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12 鹿子木刑事

 翌日、洋介はインターネットで調べ物をしていたが、一段落付くとつくば東警察署の鹿子木康雄に電話した。

「やあ、神尾さん。お久しぶりです。そろそろクラブの方にも顔を出そうと思っていたんですよ。一体、どうしたんですか? 私の所に電話してくるなんて珍しいじゃないですか」

「実は、鹿子木さんに少し伺いたいことができたんですよ」

「それは緊急なことですか?」

「いえ、それ程急いでいるわけではありませんが」

「それなら、今ちょっと取り込んでいるので、今夜筑波ホビークラブの方にお邪魔します。その時にゆっくりお聞きしましょう。それでいいですか?」

「はい、お待ちしています」


 夜九時過ぎ、ようやく鹿子木が到着し、受付の中に入ってきた。

「遅くなって申し訳ありません。野暮用がいくつか入っちゃってたんで。しかし、いつも私がここに来る時は神尾さんにお願いがあってのことなんですけど、神尾さんからの相談で来るなんて珍しいこともあるものですね」

「お忙しいところ、申し訳ありません」

 鹿子木に挨拶した後、タイミングを見計らっていた愛はキッチンに行き、濃いめのコーヒーをカップに注いで鹿子木に勧め、心配そうに二人の後ろの椅子に座った。

「私の知り合いからちょっと頼まれたことがありましてね。少し前、東京の日陰和田病院の理事長の息子さんで医者をしている方がキノコ中毒で亡くなったのを、鹿子木さんはご存じですか?」

「ええっ、どうして神尾さんはあのキノコ中毒のことを知っているんですか? こっちが訊きたいですよ」

「実はあの件で警察から疑われているお医者さんがいますよね。その人の奥さんは私の知り合いなんです。ご主人のことを心配されていて、ここに相談に来たのです」

「そうだったんですか。私の方は以前お世話になった東京H署の春田徹という刑事から、ある依頼があったんですよ。キノコ中毒で亡くなったのは日陰和田聡一郎という人なのですが、問題のキノコを採取して日陰和田に提供した篠崎隆文というキノコ業者がこの近辺に住んでいるということで、篠崎に関する情報を調べて教えてくれというのです」

「本当ですか。それなら鹿子木さんの力をお借りすることが可能ですね。凄く嬉しいです」

「いや、私の方こそ神尾さんに助けていただくことができるのでラッキーだと思いますよ」

 鹿子木は思いもかけず洋介が首を突っ込む展開になったので笑みを浮かべて本音を言った。


「それでは、先ずキノコ業者の篠崎さんに関する情報を教えていただくことができますか?」

「ええ、神尾さんになら、喜んでお教えします。何をお知りになりたいのですか?」

「有難うございます。それでは最初の質問です。篠崎さんは専業のキノコ採取業者だったのですか?」

「篠崎という人はキノコの知識はかなり高かったようです。しかし、商業的に栽培しているものは別として、キノコが採れるシーズンは主に夏から秋なので、それだけで食べていくのはちょっと難しいようです。天然ものに拘りがあるようで、栽培されたキノコには見向きもしないようです。そんな訳で、本業は一応トマトだとかイチゴだとかをハウスで作っていて、夏から秋のシーズンを迎えたりキノコの注文が入ったりすると、ハウスは奥さんに任せて採取に出掛けているようです。土日や祝日、それから気が向いた日に筑波山の北側の山道にある掘っ立て小屋みたいな店を開けて販売もしているようです」

「そうですか。そうすると、篠崎さんという人はキノコの分類については相当詳しかったと考えて良さそうですね」

「店のある周辺で訊き込みをしてみましたら、篠崎隆文はあの辺りでは一番キノコについて詳しいと言っていた人が何人かいましたね。筑波山近辺で採れるキノコならほとんど判別が付くっていう話でしたよ」

「そうでしたか。中毒の原因となったのはクロハツというキノコだということですよね。私にはあまり馴染みのないキノコですが、鹿子木さんはご存じでしたか?」

「いや、私も特にキノコ好きというわけではないので、全く知りませんでした」


 洋介は頷くと次の質問に移った。

「篠崎さんと日陰和田さんとはかなり前からの知り合いのようですが、その辺の事情もご存知なんでしょう?」

「日陰和田聡一郎という医者は関東周辺の山を歩くのが好きだったようで、時々はこの周辺にも足を延ばしていたようです。筑波山近辺に来た時、篠崎の店に立ち寄り、キノコを沢山買ったんだそうです。ちょうどその時、クレームを付けに来た客がいて、日陰和田が篠崎を助けてあげたことがあって親しくなったようです。篠崎にキノコの見分け方を教わったりしているうちにその実力を認め、その後はずっと彼を頼っていたようですね。ただ、最初のうちは随分尊敬していて、言葉遣いも丁寧だったようですけど、しばらくすると自分の召使いのように扱うようになったので、篠崎は結構不満に思っていたという話もあります」

「どんなふうに扱っていたのですか?」

「日陰和田という男は父親の病院を継ぐことが期待されていたというか、それが当たり前みたいに周囲から思われていたそうで、病院内で日陰和田が主催するパーティーをよく開いていたそうなんです。珍しい食材を皆に食べさすことが一つの売りになっていたとかで、結構キノコを材料として使っていたらしいのです。それで、何か欲しいキノコがあると、篠崎に依頼して採取してもらっていたようです。そのやり方は依頼するというより命令していたようなものだと言っている人もいるそうです」

「人間関係が変わるようなことが起こったのでしょうかね?」

「そこまでは所轄の刑事も掴んではいないようです」

「そうですか。それでは今回の事件に繋がるキノコの採取についてはどのような経緯があったのでしょうか?」

 洋介はいよいよ最も訊きたい内容を口に出した。


「篠崎の話ですと、またキノコパーティーを開きたいから何か珍しいものを採取してくれないか、もし可能ならクロハツというキノコを食べてみたいので頼みたい、という依頼が日陰和田の方からあったそうです。しかし、クロハツはほとんど注文が入らないキノコなので、採取には相当苦労したようです」

「パーティーが開かれたのは九月九日火曜日の夜だったそうですから、その前日、あるいは当日に篠崎さんはキノコを日陰和田さんに届けたのでしょうね」

「篠崎の話ではキノコは採れたての方が美味しいので、数日前から当日の午前中まで必死になってあちこち探し回った挙句、ようやく依頼された量を確保したということでした。届けたのは当日の午後になってしまったとのことです」

「昨夜、ちょっと調べてみたんですけど、クロハツというキノコには非常によく似ている毒キノコがあるそうですね」

「ええ、クロハツモドキとニセクロハツという外見上は非常に似ているキノコがあるそうです。クロハツモドキの方は一応食用ということになっているので、問題はなさそうですが、ニセクロハツというキノコの毒性は非常に高いのだそうです」

「篠崎さんはそれらを見分けることができるのですね?」

「キノコを傷つけて放置しておくと、キノコの色が赤くなったり黒くなったりするのだそうで、その違いから判別を付けるのだそうです。私にはよく理解できませんけど、篠崎はきちんと見分けられるそうです」

「私が調べた結果でもそのようなことが書いてありましたね」

 洋介はキノコ業者に関してのこの時点での疑問はとりあえず解消できたので、次の質問に移った。


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