相応の覚悟。
季節は移りゆく物です。
生き物は流れる時を見極めねばなりません。
咲くべき時に咲かぬ花は枯れ
脱皮出来ぬ蛇は滅ぶ。
それは不変の真理でございます。
砂漠を出て以来、中立を貫いていた道化にもまた変化の時は訪れます。
私、澪姫の執事としてお仕えしたいと思っておるのですが。
思い悩んだ末の結論が、澪姫の執事になる事でした。
触れたら割れてしまいそうな、実に儚い月下美人の姫君を支え、守り、導く事。
その美しさとは裏腹に、その存在感の無さは、まるで醒めれば終わる夢の様です。
何故、道化がここまで澪姫に執着したのか。
それは道化自身にも分かりませんでした。
澪姫の美しさに心を奪われたのか。
その儚さに庇護欲をかられたのか。
変化を求めたのか。
それともただ単に、浪漫を求めたのか。
その全てかもしれませんし
そのどれでもないかもしれません。
いいぞ。丁度執事とメイドを募集していたのだ。
返事はあっさりとしたものでした。
拍子抜けする程に。
或いは、どうでも良い、些細な事なのかもしれません。
執事の仕事は、胡蝶蘭に訊くと良いのだ。
胡蝶蘭は執事で神父だからな。
澪はもう眠いので寝るぞ。
だれもいない間、寝続けていたのか、澪姫の体調は優れない様でした。
こうして澪姫に直接伺いを立てれたのは、道化にとって幸運でした。
そして澪姫が寝室に戻るのと入れ違いに、闇から胡蝶蘭が現れます。
道化殿が執事ですか。
「覚悟」はおありですかな?
それはいつだったか、唐突に突きつけられた質問。
いえ、言葉は不要。
その行動で、示してもらいましょう。
そう言うと、胡蝶蘭は道化を中庭に連れて行きました。
外はまだ星降る夜でした。
澪姫はまだ寝付いてないのでしょう。
胡蝶蘭は空を見上げると、不穏な呪文の様な言葉を呟きだします。
北の空を指差し、一心不乱にぶつぶつと何かを呟き続けています。
胡蝶蘭が何をしたのか、道化は直ぐに知る事となりました。
空から堕ちてきた、翼を持つ存在を目の前にして。
アイタタタと腰を摩りながら、天使は立ち上がりました。
折角気持ち良く空を飛んでたのに・・。
引っ張ったの誰?
質問の回答を受け取る前に
天使は道化を見つけました。
誰が引っ張ったか。そんな事より、懐かしさが込み上げてきます。
わ、ひっさしぶりに見たわ、その顔。
天使はおどけてみせます。
道化は思わず笑ってしまいます。
旅に出る様になって、これ程の距離感で話をする存在はいませんでした。
遠くに行けば行くほどに。
人に会えば会う程に。
仮面は厚く、強固になっていくのです。
天使は道化をからかう様に周りをパタパタ飛んでみたり、近くの枝を折っては投げつけてきます。
しかし、天使を追いかけて捕まえる気も、答えを求める気も道化にはありませんでした。
道化は思いました。
春は終わったのだ、と。
月を愛でる、秋の季節が訪れたのだと。
もう必要ないのだ。
空に姿を探す事も、帰りを待つ事も、不安になる事も、焦がれる事も。
道化は、天使の姿に思い出を重ねて、そして告げました。
別れの言葉を。
天使。お別れです。
私もまた、歩かねばなりません。
隣り合って歩くには、私達は離れすぎてしまいました。
天使は最初、ポカンとしました。
何時ものような追いかけっこや、じゃれあいをすると思っていたのに。
突きつけられたのは、別れの言葉。
長い時を生きる天使には、眠りの期間は一瞬の事なのかも知れません。
しかし、季節が変わるには充分過ぎる期間でした。
プライドの高い天使は、キッと道化を睨みつけると、キツく唇を噛んで。
分かった。
とだけ答えると、北の空へと飛んで行きました。
その際、力加減を間違えて、城の一部を破損させてしまい、道化がこっぴどく叱られるのはまた別のお話です。
北の空をじっと眺める道化に、胡蝶蘭が声を掛けます。
貴方の覚悟、確かに見せて頂きました。
しかし、まだ足りません。
貴方の館に、こんな手紙が届いていましたよ?
胡蝶蘭に手渡された、見覚えのない便箋。
急いでも5日は掛かる距離をどうやって、とは考えません。
考えつく言葉は「邪神父は伊達じゃない」です。
宛名は確かに道化宛。
差出人の名を見て、道化は胡蝶蘭の、足りない、の意味を察するのです。
差出人の名前は。
水の女王。
ーーどれだけ遠くに逃げても、過去は必ず追いついてくる。
そう言ったのは誰だったでしょうか?ーー
ぼんやりした頭で、道化はそんな事を考えていました。




