この先は行き止まり。
ここは最果ての地。
この先には死、以外何もありません。
行き止まりなのです。
なのに誰も道を戻ろうとしません。
途方にくれたように、嘆き、泣きをあげ、崩れ落ち、倒れこんだら、寝るまで己を呪うのです。
あの時こうしていれば。
もしこうだったら。
考えるのはそんな事ばかり。
唯一救われる事は、しゃべり相手に困らない事でしょうか。
魔女の館は引っ切り無しに出たり入ったり出たり入ったり。
何日か入り浸っていると顔見知りもふえ、言葉を交わすことも増えました。
窓の外からバサッと翼を打ち付ける大きな音がしました。
私がゆっくりと窓の方へ進み、開けると、夜の暗闇の中に真っ赤な瞳が浮かんでいます。
そこにいるのは人が悠々のれる程の大きさの三本足を持つ烏。
八咫です。
君はやはり夜でも見えるのかいと聞いたら八咫は「オレはカラスだぞ。鳥目に決まっているだろ。」
と無駄に良い声でバカにされました。
八咫は何やら試練に向かう旅の途中でしたが、迷い込みここにたどり着き魔女に帰り道を聞きにきたレアな訪問客なのです。
帰り道を教えたその後も、ご覧の通り遊びに来ていますが。
今日も信者でいっぱいだな。
八咫が哀れむようにいいました。
可哀想に。一つの辛い思いを忘れるために多くの大事なものを犠牲にしている事に気づいていない。
貴方、本当に良い声してますね。カーって鳴けるんですか?
人の話を聞いてるのか?こんな所にいると、魂が捻れて、不都合が起きるぞ?ーーー鳴ける。
・・・元から捻れてる私達には居心地が良いんですよ。
貴方もよく遊びに来るのもどこか居心地がいいからじゃないんですか?
ーーーーちょっと鳴いてみてください。
馬ほどの大きさもカラスが鳴けば建物の壁は震え、埃と小石がパラパラ降ってきます。
結構、声高いんですね。
などというやりとりは日常茶飯事です。
この先は行き止まりだというのにーー正しくは死の始まりでもあるのでしょうがーー客足は途絶えません。
八咫と同じ位の体躯を持つ白い孔雀・・・氷点下や、正義の味方を名乗る幼女。
魔王様を追い、ジェイオン様や、弟君の遠致様も参られました。
いつのまにやら、ケイオスタウンは知った顔ばかりに。
パンサーさんに、魔王様、八咫と戯れ、正義の幼女にちょっかいをかけ、遠致様とは意味深に目で合図をします。
ですが、相変わらず魔女とは仲良くできません。
お互いを空気の様に扱うか、はたまたどうでも良い話を交わします。
私の牽制のお陰か、リリィは向こうから来ることはありませんでした。
魔女は不思議な力を使いました。
だからこそ魔女と呼ばれているのでしょうが。
予知。分身。千里眼。そして呪い。
未来を見通す力。自らを分ける力。
遠くを見通す力。そして相手を縛る、呪いの力。
リリィがいかにして、その力を手に入れたかは知りません。
ただ、私はその力に見覚えがありました。
昔の盗賊仲間が似たような力を操っていたからです。
油断させたり、行動をコントロールしたり。条件や制約が多いものの、非常に万能性が高く、重宝されたものです。
ただ、盗賊仲間はそれを盗みの為にーーいわば私欲の為に使っていたのに、リリィにはその素振りがありません。
それがまた、私の警戒心を上げるのです。
本心が見えないからーー。
本心を見せないからーー。
リリィが弱音を吐けば、周りの人間がなんとかしようと躍起になるでしょう。
リリィが望めば、喜んで命を差し出すでしょう。
それなのにリリィは、悩みを人に漏らさず、一人物憂うため息を吐き。
偶に奥の居間で、分身をし、自分会議をしてストレスを発散するのです。
分身にはそれぞれ性格が違います。
それぞれ司る感情が違うのでしょう。然しだからこそ、客観的な判断を下せるのかも知れません。
そんな私達が何故急激に距離を縮めたのか。
きっかけは常に些細なものです。
大地震と言えど、始まりは水の一滴なのです。
ある晩、リリィは体調を崩し、私に助けを求めました。
私は一晩中看病しました。
ただそれだけで、私達は心を開きました。
看病の間、たわいのない話をしました。
それは本当にたわいのない会話で、私が如何にリリィを怖れ、過大評価していたか思い知りました。
目一杯背伸びしている幼い子供。
願いを聞いてあげれなければ、聞いてもらえないと信じ込んでいた哀れな少女。
持てる力を使って、居場所を守りたかっただけの。
私は、本心を語らない魔女と呼ばれた少女を守りたくなり。
少女は、頼ること覚えました。
この先は行き止まり。
つかの間の安息。幸福の幻。
真に考えねばならない事を後回しにし、眼の前の心地良い事ばかり追い求める。
まるで、麻酔の海で緩やかに溺死していく様に。
もがく事をやめ、身を任せーーー。
そんな穏やかな混沌に一石を投じたのは・・・・。
つかぬ事をお伺い致します。
もし違っていれば申し訳ありませんが、無礼を承知でお聞かせ下さい。
貴方様は、道化ではございませんか?
これだけの過去が追いつきました。
当然です。この先は行き止まりなのですから。
いつか必ず追いつくのは道理なのです。
ですが何より・・・
私達は互いに『別れ』を告げていませんでした。
夜空に浮かぶ満月の如く。
地平を照らし、万物を見回す事象の読み手。
かつての踊り子の様な服装から、修道女の様な姿になろうとも。
私は一目で分かりました。
ルナロッサだ、と。




