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30 ホテルでの長い夜

 洋介はホテルのレストランでリーズナブルな値段の夕食を一人で食べた後、部屋に戻ってシャワーを浴びた。バスタオルで頭を拭きながら、その中はキノコ中毒事件に占領されたままであった。


 先ず、警察が最終的な落し所と考えているであろう日陰和田聡一郎の自殺説が正しいとして、この大阪・京都旅行で明らかになったことを解釈してみた。

 篠崎がニセクロハツを採取した場所は高槻市の摂津峡であった。地元で鑑定に関して実力のある同業者の協力を得て慎重に採取したキノコは間違う危険性の低いものであろう。日頃の篠崎の食材提供能力から考えても、本物のニセクロハツを手に入れることが分かっていたはずの日陰和田は、何故篠崎が提供するキノコの他に、自分でわざわざ京都まで行ってニセクロハツを探す必要があったのであろうか? 

 しかも、夜久野に採取する場所の近くまで案内させたにも拘わらず、何故キノコの判別を一緒に行わないで夜久野を帰してしまったのであろうか?

 いや、ただ単に自殺するのであれば、わざわざパーティーを開催して高校の同期生を引っ張り出す必要があったのであろうか? 確かに、自分が死ぬことにより、同期生二人に嫌疑が掛けられ、あわよくば彼らのどちらかが犯人に仕立て上げられたとしても、その時は自分自身が既にこの世に存在しておらず、院長や理事長職には別の人間が就くことになってしまう。日陰和田の自殺の目的が同期生二人の足を引っ張ることであったとすれば、的外れの結果を招いてしまうことになる。

 洋介には日陰和田の一連の行動をフォローした結果、どうしても自殺したとは考えられなかった。


 日陰和田聡一郎は何らかの意図を持って、篠崎にニセクロハツを提供させ、自分でも京都まで行ってニセクロハツを採取したことは明らかであると思われた。

 では、何故?

 答えの出ない疑問について繰り返し考えていると、短い時間の記憶が飛んでしまうことがある。多分瞬間的に寝ているのだろうと洋介は想像している。そして再び答えを見出すべくあれやこれやと考え始めるのであった。

 その後も洋介がいくら考えても自分が掲げた疑問を解消させる解答は浮かんで来なかった。客室の窓が明るくなりかけてきた頃、ようやく洋介の深い睡眠が始まった。


 洋介がベッドの上で目覚めたのは午前九時過ぎであった。まだ頭がボーとしていたが、身支度を整えチェックアウトした。四条大宮駅の傍にあったハンバーガーチェーン店で軽い朝食を摂りながらも頭の中では昨夜の続きを始めていた。

「よし、清水寺に行って、もう一度清水山を眺めてみよう」

 そう呟くと、残っていたコーヒーを飲み干し、阪急京都線大宮駅から電車に乗り、河原町で降りた。徒歩で鴨川に架かる橋を渡ってから少し南にある建仁寺の周りを見ながら南下し、松原通に出た。そこを東に進み、清水坂を抜けて清水寺仁王門から境内に入った。

 西門(さいもん)を左手に見ながら、三重塔、経堂(きょうどう)開山堂(かいさんどう)轟門(とどろきもん)を経て本堂に入った。そこでお参りをしてから清水の舞台に歩を進めた。


 舞台からは(きん)雲渓(うんけい)を隔てて向山の子安塔(こやすのとう)が見え、視線を左上に向けると、そこにはこんもりと樹木に覆われた清水山の頂が視界に入った。思わず洋介は足を止め、かなりの間その場に立ち止まって、山の一本一本の木に焦点を当てて眺めてみた。山のどこかから日陰和田の事件直前の心情を乗せた風が吹いてこないかと期待して待ってみた。

 しかし、いくら清水山を眺めても日陰和田の心境を読み解くことに繋がるような気を感じることはできなかった。仕方なく諦めて五条坂まで戻り、京都市営バスに十分程乗って、烏丸七条で下車した。北側に見える東本願寺の大きさに改めて驚き、西本願寺まで足を延ばしてから京都駅に歩いて向かった。

 この日の洋介の頭の中はずっと日陰和田の心境を想像することに占領されていた。いつもなら、神のお告げのように突然の閃きがそれまでの疑問を一気に解決してくれるのであるが、この日の洋介の頭は何一つ閃くことはなかった。


 東京へ戻る新幹線の中でも疑問を解くことから逃れることはできなかったにも拘らず、全く進展は見られなかった。車内の電光掲示板に間もなく名古屋であることが告げられたのを漠然と見ていた洋介の頭に、夜久野の自信満々の顔と、もう一つそれとは裏腹の自信のない不安そうな表情とが浮かび上がってきた。

「夜久野さんはクロハツとニセクロハツとの見分けに相当な自信を持っていたなあ。日陰和田さんにもきっと自信満々で見分けができると断言したことだろうな。しかし、K菌類研究所の峰岸さんは結構難しい場合があるように言っていたよな。日陰和田さんは本当に正しく見分けられたのだろうか? そうだ、もう一度峰岸さんに会ってその辺を訊いてみよう」

 こうなると、洋介の頭の中は峰岸と面談することに独占された。


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