道化と少年と、意地悪な天使。後編。
道化は広場を去り
天使と少年は結ばれ、
ひょっこり道化が顔を出すと
そこにはいつもの喧騒が・・。
と上手く行かないのが世の中なのです。
よく言うでしょう?
事実は小説より奇なり、と。
道化が広場を去り1日が経つ頃
塔は大きな音をたてて崩れおちました。
その音を耳にした道化は、急いで来た道を引き返しました。
そして道化は目にしたののです。
見るも無残な塔の残骸を。
少年も道化も天使の元を去り、天使は悲しみの余り塔を飛び立ってしまったのです。
主を失った塔はみるみると朽ちていき、音をたてて崩れていったそうです。
道化は嘆きました。
最善の選択をしたと思ったのに。
人は、駒ではなく。
心は、時に何もかも破壊したがるもの。
私は何も分かっていなかった。
広場は混乱を極めていました。
怒号、嘆き、悲痛な叫び。
何にすがれば良いのか。
何処へ向かえばいいのか。
人々は戸惑いを隠せませんでした。
ただ一人、ポツンと立ち続ける黄色いドレスの少女を除いて。
ドレスはほつれ、破け、埃塗れです。
髪はぐしゃぐしゃ、不安で泣き腫らした目は真っ赤でした。
それでも少女はそこから動こうとしません。
道化はふらふらと、かつてヒヨコ、と呼んだ少女に近づき話かけました。
こんな所で、何をしている?
少女は目を輝かせ、埃塗れのドレスを叩き、髪に手櫛を通します。
道化を待っていたの。話の続きを聴くために!おかえりなさい!
道化は雷に打たれたような衝撃を受けました。
いつ帰るとも知れない自分の帰りをただじっと待つと決めた少女の心に感銘を受けたのです。
天使と共に、少年の帰りを待つ。
どうしてその選択を、自分は出来なかったのか・・。
天使の悲しげな姿を見ていれなかった、そんなのは言い訳に過ぎない。
痛い思いをしたくなかっただけだ。
逃げただけだ・・・。
いつ、帰るとも分からない、、私の帰りを・・・。
貴方は帰ってきたじゃない!それに、絶対帰ってくるって言ったわ!
心は、素直な程強くなるものです。
道化は、少女の横に腰を下ろしました。
私も待つとしよう。帰ってきた時に、おかえり、と言って貰えない事ほど寂しい事はない。
そういえばヒヨコ、お前の名は?
少女は一瞬ポカンとした後、怒りに顔を真っ赤に染め、最後に諦めた様に溜息をつきました。
・・・・パンドラ。
道化は堪らず声を出して笑いました。
お前にぴったりの名前だな。
馬鹿にされたのかと顔を真っ赤にした少女、パンドラに向かい道化は神話を語ります。
神に決して開けるなと釘を刺された少女が、好奇心に負け、箱を開けると中から様々な厄災が飛び出すという神話です。
飢え、裏切り、疫病、憎しみ、犯罪、ありとあらゆるものが、箱から飛び出しました。
しかし、箱の底に残ったものもありました。
それは「希望」です。
そして、その箱を開けた少女の名が、奇しくも「パンドラ」なのです。
・・・開けちゃダメじゃん。
そうなのだがな。希望とは、絶望に対する唯一の武器なのだ。困難や難所が無ければ、人は挫折も絶望もしない。しかし、そんな人生があると思うか?
パンドラの前では、道化も取り繕う事をしません。
少し荒々しい口調で、しかし穏やかな声色で道化は話しかけます。
希望がある限り、人は立ち向かえる。人は歩みを止めない。人は強くなれる。それを、お前から学んだぞ、パンドラ。
かくして、パンドラと道化には不思議な絆が生まれました。
しかし広場に生まれた不協和音は絶え間なく続き・・・。
広場はみるみる内に活気を失い。
程なくして、街は滅びました。




