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ケーナの秘密基地

 街はずれに降り立って、俺は地面に崩れ落ちた。もうだめだ。しばらくは立てそうにない。ていうか吐きそうかも……


「いやー今日もいい飛びっぷりだったよフェル君。ありがとー!」


 風よけのゴーグルを取ってケーナが隣に飛び降りてきた。


「最高だったねーケースケ!」

「うん……最高に気持ち悪い……」

「え、なんで!?」


 本気でわからないらしい彼女をぐったりと見上げる。


「悪いんだけど、水とか持ってる……?」

「あるある、ちょっと待ってて」


 彼女に渡された水筒に口をつけて中身を喉に流し込んだ。冷たい水が喉をさらさらと落ちていく。


「おいしい?」


 うなずいて水筒を返した。


「ありがと。ちょっと気分良くなった」

「よかったあ……!」


 言葉に合わせて彼女の頭の上で猫耳がピコピコ動いた。しばらくまじまじと眺めてしまってから、俺は彼女が不思議そうな顔をしているのに気づいた。


「どうかした?」

「えっと、いやあの。それ、なに?」


 控えめにそれを指で示す。指し示した先で猫耳がピンっと反応した。


「これ? 耳だよ」

「それは見ればわかるけど。なんでそんなところに耳が?」

「? あ、そういうこと。えっとね、わたしはヒトじゃないんだ」

「人じゃない?」

「うん。『森に棲む者』だよ」

「森に棲む者?」

「うん。え、あれ? 知らない?」


 当然知らない。


「あれ、おっかしいな? ヒトとわたしたちの交流って、一応はあったはずなんだけどな?」

「そんなのあったら覚えてないはずないと思う……」

「うーん?」


 彼女の説明によるとこうだった。『森に棲む者』は動物と人間の中間の姿をしているらしい。動物の強靭な体を持ちながら人間の高い知能を有し、しかしあまり表に姿を現すことなく森の奥で伝統的な暮らしを営んでいる。


 つまり、俺の知っている言葉で表すと獣人ということだろうか。しかしそんなものが世の中にいたなら知らないはずがないから何かがおかしい。


「ちょっと訊きたいんだけど……」


 顎に手を当てて考え込んだまま声を上げる。


「ここって、どこ?」

「どこって言われても……かつてのヒトの街の一つとしか。名前は知らなくて。ごめん」

「あ、いや、そうじゃなくて、ええと。日本、って言って分かる?」

「??」

「……そっか」


 何となく合点がいった。

 つまり……ここは日本ではない。それどころか地球、というか元いたあの世界ではないのかもしれない。


 だから目が覚めたら廃墟にいた。そして人がいなかった。こちらの世界で人類に当たる者たちが滅びた後の廃異世界といったところか。


 ってことは俺だけが地球で最後の生き残りとかそういうのではないということだ。


「それは少し……残念かな」

「え?」

「ああいや」


 呟きを打ち消して立ち上がる。


「何となく呑み込めたよ。でもまだまだわからないことがあるから話を聞かせてくれると助かるんだけど」


 そう言うと、ケーナは嬉しそうにうなずいた。



◆◆◆



「……でね、一族の掟で森の外に出るのは駄目なんだけど、わたしはどうしてもいろんなことが知りたいから飛び出してきたの」


 ビルがまばらになり地面もアスファルトから土に変わる街はずれ。二人と一頭で連れ立って歩きながら、ケーナは上機嫌に自分のことについて語った。


「最初は気候や地質のことなんかを調べて、次はそこに生息する生き物について調べて、それから今のヒトに関する研究に移ってきたって感じ」


 まず言語から学んだという。


「わたしたちが森にこもっている間になんでかヒトは滅びちゃってたんだ。だから頼りになるのはヒトが残した文献だけだった。今まではね」

「これからは?」

「ケースケがいるじゃーん!」


 ケーナに飛びつかれてよろめいた。彼女はひとしきり俺をハグしてからへへへと笑った。


「こうしてケースケと話ができるのもヒトの言葉を勉強したおーかげ! なんでもやってみるもんだね」


 俺は頬を掻きながらさきほどから胸にあった疑問を口にした。


「なんで人は滅びたのか、どこまで分かってるの?」

「んー……まだ全然。調べ中」


 そこでケーナははたと気づいた顔をした。


「ケースケはなんで生き残ってるの? っていうかわたしの方が訊きたかったのに。なんでヒトはいなくなっちゃったの? 知らない?」

「……」


 俺は宙をにらんでどう返答したものか迷った。意外とややこしい説明になりそうだ。信じてもらえるかどうかもわからない。


「うーん……」

「?」


 ケーナが首を傾げ、フェルがわずかに顔を上げてこちらを見上げた。と言っても彼に目らしきものは見当たらなかったけれど。

 しばらく悩んだ後、俺は口を開いた。


「多分争わないで生きられるのが俺だけだったんだよ。俺は揉め事、嫌いだし」

「え?」

「他の人たちはみんな争って死んじゃった。それだけ」

「それ、本当?」


 もちろん嘘だ。本当のところは知らない。


 ただ、それが正解という気はしていた。地球の人類が行き着く先はきっとそういった未来だろうし、だったらこの世界が同じような運命を先に辿っていたとしても驚きはしない。


「まあ全部見てきたわけじゃないけど」


 うなずいてやるとケーナはバタバタと鞄から何やら取り出した。ボードにセットしたレポート用紙らしき紙にペンでガリガリと文字を綴っていく。


「やっぱりヒト本人から話が聞けると違うなあ……」


 急速に罪悪感が湧いてきたが、まあいまさらどうしようもない。

 シャッと書き終えてケーナが顔を上げた。


「なんでケースケは争わなくても生きられたの?」

「え?」

「やっぱり特別だったの?」


 きらきらした目に見つめられて言葉に詰まった。

 俺は特別か?


「……多分ね」

「すごーい!」


 一層熱心にガリガリやりだす彼女を横目に俺は考えた。本当に特別なんだろうか、俺は。


 別にそんなことはないと思う。ただ周りが俺よりも少し、競い争うのが好きすぎなだけなのだ。だから滅んだ。いやいつか滅びる。


「ありがと、ケースケ」


 道具をしまって、ケーナは鞄を背負い直した。

 俺はふと気になって訊いてみた。


「重そうだねその鞄。何が入ってるの?」

「旅道具とか研究道具とか」

「全部?」

「まさか。そのとき必要なもの以外はしまってあるよ」

「しまって? ってどこに」

「あそこ!」


 歩く先に塔が見えていた。それを指さしてケーナは元気に言った。



◆◆◆



「よいしょー!」


 塔の中は広かった。ちょっとした体育館くらいのスペースがある。そこに荷物を放りだして、ケーナは置いてあった寝具用とおぼしきマットに飛び込んだ。


「あーつかれたー……」

「ここは?」


 問いかけるとケーナはニヤリと笑った。


「わたしの秘密基地だよ」


 めちゃくちゃ外から見えまくっている建物でも秘密基地って言えるのだろうか。

 そんな疑問はあったがとりあえず見回すと、確かにいろいろと物が散らばっているのは見て取れる。


 小鍋などの調理道具の類、食料、箱に入った本や紙類、あとはロープや手袋のようなおそらくは調査に使う道具。


 フェルが隅の方にのそのそと這っていった。


「ここで暮らしてるの?」

「うん。調査用ベースキャンプってところかな」

「ふうん……」


 所在なく立っているとケーナがマットをぽんぽんと叩いた。


「こっち来なよ!」

「う、うん」


 恐る恐るそこに座る。

 ケーナはしみじみと俺を眺めた。


「ホントにヒトなんだあ……」


 なんだその感動の仕方は。


「さて、じゃあ、これからよろしくね!」

「よろしくって?」

「あれ、言ってなかったっけ? わたしの研究を手伝ってほしいんだけど」

「手伝う? 俺が?」

「……駄目かな?」

「うーん……」


 俺はしばし黙考した。

 とはいえ特に断る理由はない気がした。ケーナは悪い子には見えなかったし、この見知らぬ土地で安全や情報を確保するには彼女の助けがきっと必要だ。

 それに、助けと言えば彼女にはもう芋虫から助けてもらっているのだ。

 あ、でもあれは巻き込まれたかたちだったっけ。まあそれはいいか。

 それに興味もなくはない。なぜ人間が滅びてしまったのか、その事実確認。


「分かった。こちらこそよろしく」


 ケーナがぱあっと顔を明るくした。


「ありがとう!」

「代わりに俺のことも助けてほしいんだ。ちょっと生活していくあてがなくて」


 自分でも変な言い方になったなと思ったが、まあ間違ってはいない。


「うんうん! それはわたしに任せて。安心してくれていいよ! よろしくねっ」


 固い握手をして、それからケーナはワクワクと指折り何かを数え始めた。


「さあて、ケースケには見てもらいたいものがたくさんあるなあ……どれから見てもらおうか。天空都市かな地下洞窟かな……!」


 ああ、でも……と彼女はあくびした。


「そういうのはまた明日でいいかな……私疲れちゃった。おやすみ」


 そう言うなり彼女は毛布をかぶって横になった。そのまま丸まってすぐに寝息が聞こえてくる。


「え」


 取り残されて俺はうめき声を上げた。

 周りを見回す。マットはこれ一枚しかない。


「……俺は地面で寝ろってこと?」


 あるいは。ごくりと唾をのむ。

 一緒のマットで寝ろってことか。

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