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夜の学校

 廊下を進んでいると、ようやくケーナたちに追いついた。教室の一つからライトの明かりが見て取れた。

 物音はしない。俺は訝しく思って声をかけながら足を踏み入れた。


「ケーナ?」

「じゃーん!」

「うわっ!?」


 いきなり死角から何かが飛び出してきて、俺は思わず跳びあがった。それが何かを理解して、もう一度跳びあがる。人間の白骨死体だ。

 壁にはりついた俺を見て、ケーナが笑いながら暗がりから出てきた。


「あはははは! イタズラ大成功ー!」

「な、にこれ……本物?」


 吊られた白骨を震える手で指さして、ようやくそれだけを訊ねる。


「なんだろうね。標本かな。あっちにあったよ」


 部屋の隅を示してケーナ。

 標本ということなら触れば本物か否かは分かるかもしれなかったが、あまり確かめる気にはなれないので、俺は魔除けの手つきで気持ちそれを追い払った。


「片付けて。今回は許すから」

「はーい」

「まったく……ってうおおおおお!?」


 別の暗闇から何やら肌色の人影が飛び出してくる。

 押し倒されて見上げると、顔が半分はがれた人間が半分だけの無表情でこちらを見下ろしていた。


「な、なにっ? なんなの……?」

「あー、ダメでしょミルちゃん」


 視線をずらすと、床からウサギを抱き上げるケーナが見えた。今度はミルの悪戯だったようだ。

 あのドタマウサギめなにをするんだ。一体俺が何をした。

 覆いかぶさっている人形を、俺は乱暴にどかした。そして気づく。ああ、確かに人形だ。見覚えがある。人体模型。

 周囲にライトを巡らせる。虫や植物の標本や動物のホルマリン漬け。


「理科室?」


 そういう風に見えた。


「本格的に学校っぽいな……ひえっ!?」


 首筋に何かひやっとしたものが当たって飛びすさる。慌ててライトを向けると、こんにゃくが天井からひもでぶら下がっていた。


「……」


 その下からフェルが空気の噴射でこんにゃくを揺らしていた。


「いやこれは理科室じゃないだろ! よく見つけてきたなこんちくしょう!」


 俺はお化け屋敷アイテムを殴り飛ばして振り返った。


「それで? 何かめぼしいものは見つかったの? めぼしいものはっ?」

「えへへ……」

「……ないの?」


 曖昧に笑うケーナに半眼でつぶやく。


「ケースケが喜びそうなものを見つけたらいてもたってもいられなくて」

「……。すごい言い訳だ……」


 ため息をついて、俺はかぶりを振った。


 その後、図書室に行ってそこにあった本を読み漁ったり(絵本や童話のようなものばかりだった)、音楽室にいってピアノを叩いてみたり(ケーナの弾き方はまさに叩くといった力強さだった)。とりあえず思う存分(主にケーナが)堪能して回った。


 夜の学校は独特の気味悪さがあるものだけれど、ケーナの明るさはそれを忘れさせる効果がある。

 初めこそ俺は不気味さを感じていたが、そのうちにそれも気にならなくなった。疲れてきてその余裕がなくなってきたのだ。


「休まない?」


 体育館に来たところで俺は提案した。


「あれ、体力限界?」


 壁際にしゃがみ込んだこちらを覗き込んでケーナが言う。

 女の子よりも体力がないのは情けなく感じないでもないけれど、彼女は『森に棲む者』なのだし、それくらいは多めに見てもらいたい。

 俺がうなずくと、ケーナはじゃあ、と奥の鉄扉を指さした。それは体育倉庫の入り口のように見えた。


「あれ開けてみてからね」


 結局俺は休めなかった。なぜならその扉の向こうには、さらに下に降りる階段があったからだ。





 ぴょん、ぴょん、と一段ずつ下りていくウサギに続いて階段を下りていく。


「あのー、休憩は……」

「ごめん! も少しここ調べてから……」

「……ですよね」


 わくわくし始めた彼女は止められないことは俺も学んだ。だったらさっさと終わらせることを考えるべきだ。俺は諦めて後は何も言わないことにした。

 階段は思ったより長く、そして急だった。疲れた頭ではいまいち正確なところは分からなかったけれど、時間にして数分、高さにして建物十階分以上は下りたのではないかと思う。

 その先の白い廊下をさらに進むと、見覚えのあるものが目に飛び込んできた。


「まりも……」


 天空都市のものよりもさらに大きいそれが、開けた部屋にそびえていた。

 動力としてしっかり稼働しているのか光がともっている。そのおかげで部屋は明るかった。

 ぼんやり見上げていると服の肘を引っ張られた。ケーナが部屋の一角を示している。既にミルとフェルが待機しているそこには地下都市の入り口にも使われていた、例のドアがある。


 開けて中に入った。うっすら明るい半球の空間がそこにあった。

 目を凝らすと、中心に例の台座。

 何となく連想するのはプラネタリウムだ。幻想の予感漂う雰囲気も、似ているといえば似ている。


「さ、さ。お願いケースケ」

「わ、分かってるって」


 背中を押されて台座の前まで行く。手をつくとかすかなノイズと共に、半球の天井に光がともった。

『認証中……』

 そして、『完了』


 ふと。

 その時何か嫌な感じがした。


「……?」


 視線だ、と気づく。学校に入る前に感じたのと同じ視線の気配が、ざわりと全身にまとわりついた。

 ケーナを見ると彼女も不思議そうに見回している。

 一体なんだ。慎重に意識を張り巡らせながら自問する。フクロウの視線のはずなのにその姿はどこにもない。隠れる場所なんてどこにもないのに。

 そして、この視線、俺の感覚が間違っていなければ……一体分の視線ではない。


「管理システムを起動しました」


 俺たちの警戒をよそに、男性の声が響いた。落ち着いているが無機質無表情なのはハナンと同じ。ならこちらはウリンと呼ぶべきか。


「はい。指示があればなんなりとどうぞ」


 丁寧ではあるもののどこか冷たいその声の後ろで、何やら緊張がふくらみ、張りつめていく。

 出どころも正体もわからないそれを肌で感じながら、俺は展開したモニターを見上げた。

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