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31 峰岸との二度目の面談

 東京駅に着くと、峰岸の名刺を取り出して電話してみた。峰岸は快く面会することを了承してくれた。万博記念公園駅でTXを降りた洋介は駐車場に走って行き、慌ただしく乗り込むとゲートで料金を支払うのも時間が勿体ないように思うほど焦っている自分を見つけた。

「ダメだ。もっと冷静にならなくちゃ。事件の真相なんて見えてこないぞ」

 そう自分に言い聞かせて、スピードを出し過ぎないようにして走行した。K菌類研究所の門の中に車を進め、来訪者駐車場に車を止めた。前回と同様、受付に行き、中にいたガードマンに峰岸との面会を申し出ると、電話で連絡してくれた後、紐の付いたカードを渡してくれ、この日は第一面談室に入るようにと言ってくれた。洋介は礼を言って建物の入口でカードを翳してガラス戸を開け、すぐ傍の面談室に入った。いくらも待たないうちにドアがノックされ、相変わらずスタイル抜群の峰岸大希が笑顔で入ってきた。


「いらっしゃい。神尾さんが来られたということは、事件に何らかの進展があったようですが、まだキノコに関して疑問点があるというところですかね?」

「いやー、実はその通りなんです」

「そうですか。私に事件そのものについて相談されても何の力にもなれませんけれど、キノコに関するご質問ならお答えすることができると思います」

「有難うございます。先日伺った時に、峰岸さんは生育段階や環境の違いによってキノコは変化するので見分けるのは難しいとおっしゃいましたよね。きっとクロハツとその類似キノコに関しても難しいのでしょうね?」

「その通りなのです。多分、クロハツとニセクロハツに関するご質問だろうと思いましたので、資料を持ってきました」


 峰岸は小脇に抱えてきたファイルを開いて説明し始めた。

「この写真は全てクロハツなのですが、撮影した時期や年が違うものです。早いものでは七月中旬に撮影したものから遅いものでは十月中旬のものまであります。キノコの形状や色合いなど、結構違いがあるのがお分かりになるでしょう?」

「本当ですね。私のような素人には同じキノコだとは判断できないくらいですね」

「これはクロハツの子実体にナイフで傷をつけて継時的に観察した写真です。しばらくすると傷の部分は赤く変色しています。さらに三十分後には真っ黒になっています。これは典型的な例ですね。ただし、次の写真はいろいろなクロハツを傷つけ、一定時間後の色の変化を撮影したものですが、子実体によって変色の程度や強さが異なっていて、真っ黒なものから淡い黒褐色のものまで様々なのです。また、古いキノコでは発色しないものもあるそうです。なので、開ききったクロハツは食べない方がいいと言われています」 

「つまり、クロハツを採取しようと思ってキノコ狩りに行っても、キノコの状況によって間違ってニセクロハツをクロハツだと思って採取してしまう危険性があるということなのですね?」

「そういうことですね」


「それでは、その逆もあり得るということになりますよね?」

「その逆とは?」

「ニセクロハツを採取しようと思って山に入っても、キノコの状況によってはクロハツをニセクロハツだと思って採取することもあり得るという意味です」

「もちろん、あり得ると思います。ですが、普通の状況ではニセクロハツを採取するために山に入ることはないと思いますけど……。まあ、ニセクロハツの成分研究でもしようと思われている人ならそういうことも考えられるでしょうね」


「そうですね。ところで、非常に毒性の高いニセクロハツは関西方面にしか生えていないのですか?」

「前回もお話したかもしれませんが、クロハツやニセクロハツの近縁種の分類はまだ完全ではないようなのです。毒性の違いはもしかすると種が異なっていることから生じている可能性もあります。もちろん、同じ種でも個体差というのがありますので、一概には言えませんが。ただ、ニセクロハツで中毒事故が起こっているキノコの採取地は富山と愛知とを結ぶ線より西側のみだということも言われているのです」

「毒性の強いニセクロハツは関西以外の地域でも生えているのですか?」

「境界線のある富山県や愛知県ばかりでなく、大阪、京都の関西圏はもとより宮崎県でも中毒事故が起き、亡くなった方もいるのです」

「そうですか、九州のニセクロハツでも中毒事故の報告があるのですね。先ほど説明された境界線より東側では毒性の強いニセクロハツによる中毒事故の報告はないのですね?」

「私の知っている限りでは、そのような報告はなかったと思います。ただし、境界線より東側には毒性の強いニセクロハツは生えていない、ということが確認されているわけではありませんから、今後強い毒性のあるものが出て来ないとは言えないことは、十分認識しておいていただきたいとは思います」

「はい、肝に銘じておきます」

 洋介は目の前に峰岸がいることを忘れ、夢中になって今回の事件の整理を始めていた。


「神尾さん、大丈夫ですか? 他にお訊きになりたいことはありませんか?」

「あっ、済みません。事件のことで頭が占拠されてしまっていますので、時々、こんな状態に陥ってしまうことがあるのです。申し訳ありませんでした。これまでのお話で十分です。お忙しい所にお邪魔した上、疑問点にお答えいただき本当に有難うございました」

「それは良かったです。帰り道を運転される際は、あまり考え事をされないようにご注意くださいね」

「はい、分かりました。気を付けます。それではこれで失礼します」

 洋介は心から礼を言ってK菌類研究所を後にした。


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