13 捜査状況
「それでは、警察での捜査の現状を教えていただけませんか? もちろん、鹿子木さんが現時点で私に話しても大丈夫だと判断されたものだけで結構ですけど」
「もちろん、現時点で分かっていることはほぼ全部お話しますよ。神尾さんに隠し事をして良い結果に繋がった例はありませんから」
「それは有難いです」
「先ず、今回のキノコ中毒が単なる事故なのか、それとも事件、つまり殺人なのかという点ですが……、どうもまだしっかりとは判断できていない状況のようです。ですので、両面から捜査を進めている段階です」
「そうですか。それでは事故だったと仮定した場合、どこでクロハツとニセクロハツとを間違えたのでしょうね。あるいは、クロハツにも実は毒性があったとかいう可能性はないのでしょうか?」
「専門家の意見では、クロハツであって、きちんと加熱していれば死ぬような酷い毒性を示すことは先ず考えられないそうです。そうなると、誰かがクロハツとニセクロハツとを間違えてしまったということになります。篠崎にしつこく訊いてみたんですけどね……、自分の鑑別能力には相当な自信があるようで、怪しいキノコは売ったり納入したりしないという方針でこれまでやってきたので取り違えるようなことは断じてない、とえらい権幕で怒り出してしまいまいした」
「篠崎さん以外の人が取り違えをする機会は皆無だったのでしょうか?」
「これまでの所轄の捜査では、日陰和田と篠崎以外の人間でキノコを扱ったのは調理を担当した人物だけで、取り違えを起こした可能性はかなり低いと考えているのだそうです。ただ、現時点では辻褄が合わないことが一つあるのです。パーティーの調理を担当した野田は、調理したクロハツは三種類あって、日陰和田から味や風味が異なっているから別々に調理するようきつく指示されたと言っているのです。ところが、キノコ業者の篠崎は提供したクロハツは一種類だけだったと明言しているのです」
「もしかすると、日陰和田さんは別の業者からクロハツを仕入れていたかもしれないということですかね?」
「その可能性はあるのですが、本人が亡くなってしまっているし、他の人は材料の入手に関しては全く知らないと言っているので追及しようがないのです」
「そうすると、現時点での警察の考え方はどちらかと言えば事件、つまり殺人が行われたのではないかという方に傾きつつあるということなのでしょうね……」
洋介にはだんだん美由紀が焦ってつくばまで来た理由が飲み込めてきた。
「それでは、今回のキノコ中毒が事件だとの前提に立って話を進めてみましょう。誰かが日陰和田さんを狙って毒キノコを入れたとして、そのようなことをする動機を持っている人は存在するのですか?」
「現時点で可能性がある人物が何人かリストアップされています」
「そうですか」
「そのうちの二人は元患者と別の元患者の家族です。まだ、ほんの少しの情報しか掴んではいないようなので、詳しいことはよく分かってはいませんがね。日陰和田という人は病院理事長の御曹司という立場からなのか、持っているキャラクターがそうさせたのか、時折高圧的な態度を取ることがあったのだそうです。内科医なんですが、診療技術に関する評判はあまり芳しいものではありません」
「元患者さんや患者さんのご家族以外に容疑をかけられている方はどんな方たちなのですか?」
「あの病院の非常勤医師の深町正人、同じく常勤医師の新保恭平、それとあの病院の調理担当チーフの野田慎一の三名についてはかなり疑いを持って捜査しているようです。それからキノコ業者の篠崎隆文もまだ容疑が晴れたという状況にはなっていないようです」
「彼らが疑われた理由はどのようなものなのですか?」
「先ず、篠崎ですが。日陰和田に届けたキノコが本当にクロハツだったのかどうかを証明する方法がないそうです。あの晩のパーティーのメイン料理として出されたキノコ汁やバター炒めは相当美味しかったようで、完食されてしまっていたのです。篠崎がクロハツにニセクロハツを混ぜ込んでも、他の人間には先ずバレることはありませんからね。動機としては、恨みです。篠崎が日陰和田にいいように使われていて、まるで奴隷みたいだと親しい人にこぼしていたらしいですから」
「まあ、単純にクロハツの中に毒性の高いニセクロハツを混ぜ込んでも、日陰和田さんだけを狙って中毒を起こさせることは難しいとは思いますけど、その点についてはもっと容疑が強くなってから検討すれば十分ですね。それで、二人のお医者さんたちの動機は何なのですか?」
「深町は相当優秀で真面目な医者との評判です。患者たちも『ちょっと取っ付きにくいけど、本当に信頼できる内科医だ』と言っている人が多いようです。基本的には大学病院の医局にいて、そちらでの業務が中心なのですが、週一で日陰和田病院に来ているそうです。
一方、新保の方は、医大に入ってからずっと日陰和田聡一郎の父親に学費を出して貰っていたそうでして、その恩義もあってあの病院で働いているのだそうです。そうそう、被害者の日陰和田、深町、それに新保の三人は高校時代からの友人だということですよ。そんなことから新保の学費を出す話が出たのかもしれませんね」
「なるほど、三人の関係は分かりましたが、動機は何だったのですか?」
「被害者の父親はかなり厳格な性格の医者だったようで、『医者は患者に寄り添って親身になって治療しなければならない』という強い信念みたいなものがあったそうです。そういう目で自分の長男を見ると、将来あの病院を任せるのは相当な無理があると判断していたようです。それで、次期院長や理事長候補として深町や神保を考えていたという噂があったのです。それに気づいた日陰和田はその邪魔をして自分が後を継ごうとして、遠回しな嫌がらせをしていたという話があります。そんな日陰和田が邪魔になった可能性は一応あるのです」
「でも、そんな状況だとすれば、むしろ狙われるのは深町先生や神保先生の方ではありませんか?」
「まあ、確かにそうなんですけど、亡くなったのが日陰和田だったのでね……」
「でも、二人のお医者さんたちがニセクロハツを料理に入れることはできたのでしょうか?」
「いや、その辺のところは現時点では全く不明な状況です。ただし、深町は日陰和田が出した特別なキノコ汁に手を付けなかったという点が怪しいと所轄では見ているようです。また、神保にとって、次期院長や理事長の椅子は喉から手が出るほど好ましい話であることも間違いないのだろうと思われています」
「そうですか。それでは、もう一人の方は?」
「パーティーの調理を担当した野田慎一です。彼も日陰和田にいいように扱き使われていたので、日陰和田を相当憎んでいたという話です」
「だいたいの話は分かりました。今はこのくらいの情報を与えていただければ、十分だと思います。有難うございました」
「いえいえ、私も東京H署の春田さんに引っ張り込まれたとはいえ、今回のキノコ中毒に関わりを持ってしまいました。今回の件は事故なのか事件なのかの判断が難しいと予想されます。実を言うと、私は神尾さんに乗り出してもらって、解決の糸口を見つけていただければいいなと思っていましたので、お礼を言うのはこっちの方です。有難うございました」
鹿子木はホッとした表情を浮かべ、カップに残っていた濃いめのコーヒーをしっかりと飲み干して筑波ホビークラブから帰っていった。




