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探せ! 天空都市!

「天空都市を探すよ!」


 翌朝、寝ぼけまなこをこする俺に、ケーナは元気いっぱいそう宣言した。


「天空……都市?」


 フェルの背中から降りながら(寝床にちょうどよかったのだ。フェルの抵抗にもあわなかったのは幸いだった)訊き返す。


「何それ」

「よっくぞ訊いてくれました!」


 バシッ! と掲げた本をはたいて彼女は続ける。


「天空都市! それはヒト文明最大の遺産の一つ! 雲上に築かれた巨大都市なの!」


 そう言って示す紙面には、確かに雲の上に浮かぶ都市の絵が描かれていた。

 さらに声の熱量を上げてケーナは続ける。


「わたし、この記述を見つけた時絶対ここに行かなくちゃって思って! 行かなきゃ間違いだって思って! だから――!」

「わ、分かった! 分かったから……」


 乗り出してくる彼女を押し戻して俺はため息をついた。

 つまりはこういうことだろう。彼女が俺を必要としていた理由。


「で、俺にできることは何?」

「ケースケすごーい! 話が早ーい!」


 ケーナは箱の一つを引っ張ってくると、中の本をぶちまけた。っておい。


「ここにあるのがおそらくは天空都市関連と思われる文献なの」

「そんな大事なものをこんな手荒に……」

「でも私じゃ読めないところが多くて」


 さらっとスルーしてケーナは笑った。


「では、お願いしまーす!」



◆◆◆



 ペラペラとページをめくっているといくつか分かったことがあった。遺されたヒトの文献は俺の世界で言う日本語で書かれているということ。それから異様に紙の劣化が少ないということ。

 昨日の街の朽ち具合からしてヒトがいなくなったのは数年前数十年前といったレベルではない。しかしそれにもかかわらず紙は黄ばみや文字の欠損もせずさらには強度もしっかり保っていた。


「というか、紙じゃないのかな……?」


 だとするとヒト文明とやらはかなり高度なものだったのかもしれない。


「そっちはどーお?」


 後ろから声がする。


「それっぽいのはないかな」

「んー……」


 ちらりと横を見ると未読の関連資料が山になっている。読み終わった方はというとまだ二、三冊。

 まだまだ先は長すぎる。これを全部読むのはつらいなあとか考えていると、めくったページに妙なものを見つけた。


「?」


 最初は何か抽象画のようなものかと思った。だがその中に書き加えられた単語や文章からすぐにそれが何かが分かった。


「これ、わたしもわからなくてさー」


 後ろから覆いかぶさるようにしてケーナがのぞき込んできた。いやちょっと近い近い。

 俺はさりげなく間合いを取りながらつぶやいた。


「地図だよ多分」


 ピクリ。ケーナの耳が動いた。


「地図? ホントに?」

「ああ。詳しすぎて逆にわかりにくいけど間違いない。これは地名か何かだしこれは山や川のことだ。……もしかしたら近場かも」


 指でそれぞれ示してやると彼女は真顔で数秒硬直し。


「わぶッ!?」


 猛然と俺を押しのけた。本にかじりついて歓声を上げる。


「ホントだ! 言われればその通り、地図じゃん! すごい!」

「で、でもまだ天空都市に関係あるかどうかはひいぃッ!?」


 今度はこちらに飛びかかってきたケーナに押し倒される。ひたすらハグられいっしょくたに地面を転げさせられた後、俺はぐったりとつぶやいた。


「次に進んでいい……?」

「うん、ぜひぜひ!」

「うう……」


 這って本のところに戻ると先ほどのページを開き直す。


「まだ喜ぶのは早いよ。ただの近隣の地図かもしれないし」


 言いながら添えられた文章を目で追う。

 しばらくして俺はその単語を発見した。


「……『空中隔壁都市ハナン』」



◆◆◆



「ハナンに向けてしゅっぱーつ!」


 早速の出発となった。フェルに乗って塔の前から飛び立つ。昨日の飛行方式を思い出すと俺は気が気じゃなかったけれど、今日はありがたいことに軟飛行だった。

 ケーナがこちらを振り向いた。


「で、どうすればいいんだっけ」

「……」


 さっき打ち合わせはしたのだが、やっぱりというか聞いていなかったらしい。まあそりゃそうか、あんだけ大はしゃぎしていたら。


「まずは基準点となる目印を見つけて、そこからハナンの位置を割り出すんだ」


 つまりこういうことだ。雲で空が覆われていてそこに浮いている都市は目視できない。ただ地図上には確かに示されているので、地上の確かな建物や地形を基準に大体の位置を推測するのだ。


「なるほど!」

「本当に分かってる?」

「大丈夫大丈夫!」


 いろいろなことを研究しているのだから頭はいいのだろうけれど、彼女はなんだか変なところが抜けている。きっとウキウキの向こうに俺の言葉は置き忘れただろう。まあいいけど。


 さて、目印とするのは大きな山と、そこから少し離れたところにある湖だ。一際鋭く高い山がそびえていて、きっとあれがその山だろう。湖も多分すぐに見つかる。


 見下ろすとでこぼこの激しい荒野が広がっている。栄養の乏しさでねじくれた木がまばらに立ち、弱い風がその折れかけた枝をわずかに揺らしていた。


「寂しいところだね」


 思わずつぶやく。


「そうだねえ。わたし苦手かも」


 ケーナがうなずくが俺の意見はそれとは少し違った。割と嫌いではないかもしれない。

 寂しさはしかし一人でいることの証だ。一人でいるならば他の何者にも煩わされることはない。


「……」


 物思いの頬を風が撫でて吹き去った。思っていたのと違って生ぬるい風だった。



◆◆◆



 湖を見つけるのに手間取ってハナンに舵を切るのは少し遅れた。干上がって地図とは全然形が違ったのだ。


「よし、あっちだよフェル君!」


 意気揚々とケーナが地平を指さす。フェルは目が見当たらないのにどうやってそれを確認したのか、とにかく指示された方へと進み始めた。


 ふよふよと飛ぶ彼を示して俺は疑問を口にした。


「訊きそびれてたんだけど、これ何?」

「言い忘れてたっけ? フウセンモグラのフェル君だよ」

「それは聞いた。フウセンモグラ? って何?」

「風船みたいに膨らんで空を飛ぶモグラ」


 しばらく虚空をにらんで俺は考えた。


「命名者は誰?」

「わたし」


 だろうね。


「モグラ要素はどこに?」

「狭いところが大好きだしたまに穴掘るよ」

「……。なんで空を飛べるの?」

「風船みたいに膨らむから。空気よりも軽いガスだけを選択的に取り込んで浮力にしてるんだと思う。でも多分空が好きだからそばに行きたくて飛べるんだと思うなー」

「へえ」


 曖昧に返事していると、ケーナの秘密基地が見えてきた。高い塔だ。空にいるというのにそれでも見上げるほど高い。というよりその円筒形の先端が雲を突き抜けている。


 一体何の建物なんだろう。


 秘密基地はゆっくり通り過ぎていく。そして目の前に広がるのはまた荒野。


「さあそろそろ天空都市の位置だよー!」


 文献を広げてケーナは期待でか身じろぎしていた。確かに地図の上ではそろそろ目標が見えてくるはずだった。


「さあどこ!? どーこー!?」


 ついには立ち上がって彼女はキョロキョロ見回し始めた。俺も周りを確認する。


 どこまでも広がる荒野。地平と険しい山脈。空には厚い雲。


 だが天空都市だけはどこにもない。

 ケーナの肩が次第に落ちていくのが見ていて分かった。

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