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電子一夜物語  作者: メフィストフェレス
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語り手と読み手。


澪姫のおわす小さなお城は不思議な事ばかり起こります。

音はするけど人影はなし。

ひそひそ声はどこからもれているか見当もつきませんし、たまに見かける来訪者も人なのかどうか定かではありません。


浪漫を求めてここにたどり着いたのに、ここでの出来事を語ろうとすれば怪異譚になってしまいます。

見かければ、見失い、問いかければはぐらかされ、求めれば逃げて行く。

なにもかも思うようには行きません。


このお城で道化と話を交わしてくれるのは神父の胡蝶蘭と、半妖の夜来香イエライシャンだけです。


特にライシャンは何かと道化を気にかけてくれるようで、どんな質問にも快く答えてくれました。

月光を弾く白銀しろがねの長髪を闇に揺らめかせ、そこに居るのが当然の様に姿を現し、用が済めば影も形もなく居なくなる。

踏み込むことには躊躇わず、踏み込まれる事を嫌うその振る舞いは正に野生の獣でしょうか。

遥か昔は山を気ままに駆けていたと聞きます。


ライシャンにとってこの城は狭過ぎるのでしょう。

いつも何かやる事を探している様でした。

しかし当人にそう告げると。



妾は怠惰な性分故、面倒事をさっさと済ましているだけじゃ。



と、素っ気なく答えるのです。

尻尾をパタパタと振りながら。


神父の胡蝶蘭は相変わらずの調子です。

神父、という割りには闇を好み、闇を纏い、闇の中から現れては闇の中に消えて行く。

最早人の形をした闇の様です。

闇人形・・・なんとも不吉な響きではないですか。


宛てもなくフラフラと城を歩き回っていた道化は一人苦笑いを溢しました。


思い出すのは昔の事ばかり。

砂漠の花や灰の街の事です。

陽の光や、木々のせせらぎ、胸が踊り出すような活気。


ここは、怖ろしい程に美しいです。

しかし、時が止まっているようです。

老いず、衰えず、病まず、怖れず、変わらず・・・・滅びず。

永遠に続く夜会・・・。


気付いた時、道化はその身をマントに包み、誰にも何も告げず城を出ていました。

最も、誰かに会ったところでだれも行き先など尋ねなかったでしょうが。





休息を取ることもなく、ひたすらに今まで来た道を戻って行きます。

執事の街を抜け、舗装された街道を歩き続けます。


ーーこの辺りで、パンドラと逸れたのでしたっけ。

また会えるだろうと、楽観視していましたが、こうなると恋しくなる物ですね。


決して歩みを止めない道化に必死に食らいつく少女。

しかし、道化が歩みを止めない限り、その距離は決して縮まる事はありません。

速度が緩む事があっても、その腕に抱く事は望めないのですから、いつか二人の距離が開いてしまうのは、道化にはわかりきっている事でした。


道化は少しだけ足を止め。

また何時ものような笑みを顔に貼り付け歩き出します。

道化は幸せを求めません。

幸せを届けることが彼の生き甲斐。

しかし、幸せとは何なのか。道化には今一つ理解できていないようでした。


片手の指の日にちも使わずに、道化は灰の街に辿り着きました。

そこで目にした物は・・・。

ーーーー灰。

ただそれだけ。

灰色の砂漠、と言えば良いのでしょうか。

建物も、植物、全てが風化したように。

一面の平地は、灰と雪に埋もれて。

まるで最初から、何も無かった様に。

まるで最初から、何もーーー。



君は、道化ーーだね?



両膝を地に着け、うなだれていた道化に何者かが声を掛けて来ました。


無。

或いは死の大地と化したこの国にまだ人がいるなんて・・・・?


道化がゆっくりと振り向くと、其処にはローブを身に纏った、少年・・?いえ、少女でしょうか?

が道化に向き合っていました。

曇り空とは言え日が高い時間です。

なのにその人物の顔は逆光の様に影に隠れています。

これでは年齢はおろか、性別すらわかりません。

いつだったか、似たような事があった事を思い出しました。

アレは確か、酒場でーーー。



ーーーー風・・・?



道化は無意識に口にしていました。

何処からともなく現れ、何処へとなく姿を消す、災いをもたらすというその忌み名を。



いえ、ヴァニタス・・・でしたか?



ヴァニタス、と名乗る男は確かに老人風でしたが、今目の前にいる人物はもっと生気に溢れているように見えます。

ですが風、と言えば何百年と語られている存在。

その容姿を自在に変えれたとしても、今更だれも驚きません。



嫌だなぁ。こんな美少女とあんなお爺さんを一緒にしないでよ。



美少女も何も、顔は陰になってて見えませんし、ヴァニタスが老人だという話もしていないのに、その自称美少女はなにやら勝手に否定をしだしました。

これには道化も笑いを隠せません。

ですがそんな道化の態度を気にもせず、自称美少女は話を続けます。



僕の名前はルナロッサ。

君が語り手なら、僕は読み手みたいなもんさ。

僕がここで、どんな物語を読んだか、教えてあげようと思って声をかけたんだよ?


ーー何故、ですか?


そんなの簡単さ。僕は読むのは好きだけど、語るのは嫌いだし、苦手なんだ。

君の事は知ってるよ?

君はこうやって街が滅びても、そこで起きた事をーーー。



二人の声が重なります。

灰色の砂漠に、銀色の平原に、2人の重なった声が和音の様に響き渡りました。



『ーーー無かった事にはしたく無い。』



と。


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