棄てられた仮面。
私は下級貴族の次男に産まれました。
上には兄が、下には妹が。
両親は健在で、家には門番、家事はメイドがこなし、外出は常に馬車でした。
何不自由ない生活でした。
私の顔にある生まれつきのアザを除けば。
両親は私に不自由ない生活を与えましが、私と触れ合う時間は全くありませんでした。
だから気付かなかったのです。
私に恐怖という感情が欠落していた事に。
最初は、家出でした。
まだ7歳だというのに、夜中まで帰らず、翌朝ケロリとした顔でかえりました。
両親は私を初めて叱りましたが、私は何が悪いのかさっぱり分かりませんでした。
家出は頻繁になり、一週間、一ヶ月と長くなって行きました。
それは何度叱られてもよくなりませんでした。
当の私はと言うと、人と触れ合う度に、顔のアザをからかわれ、または笑われ、蔑まれる事に疑問を持つようになっていました。
そしてある日、両親は私の異常性に気付くのです。
私は顔のアザの部分を自らの手で、剥いでしまったのです!
絨毯は血に染まり、メイド達は叫び、両親は顔を真っ青にしました。
しかし私は、これで疎まれずに済むとニコニコ笑っていました。
この一件ののち、私は単身、神学校に送られました。
多少の寂しさは感じましたが、これから何が起こるかにワクワクが止まりませんでした。
私には恐怖心がありませんでした。
それはどういう事か。
危険な事ほど楽しいという事です。
高揚のみを感受してしまうという事です。
人が躊躇う一線を越えてしまうという事です。
私が退屈な神学校を抜け出し、危険に塗れた盗賊団に身を置くのに、半年と掛かりませんでした。
そして危険を恐れない私は盗賊団に重宝されました。
ある時は誰もが怯む危険物質を一人で運び。
またある時は指名手配犯の逃亡を手助けし。
またある時は盗品に塗れた倉庫の番をこなし。
盗賊団で私ほど幅広く仕事をしたものはいないでしょう。
そんな悪党が何故、道化になったのか。
人柄を変える物は世の中には二つしかありません。
それはお金。そして愛です。
私とその少女の出会いは、やはり裏路地でした。
誰にも見つからない様にうずくまっていた少女を私が見つけ拾ったのです。
何かから逃げている。それは何かしらのトラブルを抱えているという事。
危険な事ほど楽しい私にとっては格好の玩具に見えました。
私は、匿ってやる、と自分のアジトに連れて行くと、事情を尋ねました。
すると、なんてことはない、政略結婚が嫌で逃げてきた貴族の娘でした。
私は家出をするとは肝の座った娘だ、と感心しました。
とはいえここは家出場所には向かない、どうせ直ぐに出ていくだろう、と無理に追い出すことはしませんでした。
しかし私の思惑とは裏腹に、少女は出て行きません。
出入りする盗賊仲間とも仲良くなり、二年、三年と一緒に暮らすようになり。
五年経ち、ついに私と少女の間に子供が出来たのです!
私は生まれて初めて、危険な事以外で楽しい、嬉しいという感情が芽生えました。
そして守らねければならないという使命感もです。
盗賊団から足を洗う、と盗賊頭に告げると、なにも言わず幾らかの金を貰えました。
何かあれば頼って来い、とも。
頭を悩ませながら子供に必要なものは、と両手いっぱいに買い物をし、家を見れば引越しをしなければ、などと考え、やっと家に辿り着くとーーーー。
家は1枚の書き置きを残してもぬけの殻でした。
『子供の為には、貴方とは一緒にいられません。』
私は泣き叫びました。
喪失感、孤独感、怒り、悲しみ、自虐。
そして、ようやく知ったのです。
これか。
皆が恐れていたのはこれか!!
私はこうして、恐怖という感情を知ったのです。
それからは、何も口にせず、眠らない日々が続きました。
盗賊団が面倒を見ていなければ死んでいたかも知れません。
二年もすれば、私は日常生活を歩む程に回復しましたが、心はヒビだらけで、いつ砕けてもおかしくありませんでした。
ですから仮面を被り道化をする事にしたのです。
人々が私を見て、笑い、または感動する様を見ては、もう手に入らない暖かい家庭を夢見るのです。
その時だけは、胸のキズが疼かないから・・・・。
後は皆様ご存知の通り。
永遠の愛も。
終わりない平穏も。
蜃気楼に過ぎないと思い知る為の旅がはじまり。
そして、混沌なる街に辿り着いたのです。
さりげなく一人称に変わったのですが、違和感はありませんか?
最終章の主役、道化こと「私」です。




