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殺人ピンボール

 倒れ伏した俺の上、何かがパラパラと降り注いだ。砂のような砂利のような。なんだこれ。動転した頭ではわからない。

 体を床から引き剥がして見上げると、コンソールがめちゃめちゃに壊れていた。


「い、一体……」


 どうやらさっきのはコンソールの破片らしい。破片? 馬鹿らしい気分になる。あの頑丈そうな台の破片だって?


「気を付けて」


 ケーナの声がした。

 俺をつきとばして助けてくれた彼女は、コンソールの残骸の反対側で身構えていた。険しいその視線はぴたりと一点を刺したまま動かない。

 彼女の目の先、残骸の足元で、ピクリと何かが動いた。


「……?」


 それは猫ぐらいの大きさの毛玉だった。まりもの光の下、俺には少なくともそう見えた。


「ダンガンウサギ……!」

「ウサギ?」


 見やると毛玉からピンと二本、長い耳が飛び出している。小さくて丸い目。もしょもしょと動く鼻。確かにウサギだった。

 でも、と思う。ウサギがどうやってあの頑丈そうなコンソールを破壊できるっていうんだ?


「避けて!」


 と言われて避けられる奴はいない。だから俺は厳密には避けたわけではなかった。声に驚いてかかとを引っかけたのだ。


「っ!!」


 ひっくり返る鼻先を、猛スピードの何かが通り過ぎていった。それこそ弾丸かと思うほどの。

 すさまじい激突音が響いた。振り返ると壁がクレーター状にえぐれていた。その中心からウサギがぽとりと床に下りる。


「このぉ!」


 ズン!


 ケーナが荷物を放り出した音だ。

 そのまま俺を追い抜き気合と共に拳を打ち下ろす!


「はあああああッ!」


 しかしその攻撃は惜しくも外れた。紙一重で上に避けるのを俺の目が捉えた。とはいっても捉えたのは残像だけ。何とも途方もない速度だ。


「ダンガンウサギの特徴は強靭な脚力と滅茶苦茶に硬くて頑丈な頭。猛スピードで相手に突進、頭を叩きつけて粉砕するの」


 早口で説明してからケーナは靴の紐を手早く結び直した。


「だからちょっと手ごわいかも……」


 たんっ!


 床を蹴ってケーナが跳ぶ。壁を蹴って上へ、さらに蹴って上へ。


「……え?」


 呆気にとられて俺はそれを見上げた。何だこのニンジャ娘。

 彼女は天井に張り付いたウサギに見る見るうちに接近する。金属音に似た甲高い音。両者がはじき出されるように跳び離れた。


「あーもう!」


 ケーナの舌打ちが聞こえた。確かに一撃で仕留められなかったのは失敗だった。ケーナの能力の高さを見るや、ウサギが本格的な戦闘行動に入ったからだ。

 壁に足をついたウサギはそのまま反対側の壁へと跳んだ。しかしはりつかずにそのままさらに別の壁へ。別の壁へ。別の壁へ。

 まさに三次元ピンボール状態。ケーナを取り囲むように殺人球が反射する。


「くっ……」


 ケーナは不利を悟りながらも諦めてはいなかった。敵を追い、攻撃を避け、懸命に反撃の糸口を探していた。

 でも駄目だ。俺には分かっていた。戦っちゃ駄目だ。なぜなら戦う意味がないのだから。


「ケーナ、やめだ! 逃げよう!」


 俺は声を張り上げた。

 だがケーナは敵の攻撃をかわしながら首を振る。


「駄目だよ!」

「意味がないんだ、戦っても! 君の目的は研究だろ!」

「わたしが諦めたらケースケが危ないでしょ!」

「分かってて言ってるんだよ!」


 ケーナはまだまだ研究を続けるべきだ。こんなところで万が一にも命を落とすわけにはいかない。

 だってヒト文明について解き明かすことは彼女の長年の夢なのだから。その夢のために涙を流せる子なのだから。


「おバカ!」

「でも……!」

「おバカおバカ! 口答えしたからおバカの二乗!」


 敵の攻撃をはじいてケーナが叫ぶ。


「わたしはケースケに感謝してるの! 恩人を守れない研究者になんて、わたしはなりたくないんだってば!」


 言い切って、大きく息を吸い込む。


「フェルくううぅぅーんッッ!!」


 大音声が響き渡る。

 だが俺はあの腐れきな粉餅がここまでついてきてないことを知っている。あいつはトンネルの入り口でいまだ座り込んでいるはずなのだ。

 だから当然何も起こらず、俺は彼女の行動を不審に思った。


 次の瞬間。


「ぐぅッ!」


 ウサギの体当たりがかすってケーナの体勢が崩れた。

 まずい。俺は悟る。勢いを取り戻すほんの一秒足らず、彼女はその間に跳ね返ってきたウサギに殺されてしまう。

 まぎれもない死だ。何もなくなる。一緒に過ごした短い時間もこれから過ごす長いであろう時間も、全てゼロだ。全て、全て……


「……っ!」


 そんなの認めるものか。

 俺の頭が回転を始める。周りに視線を走らせ起死回生の手を探す。何でもいい。少し気を引くだけでいい。何かないか、何か!


 ライトが転がっていた。すぐ足元。考える暇はない。俺は即座に拾い上げると祈りにも似た気持ちで投げ放った。ぶち当たってくれよ、頼むから。


 結果から言うと、そもそも俺の行動は間に合っていなかった。ウサギはその一瞬前にケーナに激突していた。


「ケーナ!!」

「だい……じょうぶ!」


 軋る歯の隙間から絞りだすような声で。彼女は俺の悲鳴に答えた。

 見ると右拳で相手のドタマを受け止めている。

 ウサギはそれを確認するや否やすぐに跳び離れてしまったが、何とか無事だった。


「っはあ……」


 そのまま彼女は糸が切れたように脱力する。まずい、集中力が切れたか?


「大丈夫」


 ケーナが右手を上げて笑う。


「一応安全になったから」


 言われて気づく。ウサギのピンボールはまだ収まっていないが、なぜだか攻撃はケーナに襲い掛かっては来なかった。


「……なんで?」


 つぶやくと彼女は左手のライトを掲げた。さきほど俺が投げたものだ。


「光を絞って目に当ててやったの」

「目に……?」


 つまりこう言うことらしい。体当たりを受け止めた際、ライトの強烈な光を片方の目に照射してやることで一時的に視力を奪い、攻撃の調子を崩してやったと。

 確かに片目しか使えなければ遠近感が狂い、跳ね回っているだけで精いっぱいだろう。


「でもこれでもまだ退治できないから」

「どうするの?」

「うん。そろそろ到着するんじゃないかな」

「え?」


 俺が訊き返すのと同時にそれは飛び込んできた。ウサギに負けず劣らずとんでもない速度。通路の壁床天井に跳ね返りつつ部屋に入ってくると、即座にウサギめがけて突進した。


「フェル?」


 ウサギにはそのきな粉餅も見えていただろう。それでも狂った感覚器では避けきれずに正面衝突し――風船に跳ね返されて壁に叩きつけられた。

 床に伸びたウサギは沈黙し、それで騒動は終わった。

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