邪神降臨。
「お前達の慕う道化は、今も堕天使を想っているぞ。その胸の内を見せてやろう・・・」
邪神が指を少し動かすだけで
空に映像が流れます。
映像の中で、道化は何人もの男と共に堕天使を囲んでいました。
空に轟く雷の様に、道化の声が一面に響きました。
『この想いはもう止められません・・。堕天使。貴方は、私のものです。』
時は遡ります。
これは邪神ナギナークが、ハルノクニに降臨する少し前の話です。
ハルノクニは花の咲き乱れる王国。
その美しさの中では色恋の話が絶えないのも、仕方のないことです。
ハルノクニにはいつからか、スパイダーという名の剣士が居ました。
蜘蛛の様に俊敏に獲物を捕まえるのは得意なのですが、いつも止めを刺し損ねる、何処かお茶目な、しかしながら麗しい見た目の青年です。
スパイダーはいつも恋の渦中にいました。
手当たり次第、とも思えますが、頬を赤くして剣士の横を歩く少女は満更でもなさそうです。
しかしながらその恋は月下美人の様に束の間だけ花開き、そして散っていくのです。
いつからでしょうか。
剣士スパイダーが、花の女王に熱い視線と愛の言葉を贈るようになったのは。
花の女王は大層人気が高かったのですが、本人が鈍い上に、周囲もからかってばかりでしたので、直接的で真剣な好意に、乙女の様に胸を弾ませていたようですよ。
他の殿方も勇気を出して、好意を伝えていれば、また違ったでしょうに・・。
さて、その夜はいつもの様に舞踏会が開かれていました。
こんな日に限って不機嫌な魔王様は、秘術で花の女王の分身を作り、ルイ様や剣士スパイダーをからかっておいででした。
毎回出席なさる方々にはいつもの事ですが、初めて舞踏会に出席する方には顔をしかめる者もおりました。
その中の一人が声を上げ、魔王様を批難したのです。
なんと品の無い!!
それは御尤もな指摘でございます。
広く戸を開かれた舞踏会には、多種多様の方々が集まります。
花の女王が許しているとは言え、品格を落とすような行為は、品の無い輩を招く事となるでしょう。
いつもなら取るに足らない事と笑って済ます魔王様も、この日は自身の機嫌に振り回されている様でした。
女王が許している。皆も笑っている。私の行為に品がないというならば、この和やかな空気を濁したお前には風情がないな?
魔王様はじろりと声のした方に視線を動かしました。
びくりと身体を震わす群衆の中に只一人微動だにしない青年がいました。
スラリとした体躯に肩にかかる髪は、どこぞの国の王子を思わせます。
女王が許そうが、皆が喜ぼうが、下劣なものは下劣だ。
挨拶もそこそこに、人を揶揄するお前は下劣にも劣る無礼者だ。
二人の視線がぶつかり合い、火花が飛び散ります。
魔王様はハルノクニの来賓であり、魔王様を咎める者などおりません。
若者と、その従者だけです。
多勢に無勢・・・。しかし若者は怯む事なく魔王様に喰ってかかります。
どちらが正しいか、と考えれば、どちらも正しいのでしょう。
ただ、魔王様の機嫌が悪く、若者は諌め方が雑だった。
それだけの事なのです。
気に障ったからといって、人を貶める物言いをして良い訳でなく、主が許したからといって、周りに配慮しなくて良い訳ではないのです。
苛立ちが、若者の心中を支配しはじめました。
口調は荒くなり、顔付きが歪んでいきます。
若者の言葉は呪いとなりやがて周りにいる人間にも飛び火していきました。
お前も死ね。お前も死ね。お前も死ね。お前も死ね。
誰が想像したでしょう。
この若者こそ、邪神ナギナークの仮の姿だったとは。
シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ
バチバチと紫電が走り空に亀裂が走りました。
星空に、落とし穴の様な黒い空間が現れると、中からは大小様々な怪物達が、邪神の力に導かれ這い出てきます。
その中には、かつて道化の心を支配した、堕天使の姿もありました。




