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15 洋介とキノコ業者

 K菌類研究所を出ると洋介はつくばの街に出て、時々利用している現代風の定食屋で昼飯を済ませてから筑波ホビークラブに帰ると、愛が受付の中にいた。洋介の車が戻ってきたのに気付いた後、ずっと外を見ていたようであった。

「洋介さん、お帰りなさい。どちらに行かれていたんですか?」

 洋介は何となく詰問されているような気がしてたじろいだが、愛には誤解されたくないので、受付の中に入ってからしっかりとした声で答えた。

「飯島にK菌類研究所の峰岸さんという研究者を紹介してもらったので、いろいろと教えていただいてきたんです。今日は愛ちゃんが来るのが早いですね。授業は終わったのですか?」

「はい、今日の授業は午前中だけだったので、お弁当を食べて直ぐにここに来たんです」

「それは有り難いですね。実は、もし峰岸さんとは別の方の了解が得られれば、お話を訊きにまた外出したいと思っているんです。愛ちゃんに受付をお任せしてもいいですか?」

「久しぶりに洋介さんが探偵っぽくなってきましたね。私がいくらダメと言っても洋介さんは必ず行くのですよね。もちろん、私はダメなんて言ったりはしませんけど」

「ご協力、感謝します」

 洋介は微笑みながら、つくば東署の鹿子木に電話を掛けた。


「ああ、鹿子木さんですか。例の事件に関してキノコ業者の方にお話を伺いたいのですが、鹿子木さんのご都合はいかがですか?」

「ああ、その件ですか。私が神尾さんとご一緒しなくても良いように話をつけておきましたから、お好きな時に電話で確認してからお一人で行ってください」

「えっ、もうそういう話になっているんですか。流石、鹿子木さんのやることは違いますね」

「私も少しは学習能力がありますんでね。神尾さんは必ずキノコ業者と話をしたいと言い出すと思って、篠崎に了解してもらっています。住所と電話番号はこの後直ぐにメールします」

「有難うございます。できれば今日これから伺おうかと思っているのです」

「そうですか。よろしくお願い致します」

 洋介が電話を切ると直ぐにスマホの方に鹿子木からのメールが入った。

洋介はスマホに表示されているキノコ業者の篠崎隆文の電話番号を見ながら、受付の電話でボタンを押し始めた。愛は、洋介の様子がいつもと同じように感じられたのか、少し安堵の色を見せた。

 篠崎は直ぐに電話に出て、洋介の依頼を了解してくれたので、洋介は慌ただしく駐車場に向かった。


 車に乗り込み、エンジンを掛けると直ぐにカーナビに篠崎の住所を打ち込んだ。どんな状況にも全く動揺しないナビのガンダンスに従って車を四十分程走らせると、間もなく目的地である旨の音声が流れた。洋介が想像していたのはかなり山の中の一軒家であったが、ナビが運んでくれた所は、傍に民家がいくつか見える平坦な場所にあった。

 車をその家の庭の邪魔になりそうもない所に駐車し、玄関横のドアフォンを押すと、中から男の声が返ってきた。

「あのー、先ほど電話させていただきました神尾と申しますが、篠崎隆文さんはご在宅でしょうか?」

「はい、私が篠崎です。どうぞお入りください」

 元気で明るい感じの声だったので、洋介は少し安心して引き戸を開けて玄関の中に入っていった。


 篠崎は洋介を玄関脇にある土足のまま入れる事務所のような部屋に通した。そこには小さなテーブルが真ん中にあり、その周りに安っぽい木製の粗末な椅子が四脚備えてあった。その一つに洋介が腰掛けるように促し、篠崎はその反対側の椅子に座った。

「お忙しい所、突然押し掛けて来まして申し訳ありません。日陰和田病院で起こったキノコ中毒の件につきまして少しお話を伺いたいと思いましてやってきました」

「つくば東署の鹿子木刑事さんから神尾さんのことは説明を受けております。いろいろと警察に協力して事件解決に尽力されている方なんだそうですね」

「ええと……、少しばかり鹿子木さんのお手伝いをさせてもらっているだけですが……」

「まあまあ、そうおっしゃらずに、早く今回の件を解決してください。お願いします。私も何だか警察に疑われているみたいなんで、気持ちが落ち着かないんですよ」

「はい、私ができる範囲で頑張ってみたいと思います」


「それで、何をお話すればいいんでしょうか?」

「先ず、お亡くなりになった日陰和田聡一郎さんとのご関係についてお話いただけないでしょうか?」

篠崎は鹿子木から聞かされたものとほぼ同じ内容の説明をしてくれた。

「そうですか。その後、日陰和田さんからはどんな注文が来たのですか?」

「最初のうちは、この辺で採取できるキノコを沢山収めてくれないか、といった極普通の注文だったんですけどね。少しずつ、あの人の要求がエスカレートしていったんですよ」

「どんな風に?」

「キノコ以外の珍しい農産物を集めろとか、つくば周辺で特産品と言われている最高級の豚肉を持ってこいとかね」

「日陰和田さんは定期的に病院内でパーティーを主催されていたようですから、そのための材料集めを篠崎さんに依頼していたのでしょうね」

「そうなんですよ。普通のパーティーだったらこっちも対応が楽だったんでしょうけど、いつも何かしら珍しい食材をその日のメインとしていたんです。初めのうちは何とか対応できていたんですけど、回数を重ねていくうちに、珍しい食材という縛りが結構きつくなってきました」

「そうでしょうね」


「そのうち、キノコでも珍しいものを見つけて持ってくるように、っていう注文になってきましてね、もちろん筑波山周辺で採取していただけではとても要求に応えることができませんので、あちこちキノコ採取に行く羽目になってしまいました」

「それは本当に大変でしたね。それで、事故のあった時はどのような注文だったのですか?」

「日陰和田さんの方から、クロハツという珍しいキノコが欲しいと言ってきたのです。クロハツというキノコには非常によく似た形状をしている毒キノコがあるので、一般的には食べない方が良いとされていますので、私はそう返事をしました」

「でも、日陰和田さんは、とにかくクロハツを採取して届けてほしいと言われたのですね?」

「その通りだったんです。仕方ありませんでしたから、クロハツが生えているという情報があるところはほとんど全て探し回って、ようやく必要量を確保して私が直接病院の方に届けたんです。採取が終わったのはパーティーがあったその日の昼前になってしまっていましたので、その日の午後に何とか届けたんです」


「本当に大変でしたね。篠崎さんが日陰和田さんに届けたクロハツは何種類あったのですか?」

「それについては、鹿子木刑事さんからも質問されたんですけど、私が届けたクロハツは間違いなく一種類だけだったんです。でも調理された方は三種類あったと言われているそうなんで、困っているんです」

「そうでしたか……。ところで、先ほど、クロハツに外見がよく似た毒キノコの話をされましたが、篠崎さんみたいなベテランの業者さんには両者の見分け方なんて簡単なのでしょうね?」

「確かにキノコの参考書にはクロハツと毒キノコであるニセクロハツとの判別法は書かれていますよ。『キノコの傘の部分、ヒダや柄の部分のどこでも傷つけるとオレンジ色っぽい赤色に変わり、しばらくすると黒く変わる。この黒変を確認するのがクロハツを同定するポイントである。ニセクロハツは赤色には変わるが黒くはならない』って書いてあるんです。でも、実際、山で出会うキノコはいろいろな状況で生えているんです。まだ小さいものから時間が経ってじょうご型になったものまであって、ちょっと見では同じキノコとは思えないくらいなのです。また、晴れた日が続いていて乾燥しているもの、あるいは、雨に打たれて湿っているものまで様々なんで、判別はそう簡単にはいかないんですよ。だから、私の店でキノコを販売する時は、確実に判別できたキノコしか売らないことにしているんです」

「人の口に入るものだから、間違いのないよう相当な注意を払われているのですね」

「そう、その通りですよ。そこまでやっているのに、警察から疑われたんではたまったもんじゃないですよ」


「警察では篠崎さんがクロハツとニセクロハツとを間違って納入したのではないかとか、意図的に間違ったのではないかとか言われているのですね」

「そうなんですよ。本当に酷い話じゃありませんか」

「ところで、そうやって篠崎さんが大変なご苦労をして採取したクロハツを日陰和田病院に届けた時、どなたにキノコを渡されたのですか?」

「勿論日陰和田先生です。パーティーの時は必ず先生が出て来られて、私が集めた食材を一つひとつ丁寧にチェックされます。あの時も同じでした」

「クロハツを見て日陰和田先生は何と言われましたか?」

「『なかなか良いキノコを採取してきてくれて有難う』なんて、普段言われないようなお褒めの言葉をいただきましたよ」

「それくらい喜んでいたということですかね」

「私にはそう見えました」

「篠崎さん、今日は本当に有難うございました。また分からないことができた時にはこちらに伺って教えていただきたいのですが、構わないでしょうか?」

「もちろんですよ。私も一刻も早くこの事件を解決していただきたいですからね。鹿子木刑事さんにもよろしくお伝えください」

 洋介は心から篠崎にお礼を言って引き揚げた。


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