縁は異なもの。
昼が人の世界なら。
夜は神の世界。
そう言ったのは誰だっでしょうか。
澪姫の為に働くとあれば、それは夜の住人になる事に他なりません。
主が寝ている間に起き、主が起きてから寝てしまっては、それこそお話にならないのです。
夜になれば、澪姫はどこかにおられる。
それだけがこの城の目印であり、指針なのです。
最初は不可思議な昼夜に惑わされていた道化も、幾日・・ いえ、幾夜も経たずに夜に溶け込む様になりました。
影に溶け込む、と言えば胡蝶蘭です。
この不思議な神父が気配なく背後から声を掛けてくる度に、道化は声を上げそうになるのです。
またですか、胡蝶蘭様。貴方様は何故正面から話しかけてくれないのですか?
貴方自身の見えぬ所を見るためですよ、道化殿。
胡蝶蘭の話はいつも蝶の様にふわふわと掴みどころがありません。
かと思えばふいに核心をついた言葉を発するのです。
ーー覚悟は出来ていますか?
話の前後はわかりませんが、その言葉は鮮烈な稲妻の様に、道化に、そしてその空間に灼きつきました。
何故、何に対して、どういった。
その様な説明は一切なく。
ただ覚悟はあるか、と胡蝶蘭は独り言の様に投げかけるのです。
多くの人物と言葉を交わし、様々な物語の始まりと終わりを見てきた道化にも、胡蝶蘭の底は計り知れないのでした。
道化が覚悟についてアレコレ思案している内に、胡蝶蘭は夜の闇に溶けるように去って行きました。
・・ああ、また見失ってしまった。胡蝶蘭様は本当に捉えどころがない・・・。
尋ねたい事がありましたのに・・。
尋ねたい事とはなんじゃ?
お堅い道化よ。
またも背後から声をかけられ飛び上がりそうになります。
この城では背後から声をかけるのが礼儀なのかも知れません。
昼と夜が逆転しているのですから、前と後ろが逆転していても不思議ではない筈。
そう思いながら道化は背後を振り返り、白銀の長髪を一つに結わえた半妖の少女、夜来香に言葉をかけました。
ライシャン様・・・。出来れば前から声をかけて頂きたいのですが・・。
それでは誰が背後からの危険を守るのじゃ?
わらわはおぬしの背中に危険はない、という意味も兼ねて背中から声を掛けておる。
その一声で寿命が縮まっている様な気もするのですが、と道化は思いましたが、口にするのは辞めて置きました。
目を細めてニンマリと笑うライシャンを見て、その理由に信憑性がないと判断したからです。
それで?胡蝶蘭に尋ねたかった事とは何なのじゃ?
金色の尾をパタパタさせ、興味津々に道化の顔を見上げます。
ライシャンの体全体からは好奇心が滲み出ていました。
無邪気は小動物の様に。
ええ、尋ねたかったのは、あの辻風の様な御仁です。
辻風とは言い得て妙です。
確かに凄い早さで澪姫の元に駆け寄り、同じ位の早さで喋り倒し、すぐに去ったかと思えば、またやって来る。
そんな人物が城に出入りしておりました。
あれ程目まぐるしく動き回れば、もっと騒がしく感じても可笑しくはないでしょうに。
不思議と爽やかな余韻と存在感を残し、その人物は去っていくのです。
その早業を前に、道化は名前は疎か、挨拶すらままならないのでした。
なんだ、そんな事か。とライシャンは呟きました。
アレは鳳仙じゃ。
いつも飛び回ってる風神の様な男じゃな。
時に鋭く、時に緩やかな動きをする中々に器用な男よ。
わらわ程ではないがな?
鳳仙・・様・・。
その鳳仙様は一体何者なのですか?
確かに今の会話では、道化は名前位しか知りえません。
鳳仙という男を知るためにずずいとライシャンに歩み寄りました。
ライシャンはサラリと道化の求める答えを渡しました。
鳳仙は詐欺師じゃ。




