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夜の街

 軽快なステップ。ご機嫌なワルツ。

 その手のものに詳しい俺の母さんは、いつだったかアップテンポな曲のダンスを指してウィンナ・ワルツね、と言っていた。

 ケーナの調子外れの鼻歌に会わせてのそれがウィンナ・ワルツかどうかまでは分からないけれど、とにかく俺たちは手を取り合って夜の街に踊っていた。


「見つけたー、見つけーたーよー、地下都市ーのー」


 さっきのご機嫌ナナメはどこへやら、緩んだ顔ででたらめなステップを踏んでいる。俺はついていくのに精いっぱい。

 ていうかついていかなきゃいけない理由はあるのだろうか。いやないな。


「ねえ」


 それでもケーナは聞いた様子もない。


「ウリンー、ウリンウリンー、ウーリーンくーん」

「ねえってば」


 無理やり立ち止まると、ケーナの足に絡まって倒れた。

 押し倒される形で、彼女のにやけ顔が目の前にあった。


「こんな短期間に二つも遺跡を発見できちゃうなんて……ケースケすごすぎだよう」

「それはどうも……いや今回は俺の手柄じゃないけどね」


 ウサギの恨みがましい視線を受けて早口に訂正する。


「ありがと、ケースケ」

「ああえっと、どういたしまして。恩に感じてくれるならどいてもらえると嬉しいかなって」

「やだぁ」

「うーんと……」


 頭をすり寄せてくるケーナに若干の具合の悪さを感じながら。

 ふと空から何かがひらひらと落ちてくるのに気づいた。


「……何だ?」


 それは白い紙片に似ていた。黒い点のシミがついていて、それが目のようにこちらを見ていた。

 ……いや目のように、じゃない。


「……!」


 あれは確かに目だ。

 鋭く風を切る音がした。


「……っ」


 思わず閉じてしまっていた目を開ける。目の前にぴちぴちと何かがのたうっていた。


「……シラハウオだ」


 人差し指と中指で挟んだそれを見ながらケーナが言う。


「シラハウオ……って?」


 ケーナが上からどくのに合わせて起き上がりながら俺は訊いた。

 彼女の手に目をやると、長さ十五センチほどの白い長方形。先ほど紙片によく似ていると思ったけれど、確かに紙のように薄っぺらい。


「シラハウオは魚だよ。空中を泳ぐ魚」


 ああもういいや。このあたりは突っ込むまい。


「縄張り意識が強くてすごく攻撃的。巣に近寄る生き物がいると、積極的に出て行って攻撃するの」

「じゃあ今のも……」

「そ。この薄い体はなかなかに鋭さがあってね、相手の体に切り傷を与えることができるんだ」


 なるほど。でもそれくらいなら大きさからしてあまり大したことはなさそうだ。


「毒もあるよ」


 え。マジで?


「うん。と言っても傷口が痒くなるぐらいの弱い毒だけど」

「……なんか蚊みたいだね」

「でも普段は群れで行動してるからたくさん切りつけられるとさすがに危ないよ」


 とはいえ見回しても他のシラハウオは見当たらなかった。

 ケーナはつまんだシラハウオをフェルの前に持っていくと、空気噴射で吹き飛ばしてもらってから立ち上がった。


「さて、そろそろ準備はいい?」

「待ってたのはどっちかって言うと俺だけどね……」


 頭を掻きながら俺も腰を持ち上げた。





 夜の住宅街は、独特の空気がある。

 空が閉じてしまっていて、どこにも行けないような。あまりの閉塞感に夜と自分との境界があいまいになってしまうような。

 道の脇に街路樹が等間隔で続いている。曲がり角に小さな公園。商店街を抜けると大きな煙突。


「何この高いの?」

「銭湯っていって、つまりは公衆浴場だよ」

「こうしゅうよくじょう?」

「お風呂」

「なるほど!」


 目を輝かせたケーナが駆け込んでいくが、すぐにしょんぼりと出てきた。


「暗いだけでなんもなかった……」


 単調な夜道は長く続いた。

 時間の感覚が曖昧になってきたころ、それは姿を現した。

 見つけたのはミルだ。彼女は何かに気づいたかのように走り出した。


「どうしたのミルちゃん」


 俺たちも小走りでそれを追う。

 そして見えたのはフェンスに囲まれた広場だった。

 いや広場という表現は何となく適さない。もっと別の言い方がある気がした。きっとその向こうにある建物のせいだ。


「……なんだろあれ」


 ケーナがつぶやくが、俺はそれがなんだか知っていた。

 鉄筋コンクリート造りの大きな建造物。ただし今まで見たビルとは違う。縦長ではなく、横に長い安定した形だ。


「学校……」


 こぼれた声にケーナが反応した。


「がっこうって?」

「子供に勉強を教えるところだよ。この広場は、っていうかグラウンドっていうんだけど、運動をするところ」

「詳しいね?」

「俺も通ってたから……」


 言葉尻を曖昧に濁して俺は一応訊いてみた。


「行く?」

「もちろん!」


 言うなり高くジャンプしてフェンスに飛びつく。ウサギも跳ぶ。フェルも浮く。


「……あれ?」


 取り残されて、俺は首を傾げた。





 フェンスを苦労して乗り越えると、ケーナたちは正面玄関と思しき入り口にいた。こちらを振り返って大きく手を振っている。


「今開けたところだよー!」

「……あ、うん」


 粉砕された扉と得意顔のウサギを見下ろして、俺はなんとも言いがたい心地でうなずいた。

 基本的に腕力というか暴力、いやもっというと破壊力なんだよなこのグループは。


「この調子でどんどんいこー!」


 騒がしく駆け込んでいく彼女らの背中を見送りながら俺は小さくため息をついた。

 それから足を踏み出そうとした――ところで違和感を覚えた。

 妙に居心地が悪いようなそわそわするような。


 視線を感じる。


 おそるおそる視線を周囲に這わせるが何も見当たらない。だがふと見上げると、そこにいたそいつと目が合った。体と顔が妙に白い、小ぶりなフクロウだ。

 入り口のひさしにとまっていて、どこか虚ろな黒い目でこちらを見下ろしている。なぜだか背筋に悪寒が走った。

 その視線から逃れるように俺は玄関口をくぐった。早足で進む背中にか細い、それなのになぜかよく響く鳴き声が届いた。


 ああそうか、と頭の冷静な部分が納得する。あれがコナキフクロウなんだな。

 仲間と争わない、賢い鳥。

 あんな死んだような生き物だとは思わなかった。

 その視線が触れているような感覚はなかなか消えてくれなかった。

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