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8.調理担当責任者

 東京H警察署の刑事、春田徹は先ず日陰和田病院の調理担当責任者の野田慎一から事情を訊くことにした。警察署に呼ばれた野田は著しく緊張しているのが見て取れた。

「野田慎一さんですね。そんなに緊張しなくてもいいですよ。別に警察があなたを疑っているから呼んだという訳じゃないんだから。まあ、気楽に話をしてください」

 そんなことを言われても、日陰和田聡一郎がキノコで中毒死したという状況下で、調理した人間が警察に呼ばれているのである。緊張しない方がおかしい場面ではあった。

「はい、分かりました」

 野田はやっとのことでそれだけ言った。


「いやね、今日は、あのキノコ中毒が起こった日の調理の状況について話を訊きたいと思って野田さんに来てもらったんですよ。ああいうパーティーはよく開催していたのですか?」

「はい、聡一郎先生は理事長のご長男ですから、あの人が言い出したことは病院関係者ならだいたいの人は従います。ですから、あの人が『やるぞ』と言えば、パーティーは開催されていました」

「あのパーティーは『聡催パーティー』と呼ばれていたんだそうですね?」

「はい、そうです。聡一郎先生が主催されるパーティーなので、そう呼ばれていました。というより、聡一郎先生がそう呼ばせていたのです。皆が言うには、『聡催』が『総裁』を連想させるからご本人が喜んでいたそうです」

「なるほど、日陰和田聡一郎という人物は偉くなりたがりだったということか。それで、パーティーが開催される時はどんな段取りで開催まで進めていたんですか?」

「聡一郎先生が開催日とその回のメイン料理を決めます。それに基づいて、細かくメニューを検討し、聡一郎先生の要望を全て入れた上でメニュー最終版を作ります。パーティー当日は、通常の病院内で提供する患者さん用の夕食を調理した後、パーティー用の調理を始めるのです」


「そうすると、調理する人たちは残業になるわけですね?」

「いいえ。病院の業務としては扱ってもらえませんでしたので、残業にはなりませんでした」

「それじゃ、調理する人たちは文句を言ったでしょう?」

「いや、調理室の人たちには手伝ってもらいませんでした。残業代も出ないのに、可哀そうで頼めませんでした」

「それじゃ、どうしていたのですか?」

「聡催パーティーのための調理に必要な食材の実費だけは聡一郎先生から出してもらえました。しかし、調理人としての労賃はパーティー1回につき五千円だけしか出していただけなかったのです。それで、仕方なくそのお金でアルバイトの大学院生を一人雇っていたのです」

「それでは、たった二人でパーティーの調理をしていたというわけですね?」

「はい、そうです」


「それじゃ、大忙しだったわけですね。あの日も二人でキノコ料理等を調理したのでしょうが、どんな状況だったのですか?」

「いつものように、オードブル、スープを作りました。酒類は、聡一郎先生が持って来られた海外ワイン、日本酒は、この日は茨城県からキノコを入手されたということで、『霧筑波』と『一人娘』の一升瓶をお出ししました。その他に、ウヰスキー、焼酎、ウーロン茶、炭酸水、ミネラルウオーター、氷、さらには梅干しとお湯まで準備してテーブルに置いておきました。勿論、ジュースなどのノンアルコール飲料も揃えておきました」

「二人だけでやるのは大変だったわけですね」

「それが終わったら、いよいよあの日のメイン料理の調理に取り掛かりました。先ずはキノコ汁です。筑波山周辺で採取したというクロハツという珍しいキノコを使って大鍋で調理しました。それとは別に小さな鍋で二種類のクロハツも調理したのです」

「えっ、そうすると三種類ものキノコ汁を別々に調理したのですか?」

「はい、そうです。聡一郎先生から三種類のクロハツを渡され、それぞれ別々に調理するよう言われました。さらに、これらは味や風味が独特のものだから、絶対に混ぜてはいけないとしつこく言われましたので、慎重に三つのキノコ汁を作りました」

「そうですか……、続けてください」


「これも聡一郎先生からの指示でしたが、クロハツの他に、シメジやエノキダケ等も一緒にスライスし、これに牛肉と鷹の爪を加えて油炒めしたものに、コンニャク、野菜を加えて味噌仕立てのキノコ汁を作ったのです」

「ほうー、随分と手の込んだ料理だったのですね」

「それから、鉄鍋で調理した一番沢山キノコがあったものに蓋をした後、白い大きな布でカバーをしてワゴンに載せました。その他の二種類はパーティーの途中で聡一郎先生が取りに来るまで保管していました。キノコ汁の他に、クロハツそのものを味わう目的で、沢山あったキノコを使ってバター炒めも作り、これも大きな鍋と一緒にワゴンに載せ、会場の入り口まで運びました」

「なるほどね。それで保管しておいたキノコ汁二種類はいつ日陰和田さんが取りに来たのですか?」

「最初のキノコ汁を出してからしばらくの間、パーティーは盛り上がっていたようでした。それが一段落付いた頃、聡一郎先生が調理室にやってこられ、残っていた二種類のキノコ汁の鍋を私たちから受け取り、食器棚からお盆と空のお椀やお玉杓子を取って小さなワゴンに載せて出て行かれました」


「そうですか。と言うことは、特別なキノコ汁をお椀に小分けしたところを野田さんは見ていなかったということですね」

「はい、そうです。それとですね、上品なお椀に入ったキノコ汁の一つは手を付けられなかったようで、中身が入ったまま返却されてきました。これは恐らく聡一郎先生が持っていかれた特別なキノコ汁が入っていたものと思われます」

「つまり、誰か一人が特別なキノコ汁を食べなかったということになりますね」

「私は会場にはおりませんでした。だから、この目で見たわけではありませんので、何とも言えません」

「まあ、それはそうでしょうね。ところで、野田さんはキノコについてはどのくらいの知識をお持ちですか?」

「私は料理人です。一般的な料理に使うようなキノコについては一応知っているという程度だと思いますが……」

「では、ご自分でキノコを採取するなんてことはしないのですか?」

「田舎に育ちましたから、小さい頃は祖母に連れられて近くの山に行き、シメジくらいは採取した記憶がありますが、料理人を目指してからは自分でキノコを採取したことはありません」

「本当ですか?」

「はい、本当です。自分の興味が料理に向いてしまいましたので、その他のことをする気持ちはほとんどありませんでした」

「そんなものですかね」

 その後、春田はパーティー終了後の後片付けや野田とアルバイトの大学院生が帰るまでの行動を訊いてから、とりあえずこの日の訊問は切り上げることにしたため、野田はH署から解放され、ホッとした表情で帰途に就いた。


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