになる将来を見てしまった。
それは未来を見るというのかしらね?……2つ目は?
死を直感した時だ。その瞬間、俺は5秒先を見た。だから今生きている。
凄いわね、私にもそういう能力があれば、立ち振る舞いも全然違うのだけれど……
そして3つ目は……今だ。
ふーん?
今この瞬間、俺の邪魔をする奴が現れたのを俺は見た。ちょっと潰してこようかなあいつ………
良いんじゃない?きっと面白いわよ。
男はその場から姿を消した。