ハルノクニ。
これは、道化が塔を去り、崩落した街で目にした希望を胸に旅立った後の話でございます。
道化は悩みながら、あてもなく砂漠を彷徨います。天使はどこへ旅立ってしまったのか。帰りを待つにしても、どこで待てば良いのか。
道化はさ迷い歩きました。
砂漠を越え、荒野を渡り、森を掻き分け。
そして、道化はついに「ハルノクニ」とよばれる場所に辿り着きました。
ハルノクニを治める花の女王は、優しく、愛に溢れ、包容力に優れていました。
政は苦手でしたが、女王を慕う民が一丸となって、女王を支えます。なんと美しい。道化はその営みに感銘をうけました。
そしてハルノクニで、皆が一丸となる為の秘訣を学ぼうと決めたのです。
女王は他者を傷付けさえしなければ、盗賊ですら受け入れるだけの器があり、道化はその真理を知りたがったのです。
平常心。受け入れる心。信じる心。優しい心。どれも道化には持ち合わせていない力でした。
そして道化は、平常心だけを会得しようと考えました。自身をコントロールする事が出来れば、より多くの可能性を実現に近付けれる、と。「あの時、ああしておけば!」という後悔を二度しないように。
道化は毎日、女王と話をしにいきます。様々な経験から助言をすることもあれば、たわいのない話をする事もありました。
そんなありのままの姿を見せる女王に、道化は心を砕きます。
女王の力の源はなんてことはない、彼女の人柄だったのです。
そして、2週間が過ぎた頃。過去が道化に追いついたのです。
あなた、道化よね?なんで、そんな話し方を、するの?
混乱と困惑に揺れる瞳。
崩れ落ちた広場で最後まで道化の帰りを待っていた、ヒヨコの様に可愛らしい少女。パンドラだったのです。
道化は静かに語りかけます。
「もう、私を追うのはお辞めなさいパンドラ。」
初めての舞踏会に浮つく、頼りなくて可愛らしいヒヨコの様な少女はもういません。
そこにいるのは、待つ事も追う事も厭わない、強さを兼ね備えた乙女です。
ならばこそ、雲のように漂う道化ではなく、隣に立ってくれる人を探すべきだ、と道化は説きます。
しかしパンドラは首を横に振り続けます。
貴方さえいてくれるなら、何も要らない。
その瞳に、迷いはありません。
道化は心臓を掴まれたかのように動揺しました。
その強さが、あの時の私にあれば。
また違う結末が待っていただろうに。
道化の胸に居座るのは意地悪な堕天使です。
道化には思い出と決別し、前だけ向いて歩く事は出来ません。
今の道化は、過去を清算するためだけに踊る後悔と懺悔の操り人形にすぎないのです。
いいえ!道化さんは、私と一緒ですの!
不意に甲高い声が響きました。
森で狼に襲われていた所を救った、ラトリーという名の少女です。
かつてのパンドラのように、ラトリーもまた、道化の後をくっついては、憎まれ口や、熱っぽい視線を送るのです。
恋など「はしか」の様な者。
熱に浮かれたあとは、すぐに冷めると唄ったのはどの詩人だったでしょうか。
面白くないのは花の女王です。
花の女王は、とても愛情深く、親しみやすいのですが、恋をした事が無いのです。
それを、どこらかとも無く現れた、素性も知れない道化が、どこから現れたとも知れない少女と、恐らくは彼を追ってきたのであろう少女に人目も憚らずに言い寄られている様をまざまざと見せつけられ、頭に血が上りました。
挨拶もそこそこに、主の目の前で男に言い寄るとはどういう領分じゃ?
つもる話があるならば他所でやるがよい!!
ここは待ち合わせ場所ではないっ!!
道化は密かに、それはヤキモチでは無いのかと考えましたが、そっと胸の内に秘めました。
流石の道化も、これ以上ややこしくなるのは御免だったのです。
仕方なく、道化は少女達を自分の館へと招き入れました。
ハルノクニから少し離れた所に、ポツンと建てられた洋館です。
どうせ一人では持て余していたのです。
パンドラには管理人を任せ、ラトリーはメイドとして館を自由にさせる事にしました。
三人は気ままに館とハルノクニを行き来します。
いつしか道化の顔にも笑みが戻り始めた頃・・・。
ハルノクニに悪意が訪れたのです。
悪意の名は。
邪神ナギナーク。




