魂を食らう者
ガツガツガツ!!!
折り重なるように積み上がった死体の上で、小さな男が何かを頬張っていた。色の抜けた抽象的な何か。生命の根源のようにも思えるし、また、吐いて捨てるような汚物にも見える。
「ここら辺は粗方食い尽くしちまったな………仕方ない、場所を移すか。」
傍に置いてあった巨大な鎌を持ち上げ、小さな男は立ち上がった。
「美味い魂が見つかると良いんだが………」
真っ白な肌を血に染めながら、男は笑い続けた。
「また殺人事件だって。やになっちゃうよねーー。」
私と一緒に歩く友達が、ケータイを見ながら呟いた。
「しかも被害者は全員女性でしょ?やだなぁ、私達とかヤバくね?」
「………うん。」
ここ最近、連続で殺人事件が起こっていた。夜、人気のない路地で若い女性が襲われ、殺される。鋭利な何かで何回も刺された死体があれば、頭部を殴られた死体もある。殺し方が一致していない為、警察は連続殺人かどうか測りあぐねているとかなんとか…………
まぁ、確かに物騒な事件ではあるけれど、私には関係ないかな。そんなことよりも今日の授業の宿題だ。全然終わってない………どうしたものか…………
「………ねぇ、アヤ。ちゃんと聞いてる?」
「…………ん?う、うん。聞いてるよ。殺人犯がなんたらかんたらなんでしょ?」
「全力で聞いてないわね………いい?犯人は女ばかりを狙うんだから私達は夜出歩かないようにしなきゃいけないの。」
「あーーはいはい。わかってますわかってますよ。犯人が怖いですもんねー。」
「あんたね………ことの重要性分かってんの?」
うわーー智子の説教って長いんだよなぁ。智子、こういう話になると何故かガミガミ言うようになるんだ。お母さんか何か?
「分かってるって。……そう言えば国語の宿題終わった?」
「あ、やば。こんなこと喋ってる暇なかったわ。」
結局智子もこんなこと呼ばわりか。宿題以上には危険視してないのね。
私達はさっさと宿題を終わらせる為、学校へと走った。
キーンコーンカーンコーン
私達がやっつけで宿題を終わらせるとLHRの鐘が鳴った。だから私は自分の席に座って先生が来るのを待っていた。
自己紹介が遅れたね。私の名前は四矢倉綾。高校1年生だ。みんなからはアヤとか、ヨツヤとか、毛利元就の三本の矢の話を引用して一余とか呼ばれている。余はちょっとやだよね………ハブられてるような感じがして。
学校生活が始まって3ヶ月ほどが経ち、学校にちょうど慣れてきた時期なんだけどこれが結構面白い。今まで同じ地区にいたのに会えなかった人と遭遇するっていう驚きや、知らない地区から来た知らない人との出会いというワクワク感。そういう人達と意外とうまがあったりして学校生活をエンジョイしている。
「どうやら今日転校生が来るらしいよ。」
前の智子が耳打ちをして来る。
こんな時期に転校生?………親の転勤とかがあったのかな?
「噂だとイケメンだとか………楽しみだなぁ。」
転校生の顔を想像してウットリとしている智子。………イケメンったってねぇ?私は女子が言うイケメンは信用しないようにしているからね。そう簡単にノホホーンとした感情にはなれないよ。
………でも、想像しちゃうよね、やっぱり。どんな感じかなぁ。身長は大きいのかな?目も大きくって清純そうで………うーーん。アイドルゲームの男の子みたいなのしか思いつかないこの想像力の貧弱さ、悲しいなぁ。
「よーし、席につけ。」
先生が教室に入って来てすぐにLHRが始まった。
ダラダラと続く今日の予定とこの1週間の行事の確認。正直そんなの私達にはどうでもいいんだ。さっさと転校生を見せてくれ。
「確認も終わったところで、転入生が今日からこのクラスの一員になった。少しズレた時期の転入生で戸惑うこともあると思うが、みんな仲良くしてやってほしい。それじゃあ橘君入って来なさい。」
ガラガラガラ………
「………どうも、橘雫です………」
中に入って来たのは、中学生みたいな男だった。身長160センチ前後と小柄で短めの黒色の髪。目が細くて肌は真っ白。本当に中学生みたいで、イケメンというよりかは可愛い系だった。
………でも、それ以上に私は彼の目の奥の深さに吸い寄せられた。まるで年齢以上に年を食っているような妙な達観した気配を感じ取った。彼の顔を見ると………なぜだろう、死を連想した。
「席は………そうだな、1番奥の席、四矢倉さんの隣に座ってくれ。」
おや、私の隣か。この3ヶ月間隣がいなくて寂しかったんだ。これでいい話し相手が出来たな。
「それじゃあLHRはこれで終わり。みんな授業の準備をするように。」
先生が去った後、雫の周りに大人数が集まっていた。もちろん私もそのうちの1人だ。
「ねぇねぇ、ここに来る前はどこにいたの?」「誕生日いつ?」「好きな食べ物は?」「好きなアニメは?」「アイドルとかいけるくち?」「何人切りしたことある?」
わっちゃわっちゃと押し寄せる質問。そのあまりの多さに雫は「あ、あ………」とか言いながら狼狽えていた。
「みんなちょーっとストップ!!これじゃあ雫君、答えようにも答えられないよ。順番に質問していこ。」
私の制止により、1人ずつ質問していくことになった。
「それじゃあまず私から………雫君は一体どこから来たの?」
「……………仙台。」
仙台かぁ………伊達政宗?ずんだ?それぐらいしか有名なの思いつかないなぁ。
「誕生日は?」
「………………」
「………好きな食べ物は?」
「………………」
「………け、血液型とか…………」
「………………」
雫は手をもじもじさせ下を向いたまま一向に口を開いてくれない。
………あ、シャイボーイなんだな。
「………ね、ねぇみんな。雫君はどうやら恥ずかしがり屋みたいだからさ、質問はまた後にしない?」
「そうだな。」とか「仕方ない。」とか言ってみんなは離れていった。このクラスの人達は人との距離の取り方がうまい。このクラスの良いところだ。
まぁ、私も雫とは仲良くしていきたいのだけれど、喋るのが苦手な子にグイグイいくと逆に嫌われちゃうからねぇー。ここは我慢だ。
「………命。」
「…………ん?」
みんなが去った後、雫君がポツリと呟いた。
ゾワッッ
「俺の好物…………」
ずっと無表情か、困惑の色しか見せなかった彼の顔が、今、この言葉を喋った瞬間笑顔になった。唯一見つけた喜びを見つめるように、ただ黒板の一点を見つめて笑い続けている。それを見て私は身体中の毛が逆立った。
この男………ヤバイ。雰囲気というか気配というか感情というのか………私達と何かが違う。
彼の気味が悪い雰囲気にあてられてから私は、学校が終わるまで彼に話をかけることができなかった。いや、それどころか彼を見ることすらできなかった。………彼のあの、一点を見つめる目がひたすらに怖かったのだ。
「なんかあの子………とっつきにくくない?」
放課後、私と智子は教室で会話していた。
「…………そうだね、なんというか奇妙だね。」
「なんと言わなくても奇妙よ。授業中ずっと彼の視線が感じるんだけど、なんか観察しているみたいにさ………食われるんじゃないかってビクビクよ。」
「食われるって………そんなのあり得ないでしょ。彼人間よ?ハンニバルじゃあるまいし………」
「だよねーー。あんな子が脳味噌焼いて食うわけないもんねー。どっちかっていうとあんたがしてそうよ。」
「なわけないでしょ。私は脳味噌使うのが苦手でね。脳味噌を見ただけで嫌気がさすのよ。」
「ははーん、通りで今日の理科の宿題を忘れたわけね。貸してあげようか?私の最高級頭脳を。」
「あんたも忘れたでしょうが。そんな腐ったのいらないわ。」
「あっはっはっはっ!!!つれないなぁ!!!」
………ん?
談笑していると、窓から校舎を出ていく雫を見つけた。
あの方向は…………住宅街だね。
「………ねぇ、思ったんだけどさ、雫君をつけて彼の家の場所を見つけない?」
「はぁ?なんでまた………」
「彼シャイだからさ、私達がガツガツアプローチしてあげないとクラスに馴染めないじゃん。」
さっきグイグイ行くと嫌われるとか言ってたけど、やっぱあれなし。そんなんで好奇心を抑えたくないのさ。………それに、妙に彼が気になる。あの人間離れした目………不気味だけれど、妙に惹かれてしまう。あれの原因を探らないと落ち着かない。
「…………それもそうだね。じゃあストーキングしてみますか。」
私達は雫のストーキングを開始した。
雫は住宅街を抜けるとドンドンドンドン人がいない所へと歩いて行った。
「雫の家こんなところにあるの?………ここに人なんてそもそもいるのかな?」
いつの間にか廃れた工業地帯まで私達は来てしまっていた。最初は不思議な転校生の後を尾けるだけの好奇心で始まったはずなのに、いまではすっかり、廃れたスラムのような場所に取り残されたという恐怖心と不安で一杯だ。もう時間も6時ごろを回っていて、すっかり周りは暗い。完璧な闇夜だ。光はあるにはあるが、パチパチと音を立てて明滅するライトだけで、それが時折錆びついた金属と伸びきった草を照らすから、むしろ灯りがないのよりも怖い。
「ね、ねぇ………そろそろ帰らない?私怖いんだけど………」
智子が震えながら私の裾を掴んで周りをキョロキョロと見渡す。
……正直私も怖い。すぐにこの場を立ち去って布団にダイブしたいぐらいだ。でも、ここまで来て彼の家を見ないわけにはいかない。もう少し我慢しないと…………
「………なぁ、お前ら。そこに隠れているんだろ?出てこいよ。」
私達がガクブルしながら物陰に隠れていると、雫がこっちに向けて手を引いた。
あ、あれ?ストーキングがバレてたの?………それじゃあ仕方ない、出て行くしかないか。
私と智子は一歩前に出た。
「ご、ごめん雫君。悪気があったわけじゃ………」
「…………え?お前ら来てたの?」
………………へ?
ヌッ
私達の背後に女性が歩いて来た。
青白くて生気を失ったような肌、そして口と爪に施された朱色の装飾。服は真っ黒、所々真っ赤で…………
「………あら、カワイイ女の子じゃない。」
ビキビギビギッッ!!!
女の体がみるみる変形して行く。四肢が奇妙なまでに長くなり、爪も異常に伸びている。口は裂け、唇の異様なまでの朱色がより恐怖を引き立たせていた。
「「キャアアアアア!!!!」」
私と智子は2人揃って悲鳴をあげた!!!
化け物、そう呼ぶに相応しい奇怪なその姿が私達を恐怖のどん底に叩き落としたからだ!!!
「私、カワイイ子の血が大好きなの!!!」
ブン!!!
私達に向かって振り下ろされる細くて長くて鋭そうな爪!!!
ああ………ここで私達は…………
ザン!!!
女の腕が上空へと飛んだ。
「やめろ、こいつらは俺の大切な非常食だ。」
私達と女の間に雫が立っていた。手には大きくて真っ赤な鎌を持っている。
鎌?なんだこの似つかわしくないものは………いや、それよりも非常食?………??
「チィッ!!この………くそガキがぁあ!!!」
「ガキじゃねぇよ!!!」
ザザン!!!
怪物の残りの腕と脚が鎌によって切断され怪物は勢いよく地面に倒れた!!!
「こちとら300年以上生きとるわ!!!お前よりもよっぽど年上だ!!!敬えや!!!」
300歳以上!?はぁ!?こ、この容姿で!?……じょ、冗談だよね?
「………!!!ま、まさか!!お前はまさかあの雫なのか!?!?魂を食らう………」
ドスッッ
雫の腕が怪物の体に突き刺さった!!!
「そうだ。あの雫だ。」
ズルヌッ
雫が腕を引っこ抜くと、その手には不透明な何かが握られていた。薄汚れた塊。何かは分からないが、見ているだけで不快感が募る。
「チッ、しけた魂してるな。……まっいいや。」
ガブッ
雫はその何かを丸ごと口に入れた。
バリバリ、ムシャムシャとまるで食べ物を食べるみたいに音を立てながらそれを噛む。そして、ゴクン!!と音を立てて飲み干した。
その不透明な何かを食われた怪物は、大切なものを抜き取られたかのようにポーッと呆けた表情のまま動かない。
「それじゃあ………残りの奴らのもさっさと食っちまうか。」
雫が見た先に、男女が複数立っていた。まるで彼を恐れるように身を強張らせている。だが、彼がこっちに標的を移したと分かった瞬間、全員が走って逃げ出した!!!
「はっはーー!!!逃がすわけないだろうが!!!」
そう叫ぶと雫は跳んでいた。それからはもう、一方的に怪物を切り刻み、全ての体から濁りきった何かを引きずり出し食べ尽くしていた。
………彼が全てを食べ終わる頃には、足元には大量の死体の山ができていた。真っ赤で真っ白で、彼の登場を祝う紅白幕のように世界を飾っていた。
真っ赤な鎌が、まるで月夜に浮かぶ三日月のように輝いていた。しかしそれ以上に彼の目が輝いていた。まるで今命が宿ったかのように、燦々と太陽の煌めきをたたえ、死と生が混交したように蠕く。
「食っちまうぞてめぇら。」
死体の山の頂点で、彼は真っ赤な月のような目と口を大き開いた。