嵐の気配。
「どれだけ遠くに離れようと、過去は必ずおいついてくる。」
不意にそう詠った偉大なる詩人のことを思い出しました。
奇妙な事ですが、元々性質が合うから一緒にいた相手ならば、とる行動も自ずと似てくるものです。
私達は自分では移動しているつもりでも、同じ汽車の席を替えた程度の意味しかなさないのかもしれません。
それは新月の夜でした。
焚き火を囲んで談笑する一団の近くに、私の苦手な魔女がいない事を確認すると私は寒さに身を震わせながら焚き火へと近づきました。
火を囲んでいるのは「影」達ではなく、大きな傷跡を持っていたり、不思議な紋様を身体に刻んでいたり、一言も喋らなかったり、急に叫び出したり、大人だったり、子供だったり様々です。
共通するのは、皆浮かない顔をしている事位でしょうか。
私はそのし4.5人程度の輪に加わりました。近づくと何も言わずとも隙間を作ってくれます。
私は感謝と挨拶を述べると、焚き火との距離を見計らって座ります。
話題はお世辞にも明るいとは言えないものでした。
いかに自分達が異端であるか。
いかに自分達が迫害されてきたか。
自決をするなら、いつ、どこで、どんな風にーーー。
私自身、自決を望んだ時期があるので、否定をする事はありませんでした。
ただ、私の時はいつ、どこで、どんな風に・・・とか、死んだ後の事まで思考する余裕はなかったと思います。
きっと、そこまで行ってしまったら本来は手遅れなのでしょう。
私には、手を掴んで片時も離さない仲間が居ました。
きっとここでは、お互いがお互いの手を掴んでいる状態なのでしょう。
生きたいもの、死にたいもの、答えを求めるもの、何も考えたくないもの。
全てが絡み合い、全てを内包する混沌・・・。それがケイオスタウン。
私はその中でも、何も考えたくないものでした。
お話ですか?
お話は考える必要はありませんよ。ただ有ったことを吐き出すだけですから。
事実、話すことは出来ましたが、会話をするのは難しいのです。
意図を汲み取り、言葉を選び、自分の考えを述べる・・・一体、なんの為に?
私はもう、どうでも良いのに。
それでも私は夜な夜な焚き火を求め輪に加わり、同じ事を尋ねるのです。
貴方は、何故死にたいのですかーー?と。
どれほど時間が経ったでしょう。
ケイオスタウンに時計はありません。
太陽が何回登ったのか、15回を超えてからは数えなくなりました。
意味がないからです。
ケイオスタウンには季節も、変化もありません。
一定の周期で仕組まれたかのように天候がかわるだけです。
ですから日にちを考えるより、雨の日から何日目、と数えるほうが役に立つのです。
聴いた話では、一年の節目には雪が降り、たまに嵐がくるそうですが、嵐の法則性はまだわからないそうです。
ようやくケイオスタウンに慣れ始めた頃、私はうっかり雨の日を失念していました。
その雨はいつもの様に霧雨から始まります。
時が経つほどに雨足は強くなり、真夜中にはスコールの様に激しく雨水が打ち付けられるのです。
私は急いで、雨宿りができる場所をさがしました。
ですが。
大木の下も、屋根の残る廃屋も、洞窟も、影とケイオスの住人でいっぱいです。
雨は1日決してやみません。そして医者のいないこの町で体調を崩す事は一歩死に近づく事なのです。
私は溜息をついて、普段決して近づかない、教会の様な建物へと向かいました。
ケイオスタウン唯一の形を保った建造物。
通称・魔女の住処へ。
掲げられていた筈のシンボルは折れ、壁にはヒビが入り、くすみ・・・それでも廃墟だらけのケイオスタウンでは奇跡的な現存です。
まだ家として機能するのですから。
私は深呼吸をすると、木製のドアを押し開けました。雨の音は泣いてるようにも、歌ってるようにも聞こえました。
薄暗く、カビ臭い廊下を10歩も進むと、広間に出ました。
魔女は普段あの祭壇に寝床にしていると、パンサーさんに聞き及んでいました。
人影は広間にチラホラ。
魔女は慕われてもいますが、同時に恐れられているのだと私は一人納得します。
人影に紛れ、やり過ごすのは容易い事でしたが、借りは最小にし、効果を最大限にする為には、礼儀が必要です。
私は片膝をつき、口上を述べます。
先日の非礼をお許し下さい、魔女様。どうか私に一晩屋根をお貸し下さい。
もぞり。と、壁にもたれ掛かっていた影が動きました。
私は二度驚きました。
魔女が直ぐ近くで寝ていたと勘違いして一度。
しかしよく見ると、体格も性別も違います。
そして、その人物の顔を確認すると、二度目の驚きが心臓を襲いました。
因縁深からぬ相手。
力の象徴「嵐の化身」
知恵の象徴「賢者」
誰もその本当の名を知らず
誰もがその存在を知っている。
何故。
何故貴方がこんな所に。
私は驚きのあまり考えるより先に呟いていました。
ーーー魔王様。
と。




