爆散!!
「この学校の生徒名簿はどこら辺にあんだろうな。」
カタカタカタッ
雫は目の前で座っている先生をはけると、高速でタイピングを始めた。まるで目が何個もあるかのように、色々なウィンドウが目まぐるしく開いたり閉じたりを繰り返す。
「ちょっとなにやってんのさ!」
脇にはけられた先生は虚ろな目をして天井を見上げている。正常と言えるような状態には見えなかった。しかも何をやったのかは分からないが、雫が先生をこの状態にしたのは間違いないし、私の背後には監視カメラがある。この状況を見られたら……退学で済むのかなこれ。
「たくさん罪重ねちゃってるんだけど!?まずいよねこれ!?」
「積み重ねてるってなにをだよ。提出物でもためこんでんのか?まぁ、お前の馬鹿さ加減なら……」
「冤罪やめろ!」
ガンッ!!
雫の脳天に肘を叩きつける!!
うわっかっ………いったぁあ!!肘割れたぁ!!
私は提出物だけは出してるんだよ!……智美のを全部写してだけど!
「学ばねぇなぁ本当。……安心しろ、学校の監視カメラなんて怖がる必要はねぇよ。」
「はぁ!?だって起動して……」
「今は教員の勤務時間帯だ、警備員はいない。だから監視カメラを見始めるのは警備員が来てから……大体9時以降だな。」
「いやでも録画!?」
「確かに録画をしてはいるな。でも問題が起きない限り、時間を遡ってまで録画を見るなんてことはない。疲れるだろそんなことしてたら。」
いやこれ問題でしょ!?職員ぶっ倒して学校のデータ見てんだよ!?
「発覚するから問題になるんだよ。見つからなければ問題にはならない。認識の上に事実は成り立ってるんだぜ。コペルニクス的転回だな。」
うーん、授業で聞いたことあるようなないような……
「バカのお前でもさすがにこれぐらいは知ってるだろ。」
「……知ってるし!スペルタクティクス展開でしょ!?友達がよくやってるもん!!」
「…………バカってのはなんでこう際限がないんだろうな。」
「バカって言う方がバ」
「黙ってろ。口縫い合わすぞ。」
なんて恐ろしいことをサラッと言い放つんだこいつ!!
「………ん、これか。」
カタンッ
雫がクリックすると、PC画面にデカデカと映る生徒名簿。1年生から3年生までの生徒の名前がビッシリと書き込まれていた。
「金本と村田……結構いるな。やっぱりオーソドックスな苗字じゃ見つけづらいか。」
「見つけ辛いも何も、元から死んだ人なんて……」
大体、人が死んでるかどうかなんてのは雫の鼻しか証明できてないんだ。いるかどうかも分からない人を探すなんて………
「大体おかしいよ。人が死んだのなら、その友人は悲しむもんでしょ。それなのに悲しんでる人は全然いない………おかしいよやっぱり。」
「………ブルーな気持ちになったりはするもんだ。」
「…………は?」
「悲しまないもんだ人間は、少し落ち込むことはあっても。……自分の周りが死んだ程度じゃな。」
「…………本当最低ね。」
「立ち会ってみればわかる。」
雫は目を細めて画面を見つめる。その横顔はいつもと変わらずすましてはいるが……なんだろう。陰りが見えた。
「………更新してないなこれ。」
そう言うと雫は立ち上がった。
「更新してないんじゃなくていないんだよやっぱり。」
「………その可能性もあるわな。」
そして開いていたファイルを全て閉じ、んーっと腕を伸ばしてストレッチをする。
「可能性も何も、他のなんて……」
「[まだ一件残っているから更新していない]。」
「…………?」
「学校側は、自殺があと一件起こることを知っているんじゃないのか?」
ブルッ
体が震えた。真夏だというのに、冷たい風が背中に吹き込んだような気がした。
「だからチマチマ更新なんてしない……面倒臭いもんな。全員死んでからまとめてやっちまった方が早い。」
「……………」
相変わらず最低な考え方だと思った。こいつには人としての大切な何かが致命的に欠落しているように感じた。
「それに1週間後に全校集会がある。その時に合わせてまとめてやるんだろう。自殺者が出たこともその時に発表するか………もしかしたら発表すらしないかもしれないな。」
「……自殺した人なんていない。それなのに自分の都合の良いように、理由を無理矢理作ってるだけでしょ。」
生徒間で情報がなくて、生徒名簿とかの学校内部にすらも情報がない。それってつまり自殺したという事実がないということでしょ?でしょ!?やっぱり雫がいい加減なことを言っているだけじゃないか!
「俺が嘘を言ってると思うか?」
そんな私の心を見透かしてか、雫は職員室のドアを潜り抜けた後、首を傾けながら聞いてきた。
「……もちろん!!」
私は親指を下に向けて答えた。
「そうか、じゃあ俺にはもう着いてくんじゃねぇ。面白いことはもう何もないぞ。」
「面白いことって!私は別に興味でついてき…ちょっと話聞いてんの!?」
ガッ
私を無視して雫は前に進もうとする。だから私は急いで雫の肩を掴んだ!興味で自殺なんかに首突っ込むわけないでしょ!不謹慎すぎる!訂正し……
ガクンっ
(………あれ?)
すると不思議なことが起こった。
(なんか私……倒れてる?)
私が倒れていくところを、私はのんびりと眺めていた。膝から始まりもも、腹、む……腹より先に胸だった、間違った。そして最後に頬っぺたと、接地していくのを真正面からただただ眺めていた。
「あと先に言っとくが」
ビクッ
聞き慣れた声……のはずなのに、それを聞いた瞬間私は恐怖に襲われた。体の底から寒気が沸き起こり体全体に満遍なく行き渡るような……地下水をぶちまけたような悪寒と共に底知れない恐怖が!
「立てる親指は上向きだ。小学生でも知ってるぞ、バカ。」
そして雫と目があった。
あの目は、ネズミを前にしたフクロウと同じ、餌を見つけた喜びに震える捕食者の目!それを見た瞬間、私の冷え切っていた恐怖が急に沸騰し弾け飛んだ!顕現した恐怖そのものが身を縮こませる!
そしてその衝撃に耐えきれなかった私は……
夢のようなよく分からないものを見た。夢じゃないと言われても、夢だと言われても、そうだと頷いてしまうような曖昧な風景。
私はビルや家の屋根の上を駆け抜けていた、月の光と涼しい夜風を浴びながら。縮こまった身に反して大きく伸びるその影は、都市に巨大な陰りを落とす。
「お前とパートナーになれて良かったよ。」
後ろから声が聞こえてくる。男の声だ。この光景に対してなのか、または発言通りにパトーナーになれたことへの喜びか、声は楽しさで弾んでいる。
「……任務中だウカウカするんじゃねぇよ。また死にたくはないだろ。」
そして……私?が低い声で、振り向きもせずに応えた。
「安心しろ、俺は死なねえよ。」
「………そうか。」
(そう言って死ななかったやつを見たことがない。)
……期待と後悔。そしてその2つから漂う不安。
2人は夜の風をきって行く。その目に宿る赤色と共に。
「ねぇ智子。」
「……なに?アヤ。」
「私忍者だったみたい。」
「…………」
智子は途中で歩くのをやめ、キョロキョロと周りを観察し始めた。
「え?なに、ストーキングされてるとかなにか?私達服屋に行くだけなんだけど。」
「いや、なんか……家の天井をこう、タタターンと………」
私は右手の人差し指と中指を両脚のように見たて、タタターンと軽快に走り飛ぶ動きを智子に見せた。
「………あんたまだ寝ぼけてんの?」
「………やっぱ夢かぁーあれ。」
私は頭を振って眠気を覚ますと、ニッコリと笑った。
「よし!目が覚めた!行こう!」
今日はなんと土曜日だ。だから智子とショッピングセンターに行って色々と買い物をする約束をしたんだ。
ただショッピングセンターは町の中心部にあるせいで移動に時間がかかる。だから今日は早めに集合してこんな朝8時ごろに道を歩いているというわけよ。
「最近は確かクマ的な何かが流行ってるんでしょ!?買っちゃうぞー!!」
「クマ的な何かってなによ。パンダもオッケーになるじゃない。クマにしときなよ。」
「いやだってクマ的な何かじゃないとジャガイモとか鮭とか買えないでしょ。」
「………鮭はなんとなくわかるけど、ジャガイモってどういうこと?」
「え、似てない?クマに。」
「……………色と概形でしか物事判断してないでしょアヤ。」
えーそうかなぁー………バレーボールとサッカーボールの違いは確かにわかんないけどさぁ。全部で同じでしょあんなの。
「とにかく今日は買うぞー!そして食うぞー!」
「おお、今日はやけにやる気だね。」
ふふん、そりゃそうさ。日頃の嫌なことを忘れる為のやけ食いやけ買いだからね!雫とか雫とか雫とか!全部忘れてやらぁ!
「あ、雫だ。」
「なんだとあいつぅ!!」
私は思いっきり駆け出した!!