そうあるべき心
「死ねぇ雫ぅぅうあああ!!!!」
ドスッ!!
綾が思いっきりぶん投げたシャーペンが、掲示板がかかった壁に、その姿を残したまま半分まで突き刺さった!
「お前がバカだからしょうがねぇんだろ!!俺に八つ当たりしてんじゃねぇよ!!」
そして雫は人が密集する廊下を走り、綾からドンドン離れて行く!!
バカだからしょうがない!?バカにだってプライドと人権ぐらいはあるわ!!
タタンッ!!!
両脇の壁を蹴って何回も何回も三角飛びし生徒達の頭上を飛び越えていく!!そして雫の後頭部めがけて……
「あんたが全部悪いんだよバァカ!!!」
かかと落としをかました!!
〜5分前〜
「……やっぱりそうか…………」
休憩時間、雫斜め上を見上げて頷いていると、いきなり口を開いた。なんだこいつ。
「うわ、独り言してるし気持ち悪っ。」
「………バカに構ってやれるほど、俺は暇じゃねーんだぞ。」
「むがぁーー!!バカバカバカバカ言うじゃないよ!!私にだってオツムが立派にあるんだからね!」
「立派なオツムと言えないのが悲しいな。」
「悲しくないもん何も!!」
「まぁまぁアヤ、バカにだって良いところはあるんだから。」
「智子までそういうこと言うの!?私の居場所がドンドン消えていくようわぁあんん!!!」
授業が終わり、次の授業は英語だなーー面倒くさいなーと思いながら、いつも通りの会話で時間を潰していると………
「つっ………」
「どした?智子。」
「そうだ四矢倉さん、あなた、テストの結果見ましたか?」
「え?ああ、まぁ、はい、見ましたよー。」
智子が見ている方を観ると担任の先生が教室に入ってきていた。
まぁ、私は勉強が苦手だからかなり低い点数だったけどね。いやいや、でも高校なんてテスト受けるだけでも十分卒業できるし…………
「廊下に張り出されている順位表は見ましたか?」
「え?そんなの見る気もないんですけど………」
「あなた、最下位で、しかもこの学年唯一の赤点者ですからね。…………放課後、職員室に来るように。」
「……………え?」
今、嘘………なんて言ったの?私のグレートな耳でも良く聞き取れなかったんだけど………
「赤点で最下位とかマジかよ!バカすぎだろ!」
雫の言葉を聞いた瞬間、私は急いで教室から飛び出した!
信じられない!!そんなことあってたまるか!!私が赤点!?最下位!?私よりもバカな子なんてもっといるはずでしょ!!そんなそんな………そんなのありえない!!
私は人達が群がる掲示板の前に辿り着き、人の波をかきわけながら掲示板の目の前に行く!!
頼む!!間違いであってぇえ!!
156位 四矢倉綾
絶望だ、私の下に誰もいない。上にしか人がいない。そんなバカな………中学の時は最下位になったことなかったのに………
「進学校だぞここ、お前以上はごまんといるが、お前以下なんてのはサラサラいねぇよ。」
いつのまにか追いついて来ていた雫が、笑いながら話しかけてくる。鼻に付く笑い方だ……人を心底バカにしたような、酷い笑い方。
「まっ、この学校で1番のバカだってことが分かったんだ。良かったじゃねぇか。これで心置きなく自分のことバカにできるぞ。アッハッハッハッハッ!!!」
私の心がドンドン赤く染まっていく。手が震える、この握り拳をどこにぶつければ良いかわからないというように、固めたりほぐしたりを繰り返す。
バカバカバカバカバカバカ…………
私の心が赤色の言葉で埋まっていく。
くそこの野郎っ。お前のせいで………お前のせいで………っっ!!
「私の夏休みが半分消えちゃうじゃないかぁあ!!!」
私の飛び後ろ蹴りが雫の腹に突き刺さった!!
この野郎のせいで夏休みが補習地獄に早変わりだよチビがぁ!
「いやお前の勉強不足だからな!?俺関係ないからな!?」
「お前がバカバカ言うから悪いんだよこのチビくそアンポンタン!!チビ!!アンチョビ!!」
「チビはお前だろ脳チビオタンコナス!!」
「お、オタンコナス!?あんたそれレディーに対して言う言葉!?」
「身も心も残念な女になら500万回は言えるわオタンコナーース!!!」
「死ねぇ雫ぅぅうあああ!!!!」
頭で動くよりも早く体が動いていた。ゾーンに入っていた私は、いつもならできないであろう完璧な投球フォームで、ポケットに忍ばせていたシャーペンを雫目掛けて殺すつもりでぶん投げた!
ドスッ!!
しかし雫はそれをかわしきり、チーター真っ青のスタートダッシュで私から一瞬で離れやがった!!
私がこれしきで許すと思ってんのか性悪チビクソ野郎ぅうあ!!!
ビキビキビキッッ!!!
ダンダンダンダンッッ!!!
多分これほどまでに人生でブチギレたことはないと思う。そう、廊下の壁を高速で、三角飛びによる移動を可能にする身体能力を発揮してしまうほどにガチギレしたことは…………
バグンッ!!!
心臓が、魂が!張り裂けそうなほどに鳴動した!!
ドゴォオン!!!
刹那!私のかかと落としが雫の頭に叩き込まれた!
雫の顔が廊下にめり込んでいる。それほどまでの速度で直撃したということさ!
「私をチビって言った罰さ!はっはっはっはっ!!私に謝りなさい!!生きてたらの話だけどね!!」
あーースッキリした!人生で最大の幸福に私は今包まれている!補習地獄だろうとなんだろうとドンとこいやぁ!!ふはははーー!!それじゃあ教室にでも戻ってナイススリープでもハブアグッドだ!
「おいてめぇ………」
スポンっと、まるでマンガみたいな音を立てながら雫は地面から顔を引っこ抜き、私を睨みつけてくる。普段無表情なのに、今だけは鬼ような形相だ。まぁ、チビが怒ったって可愛いだけだし怖くもなんともないね!
「どうしたどうした!?とうとう怒っちゃった!?顔を埋められたぐらいで怒んないでよおチビちゃん!?」
「チビはテメェだろ………全く……………言わないでおいてやろうって思ってたんだけどなぁ、お前、俺を怒らせたな。」
そう言うと、雫はニヤリと笑いかけて来た。笑いかけて来た?いや、あの笑みは私に向いているのか?何か違うような気がした。笑みでもなんでもない、私に向けられたものでもない………もっと別の何か。そう、彼はこの瞬間に変わったのだ。あの顔は、それのただの合図だ。
「あの成績表の中間部分見てみろよ。」
20メートルぐらい離れた場所の小さな紙の、小さな小さな文字を指差した。ふんっ、私が見えないとでも思っているわけ?私の視力は生まれた頃から進化をし続けている2.0を超えたアスリート視力だよ。あんなの他人の毛穴を見るよりも容易いは。
「86位樟葉優里香………どや、完璧でしょ。」
「おう、やはり見えるか。………そんじゃあ、35位辺り見てみようか。」
35位辺り?なんとも大雑把な………
「35位金本勝、36位橋本弘文、37位村田百合子………こんなの見せて何させたいわけ?」
「………気づかねぇのお前?」
「……………は?」
気づく?何に?何が?一体この文字列に何があるって言うんだ。ただ順位と名前が書かれているだけでしょ。ただの名前、名前………名前?……………あっ、
何日前のことかはもはや定かではないけれど、あることを思い出した。名前、そう名前だ。名前を必死こいて探した日があった。職員室に忍び込み、自殺した生徒の名前を探したあの時………確かその時の名前が……
「金本と村田………」
「…………」
雫は無言で笑っている。間違いではないと雰囲気が応えている。非現実的な笑みが………
引き込まれていく……自分でこの答えに辿り着いてしまったことが、私の正気を疑わせる。もはや冗談とか噂話だとか、非常識だと笑えなくなって来ている。心が思い始めているのだ、[噂話は現実だ]って………
「………違う、そんなことはない。ありえない……絶対にそんなこと…………」
だめだ、飲み込まれる。否定しないとやっていけない。世界がどんどん白んでいくのを感じる。感覚が溶け出し不明瞭になっていくような、目が開いているのに閉じているような………
「もっと笑って否定しなきゃダメだろ?………その下も見てみろよ。もっと面白いぜ。」
その下………これ以上に酷いことがあるわけ……が…………
「………………」
「………………」
「…………智子……」
40位の部分に智子の名前が書かれていた。
嘘でしょ……そんな………智子が危ない!
私は急いで駆け出した!
なんだ!?何がどうなっているの!?分からない……分からないけれど、何かヤバいことが起こりかけているってことは分かる!
両手をふりながら、廊下に群がる人達の波をかきわけ教室へと向かう!次々と現れる制服の背中がやけに多くて、距離がどんどん離れていくようで、焦りながらひたすら前へと進んでいく!
「智子!!」
そして辿り着いた私は、叩きつけるように扉を開いた教室に入った!!
「はぁ……はぁ…………はっっ。」
いない、嘘だ!私がいつも座っている前の席、智子がいつも座っている席に、智子がいない!さっきまでいたのに!さっきまで何事もなかったように私達と喋っていたのに!!
「…………ねぇあんた!智子がどこにいったか見なかった!?」
私が大声で教室に入って来て、鬼ような形相で問いただすせいだろう、私達の近くにいつも座っている男の肩を強く揺すりながら迫ると、男のは若干涙目になりながら廊下の先を指差した。
「な、な、なんか………はしってき、消えた……」
「消えた!?走って!?休み時間中に!?」
「な、なにか、何かに!………怯えるみたいに!!」
何かに……怯える?怯え………る………
私はそれを知っている。そう、最近聞いたんだ。見えない何かに怯え、そして………そして…………
「[助けようとした]………やはり俺の思った通りに。」
教室の出入り口に寄りかかり、雫が笑いかけてくる、
「智子の名前を聞いて、お前は助けようとした。彼女の身に危険が迫っていると直感した。………不信感を募らせることなく、疑うことなく、失望することなく、友人を信じきったんだ。」
「な、何言って………」
「知ってるだろ?あの美術室で作り話だと笑おうとした、1つの物語を。覚えているはずさ、思い出したはずさ、あの文字列を見た時に。」
5年に一度3人が自殺する。1人ずつ1人ずつ、屋上に紐を垂らして首を釣り自殺する。最近死んだのは金本と村田らしい、そしてその下の順位にいた智子。その嫌なイメージが重なり、不安をかきたてないわけがないのだ。智子が死んでしまうかもしれない……そう思うだけで……………
「………普通ならそうは思わないんだぜ。」
……………は?そんな、そんなことあるわけが………
「だって、自殺の規則性に当てはまってるんだよ!?心配しないわけが…………」
「智子が犯人だと思うもんだろ普通。」
「は、はんに……」
「智子よりも点数が上の人間が死んでるんだぜ?そして犯人は、[手を汚すことなく他人を自殺に追いやる何かしらの手段]を手にしている。恨み、妬み、嫉み、欲望。そういう劣等感で人を自殺に追い込んでいる………そう感じない方がおかしい。そうだろ?」
「…………………」
…………でも、でも、たしかにそうなのかもしれないけど…………でも!
「人の心はそんなに弱くない!!殺してまで人の上に立ちたいなんて思わないもん!!」
そんな手段があったとして、だからって、たかが数字の為だけに命を獲るというの?そんな、そんなのって………あんまりだよ。
怒りというかはほとんど悲しみで叫んでいた。これを否定しないと、私の心はきっと落ちていく。悲痛な叫び………見たくない現実を両手で押しのけるように、私は喉を震わせた。
「…………やっぱりな。」
そう言うと雫が近づいてくる。張り付いた笑顔が近づいてくる。今私は間違いなく雫に恐怖している。雫だけじゃない、この世の全てが恐怖の対象だ。初めて知る別種類の嫌悪感が私を猜疑にかけてくるんだ。
「お前はそういうやつだ、自分の正義が誰にでも当てはまることを疑わない。世界がかくありなんと疑わない。そうやって世界の悪意に飲み込まれて、しかし飲み込まれないように必死にあがく。」
クシャクシャ………
そして右手を私の頭の上に置いて、ゆっくりと撫でてくれた。
「…………え?」
「お前はやっぱりそういう奴だ。何が正しいのか、何が悪いのかってのを直感で理解できる。………もうお前は俺に関わるな、俺が智子を助けてやるから。」
雫は笑った。今まで見せたことのない、優しい笑い方。高校生らしく屈託のないその笑顔のまま、雫は振り返り廊下へと出て行った。
「え、え………え?」
たくさんの非日常を一度に経験した私は、そのまま硬直して立ち尽くした。
キーンコーンカーンコーン………
予鈴がなる、日常が始まる。
でも私は立ち尽くしたままだった。
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