コドクと魔女。
私は手にしていた石を投げ捨てました。
そして灰色の髪の老人パンサーに問いかけます。
大して面白く無いでしょう?私の話なんて。
いやいや、こう言ってはなんだが中々楽しかったぞい?違う形だが、お主は苦しんでおる。自分だけが辛いわけではないと、思えるからのぅ・・・。
老人の話に私はうなずきました。
確かに老人が傷跡を見せてくれなければ、私も心の傷跡を見せる事はしなかったでしょう。
それはまた、私も、『苦しんでいるのは私だけではない』と感じていたからです。
ふと、私は辺りを見回してみました。
元は家だったのでしょう。ボロボロに朽ちた壁の成れ果ての陰に、モゾモゾと動く影が見え隠れしているではありませんか。
更に目を凝らすと、影はゆっくりと日が沈む方向へと移動しているようでした。
その数は両指では数え切れない程でしたが、私はその異様な光景にゾッとしました。
私は影を指差し、こぼす様に言葉を出します。
パンサーさん・・・。
私が指を差した方向を見ると、パンサーさんは困ったように笑います。
ああ、アレはな、魔女に会いに来てるんじゃ。
アレたちが生きる理由は、もう魔女と話す事くらいしかないんじゃ。
と、パンサーさんは日の沈め方角を指差します。
光を手で遮りながら、落ちゆく太陽を目で追うと、赤い太陽を背景にゆっくりと此方に向かってくる人影が見えます。
まるで、太陽と入れ違いにやってきた様にも見えました。
遠目にも小柄な少女の様です。
夕闇に黒髪をなびかせ、影達がひれ伏すのを見ると、少女らしからぬ妖艶な笑みを浮かべます。
なるほど、魔女ですか。
私は思わず笑ってしまいました。
齢何百年の老婆や、鼻の尖った醜い姿を想像していたので、拍子抜けと言えば拍子抜けなのですが・・。
こんなに最果ての様な地で笑っていられるのが、演技だとしたら魔性の女ですし、本心だとしてもやはり魔性の女です。
私は一目で嫌というほど魔女の魔女らしさを感じとり、目を閉じ、マントに包まり、横になりました。
縋るものと縋られるもの。
その構図を見るだけで、心がズキズキ痛むのです。
こんな日は眠るに限ります。
眠り疲れるまで。夢を見なくなるまで・・・・。
しかし私の目論みはアッサリと壊されました。
貴女・・・慈悲を請いにきたのではなくて?
魔女です。
弱った心を嗅ぎ当てたのか
新参者に興味をもったのか。
鈴の音色の様に清らかな音色で、魔女は語りかけてきます。
しかし、それ以上に、慈悲という言葉が私を苛つかせました。
慈悲!慈悲と申しましたか!この私に!!
マントを宙に舞わせ、さながら怪人の様に勢いよく立ち上がると、私はずずいと魔女との距離を縮めました。
慈悲を請うのも、請われるのも沢山です!!慈悲は、私に必要ない!!
そうかしら?貴方、今にも泣き出しそうじゃない?私の胸を貸してあげても良くてよ?
自分の言葉が逸らされた事に私はまた苛立ちますが、感情に身を任せてはいけないと、ぐっと拳を握りました。
結構。私、まな板には良い思い出がございませんので。
んまっ!失礼しちゃう!!私、決して大きくはありませんが、形には自信がありましてよ?
魔女は顔を赤くさせながら、黒いローブを脱ごうとしましたが、ファスナーが背中にあるせいか上手く脱げません。
結構です。貴女の貧弱な身体を見ても、私は癒されませんから。
こんなに棘のある言葉を投げたのはいつぶりでしょうか!
相手が魔女だから?
仮面を棄てたから?
いえ違います。
私はもうどうでも良かったのです。
黒い影達に殺されようと、目の前の魔女を怒らせようと、どうでもいいのです。
あらあら、容赦ないのねぇ?でも活きが良くていいわぁ。
私は更に苛立ちました。
こちらの話を聞いている様で聞いていない。
しかし長年の感覚は感情に従う事を酷く嫌がります。
何もかもどうでもいいのに、感情に従う事は嫌がるのです。
私は自身が如何にへそ曲がりで如何にワガママか痛感しました。
ですが、どうにもこの魔女とは会話が成り立ちそうにありません。
感情のままに喧嘩をするより、距離を置いたほうが良案だと思いました。
私はマントを掴み、パンサーさんに会釈をすると、魔女を一睨みして廃墟の奥へ奥へと進みます。
日は完全に落ち、夕闇は夜の闇へと完全に変貌を遂げていました。
私は風が通らない壁を選び、一人うずくまりました。
気付いていました。
私が最も怖れるものが、すぐ側にきていることに。
ーーそれは、孤独という恐怖ーー




