剣士スパイダー対邪神ナギナーク
白い空間の静寂を
水の女王が破りました。
こんな妾を好きでいてくれるのは嬉しい。
じゃが妾は、もうお主を傷つけたくないのじゃ・・・!
どこか諦めの混じった、元気のない水の女王の声。
その髪が水色に染まった頃から、女王の体と心は熱を失ったようでした。
その言葉に、スパイダーの心が、身体がぐらつきます。
膝から崩れ落ちそうになるスパイダーを支えたのは、魔王様です。
今日だけは、今だけは背中を押してやろうスパイダー。
己の全てをぶち撒けろ。そして貫き通せ。
前回お前は女王の本音に触れた。しかし諦めなかったからお前は今、ここにいるのだ。
不死鳥になるのだスパイダー。
お前こそ女王の一番の理解者なのだ。
消えかけた瞳の光が再び輝き出しました。
本気を出すんじゃ。男じゃろ?
ヴァニタスが劇を飛ばします。
それでも水の女王は、頑なに心を開こうとしませんでした。
妾は、もう一度お主を傷つけるのが怖いーーー
スパイダーは水の女王の手を両手で包み、続きを言わせませんでした。
どれだけ傷ついても構わない!
それを受け止めれる男になる!
俺は頼りないかも知れない!
だからお前が必要なんだ!
二人で乗り越えて、二人で幸せになろう!
命を懸けてお前を守り抜き通す!
だから!
俺の側にいろ!!
それは、スパイダーの心の叫びだったのかもしれません。
優雅さの欠片もない、なりふり構わない心の叫び。
一度は膝を降り、敗北を受け入れながら尚食らいつく決死の一撃はスパイダーの名に相応しい、迫力に満ちていました。
それは確かに、閉ざしかけていた水の女王の心のドアをこじ開けたのです。
涙を流しながら、水の女王はただ一言、返事をしました。
ーーはいっ!
その声の反響が止むのを待ってから魔王様は二人の手を握りました。
剣士スパイダー。水の女王。共に試練を打ち破ったことを!
魔王の名においてここに宣言する!
スパイダーか・・・。僕を退治しに来たのかな?お仲間を連れてゾロゾロと。
そこは、かつて水の女王が腰かけていた玉座。
暖かい日の光と緑の木々は見る影もなく、あるのは枯れ果てた草木と、薄暗い灰色のような光と、暗黒の影。
剣に生きる・・・か。
何を言っているか、誰にも理解出来ませんでした。
スパイダーに付き添う魔王様も、その配下のミカヅキも。
事の顛末をしかと記録する為について来た道化もです。
おかしいよね?スパイダー。
君は剣に生きると言っているのに、一方では命を懸けて水の女王を守り抜くと言っている。
これじゃあ、剣に生きることなんて出来ないじゃないか。
あの白い空間には招かれなかったナギナークですが、その力をもってすれば何があったか把握するなど造作もない事でした。
命を懸けて守って何が悪い?
悪いなんて言ってないよ?スパイダー。
ただ僕は、剣に生きると、言っていた君が、何故人の為に生きようとしているかと訊いているんだ。
ナギナークの問いに苛つきを隠せずスパイダーは声を荒げました。
お前に俺の何が分かるナギナーク。
君の事は良く知っているよ、スパイダー。剣に生きると言っておきながら、女に現を抜かす半端者。
沢山の人を傷つけて付き合って別れてってした最低男でしょ?
場は完全にナギナークに支配されていました。
この短いやり取りで、ナギナークはスパイダーの触れられたくない過去を刺激して主導権を握っていたのです。
その空気を切り裂いたのは魔王様でした。
くだらぬ質問を・・!
我が愛する者の為ならば全ては二の次よ!
囚われかけていたスパイダーの意識が戻ります。
当然だ!女王の為ならばいつでも剣など捨ててやる!
だが今は、女王を守るために剣が必要なのだ!!
ふーん?矛盾している様にも聴こえるね?
俺は変わった!今の俺には女王が全てだ!
ナギナークは余裕の表情を崩しません。
スパイダー、貴様は水の女王の為ならば命を懸けて守り抜くと、確かに言ったな?
突然の魔王様の問いかけにスパイダーが静かに頷きました。
ーーー今がその時だ!
ナギナークは今度は魔王様を上から下まで舐め回すように見ます。
信じられない物を見た、という風に。
おかしいよね?魔王。君は確かハルノクニと断絶した筈・・。
ハルノクニ?魔王?知らんな。今は我が友人であり、弟子であるスパイダーの加勢に来ただけだ。
ふーん。流石は魔王と呼ばれるだけはあるね?喰えない男だ・・・。
スパイダーは考えます。
今の自分達には、邪神ナギナークを退治するだけの力がない事を。
揺らがない心を手に入れた試練の意味を。
ナギナークが、何を欲してここにいるのかを。
スパイダーが何を与えれるのかを。
その全てを考えて、そして辿り着いたのです。
この、答えに。
スパイダーは剣を放り投げました。
剣は宙を舞うと、甲高い音を立てて床に突き刺さりました。
邪神ナギナーク。過去を見通す力があるお前に、今の俺が何を言っても信用できないだろう・・・。
ナギナークが怪訝な顔をします。
力勝負を挑むなら、簡単に蹴散らせたものを。
と同時に、ナギナーク最大の弱点である、好奇心が首をもたげました。
優しい目で、とは言わない。
ーー俺の愛が、嘘か真か、その目で確かめてみろ!!
邪神ナギナークは一瞬きょとんとした表情をみせ、次の瞬間無邪気な笑顔をみせ、大声をあげて笑い出しました。
まさか、僕を追い払おうとするんじゃなくて、留めようとするなんて!
こんな事は初めてだ!!
おそらくそれは邪神の決して短くない人生で初めての経験であり、挑戦状だったのでしょう。
ひとしきり笑うと、ナギナークは視線を宙に浮かしボーっとしました。そしていつもの、新しい壊せる玩具を見つけた子供のような笑いを浮かべ、トプン、と影に沈んだのでした。
その時、水にくぐもったような邪神ナギナークの声を。
道化はたしかに聞いたのです。
ーー琉羽。怪物達をここに近付けるな。僕の居場所が、なくなっちゃうからねーーと。
ミカヅキ、琉羽導師があまり活躍出来ませんでしたね・・。
いつか、サイドストーリーで補填出来れば、と思っております。




