都市機能管理区画①
外に出ると、ちょうどフェルが先の角を曲がるのが見えた。
「フェルくーん!」
ケーナが声を上げるが彼は止まらずに行ってしまう。
「聞こえてないのかな」
「そんなはずないよ。目がない代わりに物や空気の振動にすごく敏感だし」
「目がないの?」
俺はぎょっとしたけれど、ケーナはごく当たり前にうなずく。
「うん、完全にナシ。必要ないから」
言って駆け出した。俺もそれを追いながらつぶやく。
「なんか変な生き物がいるんだなあこの世界……」
「ん? なに?」
「いや別に」
角を曲がって目を凝らす。道の先の角を曲がるフェル。
さらに追いかけるが、角を曲がって見えたのはやはり先を行くフェルの背中。
「意外と速いな」
「何か見つけたのかな」
たんっ、とケーナが走るスピードを上げた。
「ごめん、先行って見てくるね」
見る間にこちらを引き離して角に姿を消した。俺にペースを合わせてくれていたようだ。
取り残されて少し速度を落とす。
にじみ出てきた汗をぬぐって見回すと、どうやらキノコのかさの縁に近いあたりまでおりてきているらしい。
道の先に外縁を囲む高い壁が見えていた。あれがこの都市の名前にもある『隔壁』だろうか。
ようやくケーナたちに追いついた。どちらも立ち止まって何かを見つめていた。
「……?」
怪訝に思って見やるとそこには洞窟のような暗い通路が口を開けている。ちょうど今まで下ってきたキノコのかさの斜面をくりぬくかたち。
フェルを見るとどうやらここが目的地だったようで、壁際にすりよって座り込んでいた。
「なんだろここ」
ケーナが中をのぞきこんだ。
俺もその後ろから中をうかがうが、暗くて何も見えない。
ただの何もない横穴かもしれない。気味が悪いし意味もなく入るのはできれば遠慮したい、そんなトンネルだ。
だから下手なことは言わずにスルーしてしまうこともできた。
「でもまあ……こういう場合、中に何かあるってのが相場だよね」
俺の言葉に、ケーナの耳がピクっと揺れた。
◆◆◆
暗いトンネルに不気味な音がこだまする。幾重にも重なり人を不安に突き落とす、まるで地獄からの呼び声だ。
「なーにがあるー、何があーるー、このおーくーにはー」
まあケーナの歌なんだけど。
元々あまり上手ではない歌が、トンネル内に反響してさらに気持ちの良くない感じになっている。
彼女は歩きながら体を揺すり器用にリズムを取って続けた。
「ハナンちゃんー、その名はハナンちゃんー、ハナンちゃんの内側ー」
「……」
俺は努めて聞き流しながら行く手に神経をとがらせていた。地面の丸い光が頼りなく揺れる。
トンネルに入る前にケーナが用意したこの明かりは、過去に彼女が掘り出してきたというヒト文明の遺物だ。
手にしただけで明かりのつく、外見はペンライト。どういう仕組みかは分からない。
光量は十分以上にあるけれどそれでも闇をすべて払いのけるには至っていなかった。
「さらけだーしてー君の心ー、君の気持ちー、あと恥ずかしい日記帳ー」
「あの……そろそろ静かに……」
「ヘイっ!」
「ヘイじゃないってば」
言ったところで聞きゃしない。サビに入ってついには振り付けも交え始めた彼女は諦めて、一人だけであたりを警戒する。
光を反射する銀がかった灰色の壁面。同じ色の天井はあまり高くない。のっぺりとしたそれらが延々と続いている。ここにいると正直息が詰まりそうだ。
目につくのは壁に取り付けられたプレートくらいで他には何も……
「……ん?」
ライトを通り過ぎた壁に向ける。
確かにそこにはプレートが埋め込んであった。
「なに? なに?」
歌に夢中で進み過ぎたケーナが、ようやく気付いて後戻りしてくる。
俺はプレートの表面を一度こすってから記されている文字を読み上げた。
「『都市機能管理区画』」
「何もないよ?」
即座にケーナが指摘する。
ライトで辺りを探るが、確かに彼女の言う通りだ。何もない。一応照らしてみた天井と地面にも、特にこれといったものはなかった。
「うーん?」
もう一度プレートに目を近づけて観察する。それからその周りの壁面。そして気づいた。少しだけ色合いが違う。境目がある。
指でプレートの下をノックした。その音でピンと来た。
「ケーナ」
「なになに?」
寄ってくる彼女を振り返って、俺は深くため息をついた。
「多分出番」