希望ト英雄ノ記憶
『ここは・・・』
目を覚ました姫子が見たのは大きな水槽で、視界には薄緑色の液体が見える。
そして姫子には様々な機械が取り付けられていて、その光景は異様そのものだ。
『こ、こちらです』
姫子の前に6人程の人だかり出来ていた。
先ほど言葉を発したのは1番手前にいる人物で、体格は姫子より小さく140程度しかないようにみられ、前髪が長くて見辛いが灰色の髪と対象的な赤色瞳が目立つ。声が中性的で少女にも少年の様にも聞こえることから、まだ若いのであろう。
服装は膝元まである白色のロングパーカーに狐の耳と、背中に帝の軍勢のマーク。胸元にはBの紋章。
灰色のネクタイに茶色のブレザーと短パンらしき服装、ネクタイには金色であしらった狐のネクタイピンをつけている。
『これが・・・』
『普通の女性ですね』
『これってブライドの趣味なの?』
『ち、違いますよ』
先ほど少年・・・偽りの名B ブライドは恥ずかしそうに答える。
質問をしてきた彼女もブライドと同じように胸元にJの紋章を着けた独特の衣装を着ている。
腰まで伸びた濃い緑色の縦巻きツインテールが特徴で、髪の先端部分にいくにつれて黒色に変化していっている。
服装は巫女服装であるがところどころアレンジしている。
普通の緋袴とは違い緑を基調とした色、上半身の白衣は脇が露出する形になっており、左の太股部分から左の胸元にかけて金色であしらった梟、背中には銀色であしらった梟の翼が描かれている。
彼女は偽りの名J ジェスパーだ。
そして彼女の隣には灰色のミリタリーカラーのマフラーと帝の軍勢の帽子を被り、胸元にはSの紋章を着けていて、メイド服で隠れて見えずらいが銀であしらった兎が描かれた黒タイツを着用している。
一般的にこのような場所で何故メイド服を着た女性がいるのは疑問に思うかもしれないが、彼女もまたジェスパーやブライドと同じ偽りの名S シルベルトなのだ。
『本当にこれがそうなのか?』
『は、はい。遺伝子的には間違いです』
未だに疑いの目で見ているのも女性であり。
先ほど、ジェスパー、シルベルトよりも歳上なのであろうゆっくりと落ち着いた雰囲気の女性だ。
胸元を強調するように肩を露出させるデザインの和服を着ていて、身長も170程だろうか長く美しい黒髪。
青色の瞳が特徴的だ。
着物は右袖の部分に金であしらった蝶型の模様、左袖の部分に銀であしらった蝶型の模様が目立ち、着物には薔薇の棘模様で胸元に咲く青薔薇とYの紋章を着けている。
この女性も偽りの名であり、Yの適合者イエスメデスだ。
『何はともあれ成功したは良いことだ』
『しかし・・・話でお聞きしてましたのとは違うのですね』
『そ、それは・・・その』
『それに関しては問題ない』
そして1番最後に話した2人は帝の軍勢の衣装を身に纏っており、年老いた男性は眼帯と白い皮手袋を右手だけに着けている。
その男性を一言で表すと威風堂々その言葉がよく似合う。
右胸部分にはXの紋章、そして総司令官にしか着けることのできない紋章も見られる。
覇気のある瞳で姫子を見ており何だか威圧されそうだ。
もう1人は先ほどの男性と同じ専用の帝の軍勢の女性用制服を身に付け、黒く伸ばした髪は艶やかで美しく気品があり、それに合わせて同色の瞳は人を魅了する力を感じられる。
街で見かけたら思わず振り向いてしまう様な可憐な女性である。
そう・・・Xの紋章を着けた男性は偽りの名X イクサ。
隣の女性は四季葵だ。
(貴方達は誰なの?)
水槽の中では話をする事は出来ない。
姫子は疑問に思いながらイクサ達を見ていると姫子に繋がれた機械にメッセージが浮かび上がる。
そのメッセージは姫子が思っていたのと同じ内容だ。
『あ、アリスからのメッセージです』
『此処に表示されるの?』
『は、はい。その機械にはアリスが考えたことが浮かび上がるのです』
『こちらの声は聞こえるのですか?』
『叫んでも通じません。これを使ってみてください』
そう言うとブライドはイクサにマイク付きのヘッドホンを手渡す。
このマイク付きのヘッドホンも姫子に繋がっており、イクサが姫子に話しかけてくる。
『久しぶりと言えば良いのか。それとも初めましてと言えば良いのかな?』
(初めまして?貴方達は誰ですか?)
『やはり・・・記憶の復元は無理だったようだ』
『覚えていないか・・・』
『流石にアレじゃねぇ・・・』
『バラバラだったもんねー』
『コラ!ジェスパーいくらなんでも不謹慎だぞ』
『事実じゃん・・・』
『事実でも不謹慎ですよ』
何やら騒がしい。しかし彼方のからの声が途切れ途切れなので姫子はただ見ているだけしか出来ず、質問の答えを待っている。
『話が少し脱線してしまったね。私の名はイクサ。
そして君の名はアリスと言うのだよ』
(アリス?)
『そう君の名はアリス。偽りの名A アリスだ』
(偽りの名・・・)
『思い出しはしないか・・・』
『案外思い出さない方が良いのかもしれんが』
『確かに』
偽りの名A アリス
その名を知っている者は今此処にいる6人・・・当然他の偽りの名も知ってはいたが皆忘れている。
正確に言えば忘れさせられてしまったと言った方が良いのか。
かつて姫子もオメガ達と同じ第三の聖徒としてこの地、フェルデガンテに来る筈だったのだ。
しかし未来から過去へ転移するときに機械が誤差動をしてしまい姫子は過去と未来の狭間に干渉してしまい・・・身体がバラバラになってしまったのだ。
何故機械が誤差動をしたのか。それについては未だに解明されてはいない。
むしろイクサの指示により調査も打ち切れてしまっている。
『思い出さないのなら仕方がない。
ブライド彼女は稼働する事に問題はないのかい?』
『は、はい。侵食細胞を目覚めさせる為の薬があるので』
そう言うとブライドは機械を動かす。
ブライドの操作によって保管されていたカプセルが姿を表し葵が取りにいく。カプセルはラムネ瓶程の大きさがあり、中には透明な液体が入っている。
どうやらこれがブライドが言っていた侵食細胞を目覚めさせる薬なのであろう。
『こ、これにセットしてください』
『これで良いですか?』
『はい。大丈夫です』
カプセルを姫子と繋がっている機械に取り付け装置を起動する。
姫子の身体に薬が流れて行くのを確認するしている。
(何・・・これは?)
『・・・何だか苦しそうだよ?』
『シルベルトわかるのか?』
『私の偽りの名の侵食能力の力かもしれない』
『アリス大丈夫かい?』
(こ、これは?
何をしているの?)
『君の中にある侵食細胞を呼び覚ます為だ』
薬を投与し終えた姫子に変化は見られない。
薬の影響で苦しんでいたのか?それとも得体の知れない液体が身体に入るのを拒絶していたせいのか?
落ち着きを取り戻した為なのか姫子はもう一度眠りについてしまう。
『アリス?』
『イクサ様。い、言いにくいのですが・・・アリスは眠りについてしまったようです』
『あの薬には睡眠作用があるの?』
『ないですけど・・・ちょっと待ってください』
眠りについてしまった姫子を呼び覚ます為なのか、ブライドは機械を弄る。
この機械は姫子の体調を管理する物で心拍数や、脈拍、体温等に異常がないか調べるのにも使用している。
無論この機械や姫子の入っているカプセルは未来の技術で、ある程度の人間の生命を維持する事が可能だ。
しかしながら当然バラバラになってしまった人間を再生させるだけの技術は未来でもあり得ない。
この力はアリスの・・・偽りの名A アリスの侵食細胞による特殊能力だ。
偽りの名A アリス。
異色であり、異常な能力を持っている人物で、その特筆すべき能力は細胞再生。
脳を破壊されない限り再生が可能で、未来ではこの能力を使ってイクサ達を助けたことが何度かある。
しかしながら今回は破損箇所が多かった為に治療カプセルで治癒を手助けしてもらって、今やっと治療が終わったところだったのだが・・・
『え・・・侵食細胞が』
『どうしたの?』
『い、イクサ様・・・アリスの侵食細胞が通常の10分の1程しかありません』
『何?』
『お、恐らくですが、再生の為に力を使い過ぎたのかと』
『侵食細胞を増やす薬ってあったけ?』
『ないですわね。そもそもそれがあったら既に使ってますよ』
侵食細胞の減少・・・通常であれば偽りの名にとっての死活問題であり、能力を解放する為に必要で、減少すれば能力が使えなくなってしまう。
減少した侵食細胞を取り戻すにはその人自身の生命力が必要で、薬品等での侵食細胞の再生は不可能だと言われている。
しかしながら姫子の侵食細胞が10の1とはあり得ない数値だ。
『それよりも問題なのは何故平然と生きているのかということなのだが・・・』
『通常ではありえぬのぉ』
侵食細胞の減少というのは、偽りの名の能力解放だけではなく生命維持にも関係してくる。
侵食細胞に適合した者は異常な力を手にいれる為の代償なのか、組み換えられた遺伝子には侵食細胞に侵され生命力と引き換えに能力を発動する事ができる。
その為に侵食細胞に喰らいつくされてしまわない用に、イクサ達は侵食細胞を強制的に抑える薬を携帯している。
だが今目の前で眠りについている姫子の侵食細胞は10分の1という数字が出ているのは可笑しな話なのだ。
通常であれば80%を切れれば身体能力に影響が出てきはじめる。
60%もにもなれば侵食細胞による武装や、身体変化、武器生成が困難になる。
そして50%で身体に影響が、40%では最早まともに攻撃することは出来ず、30%以下になると歩行困難だとされていた。
前例が無いので何も言えないが10分の1ともなれば生命活動を維持するのは困難だと思われていた。
『アリスは特別なんじゃないのー?』
『第三の聖徒だからかな?』
『どうなのですか?』
『ちょっと待ってください・・・
もう少しで、これは?』
機械を弄っていたブライドが困惑した声をあげる。
今出てきた数値が間違ってはいないか確認するが、どうしたら間違ってはいないらしくブライドは息を吸い込み気持ちを落ち着かせる。
『今のアリスは侵食細胞が極端に失われた状態です』
『それは知っている。問題なのはアリスの侵食細胞の再生ができているかと言う事なのだけど』
『結論から言いますとアリスの侵食細胞は再生が不可能かと思われます』
『・・・何故だねブライド』
『今のアリスには侵食細胞の再生に必要は細胞が崩壊しており、記憶の欠落もそれが原因だと思われます』
『アリスの侵食細胞でも再生出来ないの?』
『逆です。アリスの侵食細胞だからこそ再生が出来ないのです』
ブライドが今あるデータを集計して今のアリス状況を説明し始める。
アリスの身体は侵食細胞によって再生した身体だ。
しかしながら再生時のミスなのか、それとも故意なのかは不明だが今のアリスは前のアリスとは姿形が違う。
バラバラにはなりはしたが脳は幸いなことに無事であったので、侵食細胞を促進させる薬を使い今再生をさせたばかりだ。
流石にバラバラになった肉体全てを回収する事は不可能で、大部分を模造品で補っている状況だ。
言うなれば脳のみがアリスで、残りのはアリスの遺伝子と侵食細胞から作り出した物である。
しかしそれならばアリスの侵食細胞は使用出来る筈だが・・・それが出来ていない。
何故出来ないのか・・・それはアリスが無意識の内に侵食細胞を抑えているかもしれないからである。
肉体の活動に必要な侵食細胞のみを作り出し、戦闘に必要な侵食細胞は作らないらしい・・・
これは機械の数値とブライドの予想なので本当なのかは分からないが、現状アリスは侵食細胞を利用しての戦闘が出来ないと結論を出した方が現実的である。
『このアリスはアリスであってアリスではないのか?』
『は、はい。記憶もないみたいですし、侵食細胞を使う事が出来ないので』
『どうするのー?これじゃ意味ないんじゃないの?』
『残りの第三の聖徒・・・オメガとパルパトにはなんと説明する?
あいつらとは仲が良かったのであろう?』
一同がイクサを見つめる。実際のところアリスの再生を命じたのはイクサであり、他の偽りの名も賛成していたがいざとなればイクサに指示を仰ぎたいところだ。
イクサが少しの間瞳を閉じて考える・・・
『ブライド』
『は、はい』
『今アリスの記憶はどうなっているのだ?』
『先ほども申し上げた通りです。アリスには僕達との記憶も、偽りの名の時の記憶もありません』
『なるほど・・・記憶の復元は可能なのか?』
『結論から言いますと復元は不可能です。他の人間等は可能なのかも知れませんがアリスは自身の侵食細胞が再生するのを拒んでいます』
『思い出したくないのかなー』
『恐らくは・・・』
『しかしそれでは戦力が・・・』
アリスには最早記憶もなく、偽りの名としての戦闘力もない。
数名しかいない偽りの名にとって戦力の低下は悩ましい。そもそもアリスの能力は超貴重な為失いたくはなかったが・・・仕方がないのであろうか。
『本日今をもってアリスの偽りの名としての能力を凍結させる』
『イクサ様!?』
イクサの決定に四季が異義を唱えようとするがイクサによってなだめられる。
『疑問に思う者もいるであろうが、もうアリスことはもう良いのだ』
『ならこのアリスはどうするの?殺す?』
『そんな事はしない。そうだな・・・オメガとパルパトに帝の軍勢として一緒にいてもらおうか』
『それで良いのかのぉ?仮にも彼らは・・・』
イエスメデスが続きを話そうとするがイクサが止める。
これ以上喋るなという合図と共に。
その事に不満はあるだろうがイエスメデスは喋るのをやめてイクサの指示に従う。
『せっかく再生したのだ記憶は無くとも一緒にいた方が良いと私は思ってね』
『皮肉か?』
『そんな事はないさ・・・』
『名前はどうするの?アリスのまま?』
『葵すまないが名前を決めてくれないか?』
一同の視線が葵に集まる。
そして葵が口にした名は・・・夢見姫子。




